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64/88

前夜

 出かける用意が済んで、俺は、仲間たちに連絡する。

 その話の中で、いったん俺の家に集合することになった。


「そんで? どこに行くことにしたん?」


 言わないでおこうかと思ったが、当然のように尋ねてくるミー。

 非常に言いづらい。また一悶着ありそうな予感だ。

 俺がまごまごしていると、毅然きぜんとした態度のリオが先に説明してしまう。


「前と同じで、あたしがネムと一緒にいることにしたよ! 一人だと危ないしね。だから、二人でホテルに」

「「はあっ???」」


 ミーとさや、女子二人の目つきが変わる。

 俺は天井を見てそのまま固まり、空気と同化することにした。


「どういうこと? おい、こっち向けネム」

「そうだよ。説明が必要じゃない?」


 ガアガアと騒ぎ立てる二人。


「ほ、他にいい場所が思いつかなくてさ」

「へえ。ネムが提案したんだ」

「女子高生と、二人っきりでホテルに?」

「犯罪だね」

「敵のアジトに突入しとる場合ちゃうわ。警察に連絡せんと」

「そうだね。やる気なくなった」


 俺は焦りに焦ってキョロキョロしていたが、リオは依然として堂々としていた。

 トロッとした声を出して俺の腕に抱きつき、


「二人に愛があったら大丈夫だもんねぇ。おばさんたちが諦めるなら、ネムのことはあたしがもらうね。ねえネム、そのまま一緒に暮らそっかぁ」


 すぐさま団子のようになって取っ組み合う三人。


「殺す!」

「殺す!」

「きゃあっ」


 こんな時でも女の子たちはすごく元気で、俺はその様子を見て、生死をかけた戦いを控えているにもかかわらず、なんだか大丈夫な気がしてきてしまった。

 


 騒動が収まると、全員がシンとして、部屋の空気が張り詰めた。

 無言のまま床に目線を落とすミー、さや、中原の三人へ、俺は声をかける。


「いよいよだな」

「そうですね」

「ああ」

「うん……」


 しばらくの沈黙が、俺の部屋に居座った。


 俺たちは、ちょっと前まで、ただの一般人だったのだ。

 どうして、こんなことになったのだろう。

 本当なら、もっと違う現実が、未来が、あったはずなのに。


 ノアとルナは、相変わらず、俺の意識の中で二人揃って立っている。

 おもちゃで遊ぶでもなく、俺のほうを向いて、じっと見つめて。


 俺は二人に話しかけた。


「なあ。この展開は、お前らが望んだものなのか?」


 こいつらは、ずっと俺の味方をしてきた。

 その理由は、敵のアジトに突入する今となっても全くわからない。

 いったい何の目的で、俺を……俺たちを、こんな闘いへいざなったのだろうか。


「言えることだけ、言うね」


 と、ルナは含みのある笑みを浮かべて言う。二人は、交互に喋った。


「このままじゃダメだ、って思ったんだよ」

「誰かがね。そう思ったんだ。世界のために、こうするべきだって」

「でもね、そんなことは考えなくていいんだ。勝っても、負けても、君たちのせいじゃない」


 俺には意味がわからない。

 だが、自分のやったことを思い返すと、一つの考えが閃く。


「なあ。思ったんだけどよ」

「なに?」

「……いや、なんでもない」


 俺は、ゼウスを使って敵が目論んでいることが、なんとなくわかった気がした。


「おい! 聞いとるんか、ネム!」


 元気なミーの声が外界から響く。

 いつもの調子すぎて、俺は、これから戦いに行くという緊張感が、まだ持てずにいた。


「最後の晩餐、しよか」

「えっ? でも、敵が……」

「あいつらは、『待ってる』って言うたんやで! なら、お望み通り待たせとこうや。酒盛りやあっ」


 この案には、全員が大賛成した。なので、これから生死をかけた戦いに行く仲間と、士気高揚のため開催することにする。

 

 近所のスーパーでいろいろ買うことにして、俺たちは敵に狙われているのも忘れてワイワイしながら出かけた。


 さやはもちろんウイスキーと炭酸の混合物。

 ミーと中原はビール。 

 リオは高校生なので、大好きだという炭酸系ソフトドリンクにする。

 俺はハイボール好きということになっているのだが、本当は日本酒が好きなので、ここは自分を出していく。するとさやが、


「えっ! ネム、日本酒なんだあ」

「ネムはずっと日本……モゴモゴ」


 慣れたタイミングでミーの口を塞ぐ俺。

 

