潜入開始
プレハブの中にある主なものは、いくつかの事務机とロッカーのみ。
ギガント・アーマーの片鱗すら見つけられなかった。
「なあ。いったい、入口ってどこにあんの」
「うーん。そういや隣にへんな建造物があったな、電話ボックスよりは少しデカいくらいのやつが。それを調べてみてよ。あ、外に出る時は慎重にな」
プレハブの入口である引き戸を少しだけ開けてのぞき込み、中原は外をうかがった。
さっきと同じく特に人影は見られないが、仮に遠くからスナイパーにでも狙われていたらひとたまりもない。
「美しい女性のためなら、俺は身体を張ります!」と中原が言うので、俺は、とりあえず引き戸の正面にはウルフ状態の中原だけを立たせて、開けてみるように指示した。
「……撃ってこないですね」
「よし」
順に外へ出る。
次に確認すべきは、さっきの電話ボックスのような佇まいのコンクリ製建造物だ。
「あっ! ドア、あるで」
ミーの視界に映るのは、コンクリ壁の側面に取り付けられたドア。ハイテクのかけらも感じられない、さっきのプレハブ小屋の引き戸と遜色ないレベルで安っぽいドアだ。
またもやミーは、何のためらいもなくノブをガチャっと回す。
俺はついイライラして厳重注意した。
「おまっ……! おい、いい加減に用心しろって!」
「大丈夫や。だいたい、そんなこと言ってたらいつまで経っても入られへんで」
「せめてドアを盾にして隠れるくらいはしろ。何があるかわからないんだから」
「はぁーい、わかりましたぁ」
と、軽い調子で返される。
絶対にわかってない。いつもの俺ならたたみかけるところだが、敵の本拠地へ乗り込む直前だし、チームワークの維持と士気を下げないためにとりあえず我慢してみる。だが、また同じことがあったらガッツリ怒ってやろうと俺は心に決めた。
ドアを開けた先には、九〇センチ角くらいの四角い縦穴があり、下へと続く梯子が取り付けられていた。底は見えず、明かりも取り付けられていない。
果てしなく、地獄の底へと続くかのような無機質な空間。
一段でも踏み外してしまえば、奈落の底へ真っ逆さまに違いない。覗き込むさやが、ごくん、と生唾を飲み込む音が聞こえた。
「俺が先頭で行きます。でも、後ろも注意してくださいね」
「あたしが後ろ行くわ。さやがビビってるから」
「誰が! あんたよりわたしの方がねぇ、……」
「はいはい。早よ行きや」
むうう、と唸ってさやは梯子に足をかける。
すると、中原が声を上げた。
「地面があります!」
案外、浅かったようだ。明かりが全く無いのでわからなかったらしい。
と俺が考えていると、中原の視界に一つの明かりが見える。
明かりというか、暗闇で光る、ゼウスに接続した人間の目のような光。ただし、それが人間の目でないことは一目で分かった。
天井付近には階層を表示する数字。手で触れやすい位置にある明かりには、下向きの三角形が一つ。これらは全て赤い光で灯されていた。
暗いので確かなことは言えないが、中原からある程度離れた位置にありそうなこの光は、間違いなくエレベーターであろうと、俺は見当がついた。
中原の視界はゆっくりと光に近づく。
「押しますね?」
思うだけで通話できるゼウス・システムを使った中原の声が、俺の意識に響いてくる。
ここまで来て、俺は、また少し迷ってしまった。
エレベーターに乗って目的階に到着した直後、扉が開いた瞬間に銃撃されたら全滅するのではないか、と。
「ネム。どないしたんや」
「いや。乗るの、待ってくれないか」
「ここまで来て? もう悩んでも一緒やで、行くしかないわ」
能天気に言うミーに、俺は、またイライラが募る。
「お前なぁ、降りた先で銃撃されたらどうするんだ! さっきから軽く考えやがって! 俺はお前らに、絶対死んで欲しくないんだよ!」
ゼウスを使った通信は、心の叫びを正確に伝える。自分で自分の言葉を聞いて、俺はハッとして口をつぐんだ。
同じように、中原も、ミーも、さやも、黙っていた。感情を丸出しにしてしまったことを後悔し、俺は鼓動が早くなる。
このまま突っ込んでいけば、きっと敵の罠にハマる気がする。
そんなことになれば、こいつらはほぼ確実に死んでしまう。
だから俺は言ってるのに。
それとも、死んでもいいってのか? こいつは何度言っても、現実をわかっていない。
ミーのことを思いやりたい気持ちと、叱りつけてやりたい気持ちが、俺の中でごちゃごちゃになっていた。
「入口はここしかない。エレベーターの中で左右に分かれて敵の銃撃を防ぎながら、さやが『散弾銃』で攻撃する。あたしは機を見て神速で飛び出し、敵を薙ぎ倒す。必要に応じて、たっちゃんが銃撃の盾になる。それ以外に、何か名案があるんか?」
「そうだよネム。もう、行くしかない」
「ですね。センパイ、任せてくださいって」
暗闇の視界の中で聞こえる三人の声は、一つの波も立たない湖面のようにフラットで、興奮した様子が微塵も感じられなかった。
俺は、ああ、悪かった、とだけ言って、冷静になるよう自分に言い聞かせる。
そう。確かに、もう行くしかないのだ。
そもそも、司令塔である俺が、一番冷静でなければならないのに。
自分のアバターの手を動かし、胸に手を当てて、深呼吸をする。こんな動作までリアルに再現するゼウスに感心しながら、俺は言った。
「行こう」
下向きの三角ボタンに手を触れる。
正面で、縦に細い光が走った。線のような光は急激に幅をふくらませて長方形を形づくり、やがて長方形は正方形に近くなる。
誰もいないエレベーターの中は、案外なんの変哲もない内装で、照明灯がきちんと灯されていた。
三人は中へ入り、行き先階ボタンを探すが、下向き三角ボタンと、上向き三角ボタンが一つずつ配置されているのみだった。
中原は女子二人にアイコンタクトした後、下向きの三角ボタンを押す。
音もなく扉は閉まり、エレベーターはブウウン、という静かな音をたて始める。
いったい、どのくらいの地下まで行くのだろうか。
地下五階? 地下一〇階? それとも、もっと?
