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艦長

 さやは、全方位を光のバリアで覆ったまま、無数に配置された巨大な柱のかげからランダムで現れるナキを探し出さなければならなかった。

 ことごとく逆を突かれ、真後ろから銃撃された。それによって、さやの反応はワンテンポ遅れていく。


 さらに、ナキは、一点に集中して銃撃してきた。


 反応が遅れた状態からの一点集中放火は光の壁を容易に突き破り、生身のさやに凶弾が襲いかかる。

 さやは、バリアでの防御だけに頼らず、音が聞こえた瞬間にバリア強化と自分の体位移動を同時に行っていた。


 それでも被弾する。


 さやは「イタッ」と呻き声をあげ、「このやろっ」と悪態をつく。

 ナキの銃撃のたびに、どこかしら怪我をしているようだった。今は何とか致命傷を回避しているが、いつ直撃してもおかしくない。


 俺は、意識の中にある複数の視界映像スクリーンへ同時に目を向ける。


 ミーも、さやも、完全に劣勢を強いられていた。

 相手が待ち構えているところへ戦いを挑んだのだから、こうなるのはある程度仕方のないことなのだが……


 打開策を考えながら、ふと中原の視界を確認する。

 俺の意識は、その映像に、釘付けになった。


      ◾️ ◾️ ◾️


 中原は、いつの間にか歩くのをやめていた。

 たどり着いたのは、薄暗い、またしても広い部屋。天井はビルの五階くらいはありそうなほどに高い。

 中原の真正面にある壁は、全面がミッドナイトブルーの金属で造られた何かの装置のようだった。

 なぜそう思ったかというと、壁を構成する、暗い青色をした金属のあちこちに、チカチカと瞬くパイロットランプやモニターが取り付けられていたからだ。


 中原の目線より少し高い位置に、ドーム状に張り出た透明な窓が設置されていた。


 窓の周りは暗いブルーの金属ばかりだったから、ライトに照らされたように明るい窓の内部は、対比で余計に強調されて見えたのかもしれない。俺は、ポッドの中にいる人間の姿が、あまりにもくっきりと見えた。


 まるで処刑されようとするイエス・キリストのように両手を水平に広げて、首や手は金属製の拘束具で張り付けられている。

 俺は、それが誰なのか、すぐに理解することができた。


「ようこそ。現代最高の巨大要塞、ギガント・アーマーへ」


 重低音の効いた声。

 その声に反応し、厳重に張り付けられている田中さんは薄目を開ける。


 田中さんに気をとられていた俺は、その太い声がどこから誰が発したものなのか一瞬わからなかった。

 キョロキョロと辺りを見回し、田中さんが張り付けられている窓の真下に、一人の男が立っていたことにようやく気づく。


 男は、しっかりと撫でつけられた七三分けの黒い髪をしていて、異常なほどに鋭い目を中原へと向ける。軍隊のような制服に包まれた身体は大きく、まるでラグビー選手のように鍛えられているような印象を受けた。

 執事が説明した本田という男。恐らく、こいつなのだろう。


「お前が本田か」


 すでにウェアウルフとなっている中原は、ガラガラのハスキーボイスで男に尋ねる。

 本田は、中原の質問には答えず、品定めをするような目で中原を見つめた。


 中原は、答えない本田を放って、田中さんのほうへ視界を移す。


 長野で出会った時には、殺意の瞳で俺たちを睨んだ田中さん。

 しかし、今の彼女の顔には、殺意も敵意も感じられなかった。


 それどころか、感情というものが見られない。ただ、ぼーっと中原のほうへ視線を向けているだけという印象だ。


「助けに来たよ。田中さん」


 ほんの少しだけ、田中さんの目が細まった。それを確認した中原は、もう一言だけ付け足した。


「愛原さんも、来てる」


 その名前を聞いた瞬間、田中さんは目を見開く。口をキュッと結んで、涙が溜まっていく。


 彼女の口が、僅かに動いた。


 口の動きだけで喋った言葉を感じ取る技術は俺にはなかったが、この時つぶやいた言葉は、たぶん「どうして」だったと思う。


「波動を殺したのは、お前か?」


 田中さんの張り付けられている場所が明るく照らされている影響で、その手前にいる本田の顔は影のように暗くなっていて、口の動きも、表情もが見えにくかった。それが一層、俺に不気味な印象を抱かせる。