 俺の家に帰るなり、プシュっと音をさせるミーと中原。

 俺はさやのためにハイボールを作る。悪酔いしないようにと考え、自分の日本酒はおちょこに注ぐ。

 

 命を懸けた戦いの緊張感がそうさせるのか、あっという間に酔いが回った。

 顔が熱くなって、フワフワして、このまま何も考えずに眠れたらどんなにいいだろうか。

 

「だいたいねえ。センパイの、どこがいいんすかあ」


 中原が愚痴りだす。


「ほんま。バカやのに」

「ほんとにねぇ。バカなのに。あれ? どこがいいんだっけ?」

「ん? あれ?」


 酔いが回ることによって、俺のいいところを思い出せなくなった二人。


「ええところが思い出せんのやったら、諦めいっ」

「そっちこそ! ひとっつも、ネムの良いところが出てこないじゃない! 諦めるのはそっちだよ!」


 あんまり真面目に聞き続けると傷付くので、俺は中原と飲むことにする。


「ねえ。なんで大人になったら、こんなふうに乱れるわけ?」


 リオはベロベロになる女子二人を、まるで汚いものでも見るような目で突き刺す。


「まあ、センパイ。もっといきましょうよ」 


 逃げてきた先で逆に飲まされる。それが気に障った俺は、中原にもしこたま注いでやった。


「うわあ。うまいっす」

「だろ」

「ところでセンパイ。いったい、どっちが本命なんすか?」


 ここにきてボーイズトーク的なことをしようとする中原。


「それがなぁ……マジで決まってない」

「愛原さんにしてください」

「……まあ、お前はその方がいいよな」

「ミミさんは、そりゃ、一時的には悲しみますが、俺が必ず癒します」

「お前って、すげぇよな。俺、自分の好きな子が、他の男を好きだって知ったら、心折れちゃうかも」

「センパイ。女の子は、そんな状況から『俺んとこ来いよ』って、言って欲しいんすよ」

「恋愛強者を装いやがって童貞仲間のくせに。なんでそんなことわかんだよ」

「つまり、『お前のことが大好きだ!』って、言って欲しいんす」

「はいはい。それで?」

「『ごめん。あたしはあの人のことが好きなの』とか言いながら、自分のことだけを一番に思ってくれて、ひたすら一途いちずに押し続けてくる男に、めっぽう弱いんすよ」


 まさにそれを実行中の中原。


「おい。何をコソコソ話してんだ、君たち」

「おー。二人で内緒話しとらんと、飲め飲めぃ」




 ────…………




 ふと目を開けると、暗い部屋。

 どうやら寝てしまっていたらしい。いつヒュプノスを飲んだのか俺にはもう記憶がなかった。

 何とか記憶を辿っても、「部屋の電気を消す」という沈着冷静な方がいた気はしないが。

 そうか。リオか。

 

 俺の肩に、誰かの足がある。

 中原だ。俺は乱暴にその足をどける。


 身体を起こして見渡すと、俺は床で寝ていた。

 ベッドではリオとさやがスースーと寝息を立てているが、どこにもミーの姿は見当たらなかった。


 ベランダの掃き出し窓を見ると、夜空を見ながらタバコを吸っているミーの後ろ姿があった。

 俺は、窓を開けて、バルコニーへ出る。


「よ。眠れないのか?」

「……さあ」

 

 なんだか、ちょっと機嫌が良くない気がするミーの返答。

 風になびく髪。今は、ミーは髪をくくっていなかった。

 ビールの缶でタバコを消しながら景色を眺めるミーの横顔は、無表情に見えつつもなぜか寂しそうな印象を俺に与える。どこのパーツがどうなっているからそう見えるのか、俺にはよくわからなかった。


 胸がドキドキしてしまう。何か悪いことをしてしまったか? と。


 いつもそうだ。

 こいつが悲しそうな顔をしたり、怒っていたり、いろんな感情を見せるごとに、俺の心も同じように振り回されてしまう。

 

「どうしたんだよ」

「さやがな。言ってた」

「何を?」

「ネムと、キスしたって」


 言葉を出した瞬間にこちらを向くミー。

 いきなりの展開で、反射的に目線を外して生唾を飲み込む俺。


「……本当なんや」


 まぶたをパチパチさせながら、景色に顔を戻すミー。


「あ。……いや、その」

「無理やり、されたんやんな?」


 またこっちを向く。

 抜かりなく反応を確かめるそぶりが見て取れる。


「まあ、俺からでないのは、確かだけど」


 このセリフは動揺せずに言えた。なぜなら、嘘じゃないからだ。

 ただ、心の底では、さやとそうなるのを望んでいた。もうずっと前からの願望だ。だから、こういう言い方になった。


「お願いを言ったら、聞いてくれる?」

「なに?」

「あたしにも、して」


 そんなことを言われるなんて予想してなくて、俺の心臓はドン! と突然大きく打った。

 そのままバクバクと自己主張する鼓動。それが邪魔して、思考の動き出す気配が全く見られない。


 ミーは俺に抱きついた。

 