ここに建設されている施設は、以前テレビでやっていたニュースの特集を思い出す限り、まるで屋外のビーチのようなエリアや、東京をそのまま移したような街まであったから、相当な広さの空間が必要なはずだ。
やがて三人は左右の壁際へ身体を張り付けた。おそらく、エレベーターの到着を感じ取ったのだろう。現場にいるわけでもない俺が、緊張感でピリピリと手が痺れてしまった。
扉が動く。その向こう側の様子が少しずつ見え始める。
エレベーターの外の世界は、ミッドナイトブルー一色だった。
壁、床、天井、建物の内装を構成する全てのものが、暗い青色で金属のような質感だ。天井には、廊下に沿ってライン状の照明灯が設置されていた。
三人は、最初の一瞬だけは建物の様子に気を取られていた。
遅ればせながら、その中に、最大級に警戒しなければならないものが映っていたことに気付く。
「人や!」
初老の男が立っていた。
エレベーターの内壁に張り付きながら外の様子をうかがう視界映像たちが、恐る恐る、という印象で、その男を見つめていた。
すると、男はまるで執事のように腰から深々ときれいな礼をし、それから俺たちを見据える。彼の表情には、何の感情も見出すことはできなかった。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
腹の底から響かせたような、まるで声優みたいでダンディな声。
服は何やら軍隊のような紫紺の制服。にもかかわらず、その立ち振る舞いが、まるで執事のような印象を俺に抱かせた。
敵の情報を探るため、俺は少しだけこの執事──執事かどうかはわからないが、俺はこいつをこう呼ぶことにした──と話すよう、中原に伝える。
「エレベーターが開いた瞬間に、銃撃されるかと思ってたよ。案外甘いんだな」
「殺すことだけが目的なら、エレベーターの扉が開いたタイミングでロケットランチャーでも使えば終わっていたでしょうな。本田様はあなたたちに興味がおありのようです」
「ふん……本田? 誰だよ、それ」
「このギガントアーマーの、艦長でございます」
艦長──。
前情報なしに入り込んだならただの地下施設としか感じ得ない、生きた金属の塊であるこの生物要塞は、どうやら船と例えられているらしい。いや、例えなどではなく、現実として航行可能な巨大戦艦なのだろうか。
だとすれば、それは地下を? それとも……
ホテルの部屋にいて、ゆっくり考え込むことができる俺とは異なり、真正面から敵と対峙する中原は言葉を続ける。
「へえ。艦長直々にご招待いただきまして。それで? どうするってんだよ」
「ご案内いたします。愛原さやか様は、こちらへ」
「ちょっと待てや。なんでお前らが決めるんや?」
「ナキ様がお待ちでございます。こちらの通路をお進みください」
中原たちに正対した執事は右手をあげ、指先まで美しくまっすぐに伸ばして差し示す。
水平にあげた腕を華麗に下ろしたかと思うと、次に執事は、
「新堂ミミ様は、リョウマ様がお待ちです。こちらの通路をお進みください」
さやへしたのと同じように、まっすぐ左手を伸ばした。
さやの視界に映るミーの様子で、感情の変化は一目瞭然だった。
「この配牌。これが一番勝てると思っとる、ってことやんな」
ミーの表情にシワが刻まれていく。手は、持っている中国剣を握りしめた。
「……上等」
「ミー。冷静になれ」
「わかっとる。癖の悪い両目を潰して、二度と女の姿を拝めんようにしたるわ」
ゼウスで答えるミーの声色は、俺の言うことなんてまるでわかってないとしか思えないものだったが、俺はミーのテンションを邪魔しないようにしようと思った。こうなった限りは、もう止めることはできないだろう。
「中原達也様は、私がご案内いたします」
「どこへだよ?」
「あなた方の、望むところへ」
初めて見せる、口元のほころび。
それは余裕なのか、俺たちを見下したものなのか。
執事は、くるっと回って中原に背を向けて歩き始める。
三人は、それぞれ、別の道を歩き始めた。
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