「それがどうかしたか」

「なら、我々に対する攻撃……頭を締め付けるような、奇妙な攻撃と聞いたが、それをやったのもお前か?」


 本田の瞳は光っていなかった。

 自分の仲間たちが何度も喰らったのだ。当然だが、報告を聞いて用心しているのだろう。


「だから?」

「正直に答えなさい」

「生まれた時からまっとうな正直者だよ、俺は」

「寝咲ネムはどこだ。ここへ来ているか?」


 中原は、一瞬言葉に詰まった。


「くくく……」


 本田は表情を歪ませる。

 楽しくて仕方がない、そんな顔だ。


「……能力のない者など、最初から死んでいるも同義。他者の足を引っ張り、生産性を落とす社会のゴミよ。死ぬということは、生きるに値しなかったということ。能力のない者は死に絶え、ある者は生き残る。この世の摂理だ」


 本田が始めた話の内容が何を意味するのか、全く見当がつかない。

 それは中原も同じだったようだ。中原は、イライラしたように言った。


「はあ? 何、意味わかんねえことのたまってんだ」

「そんな役立たずでも、」


 ふう、と大きなため息をつき、天を仰ぐ本田。


「……仮に誰かの役に立つことができるのなら、迷うことなくそれを選択すべきだ。ギガント・アーマーに命を吹き込むという偉大な役割は、誰にでもできることではない。イグナイターは選ばれたのだ」


 ビキッ、と音が鳴る。

 その音は、本田の身体から出たものに違いなかった。

 

 一瞬、目の錯覚だと思った。奴の身体が、一回り大きくなっているのだ。


 それは身長的なものというより、筋肉が太くなるような膨張の変化。

 皮膚は金属のような硬さを感じさせる光沢を帯び、肌は長年事務職をしているかのような色白から、ガンメタに近いものへと変色していく。

 上半身を覆っていた紫紺の軍服は破れ、尋常ではない筋肉に覆われたまるで鎧のような身体が露出し、瞳は黄金色へと移り変わった。



「教えてやろう。現実というものを骨の髄まで叩き込んでやる」 


 

 敵の動き出しを待つことなく、攻撃を開始したウェアウルフ。真正面から、ダッシュで勢いをつけて右ストレートの構えをとる。

 本田は、中原の攻撃へ対応すべく腕での防御姿勢に移った。 


 それを見てとった中原は、モーションに入っていた右ストレートを途中で止める。

 どうやら波動の時に俺が指示したパターンと同じことをやろうとしているようだ。風を巻いて切り返した左手は、ガードのないガラ空きの横っ腹を狙った斜め下からのボディブロー。


 中原の拳は、まともに本田の腹部に突き刺さる。

 攻撃は、一発では止まらなかった。相手の反応を確かめることなく続け様に放った右フックは、ビュウ、と風を切る音が聞こえるほどの速度でコークスクリューしながら本田の頬へ直撃する。

 

 岩石さえも砕くウェアウルフの強烈な連続攻撃。

 しかし、俺たちが抱いた思いは、おそらく同じだったと思う。

 

 全く効いていない。


 まともに入った攻撃で、本田の頭部は多少は弾かれていた。

 だが、それはほんの数センチ。後ろへ吹き飛ぶようなことはない。敵の頭部の弾かれ方だけを見れば、まるで手でそっと押したかのような程度のものだ。


 僅かな動揺も、焦りもない顔で、本田は中原を見つめる。

 本田の瞳が語る言葉は、紛れもなく「同情」だった。


「悲しいな。弱き者よ……最初からクズに死ぬ以外の選択肢はないというのに」

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