「このまま、死ぬなんて、イヤ」


 まさに生きている、温かい体温を伝えてくるミーの身体が震えている。


 どうしても、こいつのことを放っておけない。

 背中に手を回し、身体全体で体温と感触を確かめる。

 このまま強く抱きしめたら、粉々になってしまいそうなほど小さな身体。

 

 ミーは顔をあげ、

 しかし自分からはしてこない。

 

 月明かりの中、至近距離で見続けるミーの顔は、俺の理性を急速に飛ばしていった。

 俺の身体は勝手に動いて、

 柔らかく、少しお酒の味がして、タバコの匂いも混ざって。


 勢いよく流れる血液で身体中がジンジンして、

 それに伴って、先のことも考えずに強く強く抱きしめて。

 このままだと身体中の骨を折ってしまいそうだから、両手をミーの頭の後ろへ回す。

 ミーも、同じようにした。

 

 ガラガラっ、ドン! 


「「ひっ」」


 俺たちは二人して飛び上がる。

 掃き出し窓がすごい勢いで開いたのだ。反対側に当たって跳ね返ってきたかと思うほどの音だった。


「ストォーップ、そこまでだこのアバズレ!」

「なっ、さ、さやっ」

「わたしの話聞いてショック受けてそうだったから同情してれば、よくも好き勝手にやってくれちゃって! 何秒やってんだこの野郎、わたしだって一瞬だったのに!」

「それが本命とお試し女の差じゃ、ボケっ」


 二人はベランダで取っ組み合い、危うく二人まとめて墜落するところだった。俺は慌てて引き上げる。


「バカっ、危ないだろ! なに考えてんだ!」


 二人してキッ! と俺を睨むので俺は反射的に室内へ避難しようとする。

 すんでのところで、さやが俺の服を掴んで後ろから引っ張った。

 

「こら待てネム、元はと言えばお前のせいだろ! とんでもない最低野郎だっ」

「なら、諦めたらええやん。あたしが引き受けるわ」

「誰がそんなこと言ったこのアバズレっ!」

「うるさいこのおっぱい女! お前はおっぱいだけでネムを惹きつけとるんや」

「そんならあんたもおっぱい大きくして、わたしが胸だけの女かどうか証明してみたら? ああ、できないよね、まな板だから!」

「んだとこのアバズレっ!」

「アバズレっ!」


 また墜落しそうになる二人と、必死にそれを掴んで引き止める俺。


「なんだよぅ、いったい何の騒ぎ?」


 リオが目を擦りながら起きてくる。

 中原はまだ寝ていた。つくづく、こいつには悪いなと本心から思っている。

 酔っ払い女子二人組は、しばらく生暖かい夜風に吹かれながら、大声でガヤガヤとやっていた。


      ◾️ ◾️ ◾️


 翌朝になり、俺たちは無言で戦いの用意を始める。


「あったま、痛ったぁ」

「もう最悪」


 女子二人は低い声で静かに悲鳴をあげる。

 同時に、ものすごい形相で互いの顔をにらみ付ける。どうやら昨日の記憶は失くしていらっしゃらないようだ。


 中原は、千鳥足でトイレへ向かった。

 俺はというと、日本酒の破壊力をまともに受け、こうべを垂れて吐き気を必死に耐えていた。


 俺の家で寝転がって、またはベッドを背もたれにして、リオ以外の全員がグロッキーだった。

 このコンディションでは戦うどころか駅まで歩くのも無理だと判断した俺は、とりあえず昼まで休むことを提案する。全員がこちらを見ずに無言で手を上げて了承の意を示した。


「この有様! お酒って何のメリットがあるわけ?」


 呆れたように吐き捨てるリオ。

 気持ちの問題なのだ、と言いたいが俺も吐き気が邪魔して喋れない。



 昼になると、謎に復活したアーティファクトの仲間たち。

 アルコールの分解力も進化しているのだろうか。いや、翌日まで酒が残っている時点で、おそらく進化などしていないだろう。


 が、俺たちは行くことにした。あまりグズグズしていると田中さんが融合を開始してしまうからだ。


 ミーは、買い込んでいた服の中から、キャミソールとメッシュブラウス、スラックスという意味不明な服を選択して出かけようとする。さやが厳しくツッコんだ。


「なんだよ、その格好!」

「女の子は見た目からやろ」

「アホか。戦えっ」


 数回問答した後、諦めて、黒のゆったりしたカラージーンズと白Tシャツ、アウターに黒のジレを選ぶ。しつこく若干のオシャレを気にするミーに、さやは突き刺すような視線を浴びせていたが、そんなさやも白のワイドパンツを履き、俺との飲みの時に着ていたデニムシャツ、アンダーには胸の形がモロにわかるぴっちりしたインナーを着ていて、こっちも、戦うことだけ考えたら別にこれでなくて良いのに、という格好だった。

 中原だけが下はスウェット、上は獣人化するとどうせ破れるのでTシャツだ。


「ちょっと! 酒臭いんだけど全員」


 と言う、唯一一人だけ無事なリオ。


      ◾️ ◾️ ◾️


 ようやく俺たちは家を出発する。

 リョウマが俺たちに伝えたギガント・アーマーの入口は、東京都の特別区からは少し離れたところにあった。

 俺の家を出た後、俺はリオとホテルに向かい、ミー、さや、中原の三人は現地へ向かう予定だ。


「じゃあ」


 俺の家を出たところで中原がそう言ったとき、俺は、理由もわからず、いたたまれなくなった。

 

「待って」


 反射的にそう言った俺は、どうしていいかわからなかったのだが、やがて選んだ行動は、それぞれを、順に抱きしめることだった。


 最初に選んだのは、中原。


「センパイ」

「頼む。生きて帰ってきてくれよ」

「もちろんです。むしろ、センパイが無茶しないでくださいね。リオちゃん、頼んだよ」

「ういっす!」


 リオは元気よくグッドサインで返す。


 次に、ミー。こいつは背が低いので、俺が抱きしめると、ミーの顔は俺の胸あたりになった。ほとんど真上から見えるポニーテールを、俺はつまんで投げるようにいじる。


「お前が一番、考え無しに無茶しそうだからな。慎重にいけよ」

「……アホ。あたしが何のために頑張ると思ってんの」

「…………」

「お前のためや。あたしらが頑張ったら、ネムが死なんで済むやろ」

「アホはお前だ。俺は、お前にだって死んでほしくない」


 互いに強く抱きしめ、身体を離して微笑み合う。


 最後に、さやだ。

 ずっと憧れていた、理想の女性。

 その理想の女性が俺のことを好きと言ってくれたにもかかわらず、明確な回答も出さずに、こうやって危険なところへ行かせようとしている。


「田中さんのこと、絶対に、助けよう」

「半分は、そうだけど」

「…………」

「でも、もう半分は、君のためだよ、ネム。君は絶対に無茶しちゃうから。だから、仮にわたしが危なくなっても、信じて、見ていて」

「そんなこと……」

「それで、必ず帰ってきて、ミーちゃんじゃなくて、わたしを選んでもらうから」

「はんっ! 無理な注文やな」

「わたしはね。あなたのこと、まだ認めてないから」

「あたしも同じや」


 昨日のことでケンカを始める二人。

 戦いの直前なのに、俺の軽はずみな行動のせいで、こんなことになってしまった。

 後悔で挙動不審になる俺をよそに、二人の女子は、


「でも、勝負はお預けだよ」

「ああ。全部片付いてから、さや、あんたを片付けたるわ」

「望むところ」


 それから、三人は満面の笑みで俺を見て、

 中原が言った。


「さっさと片付けて、帰ってきます!」

「おう! お前らにかなう奴なんて、いねえよ!」


 こう返した俺は、歩いていくあいつらのことを見ることなく、ホテルへの道を歩き出す。


 絶対に、生かして帰す。

 誰も、死なせない!

 

 決意を新たにした俺へ、横に並んで立つリオはこう言った。


「ねえ。普通のホテルにする? それともラブホ?」

「……普通でしょ、何考えてんだお前っ」

「だってぇ、何もしないんでしょ? なら、どっちでも一緒じゃない?」

「ちょっと待ってろ。一番近いホテルを探すから……」


 ゼウスで検索しようとした俺へ、間髪入れずにノアが回答する。


「ホテル『夜の勉強部屋』だね」

 

 夜の勉強部屋?

 

「見つかった?」

「いや、まだ」

「嘘だよね。ゼウスで探してんでしょ? 夜の勉強部屋でしょ?」


 クク、と笑うリオ。

 いとも簡単に、からかわれる俺。

 結局、俺はリオに引っ張られて、ラブホに入った。

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