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一難去って、また……

 ミーとさやの二人は病院を出る。


 どこに行くかと思えば、病院の裏、街路樹が植えられて曲がりくねった小道のある広い公園へ。

 二人の争いに巻き込まれてドキドキしながら後をついていく俺。というか、争いの原因が俺なのだから、本当なら無関係ではないのだが。

 

 さやを先導するミーは、おもむろに落ちていた小さな木の枝を拾う。

 さやは、その様子を見て、ミーの後ろから一言発した。


「なんで、剣、持ってこなかったの?」

「なんでって? 殺してまうやろ」

れると思って……」

 

 振り向き、さやの言葉を遮るようにしたミーの視線に、俺はゾクッとした。

 身体にまとわりつくような赤い煙が立ち昇る。

 赤煙の奥から、暴力的に輝く二つの紅蓮の光が見える。


 しかし、さやのほうも負けてはいない。

 全身が金色の蒸気に覆われ、その奥から真紅に輝くさやの瞳は、ミーの圧力を跳ね返す強さを持っていた。


 どうやら本気でやる気らしい。

 俺は、この二人の衝突を止められる気がしなかったものの、一応こう言った。


「あっ、あの。二人とも、やめようよ。話をすれば、きっと……」

「「ネムは黙ってて」」


 殺気を帯びた赤い瞳が、一斉に俺へと向けられた。ビビり散らかした俺は小さくなってスゴスゴと引き下がる。


 俺は、ミーとさやの戦う姿を、ゼウスを通じてではなく肉眼で目の当たりにするのは初めてだ。

 直近で見る二人は、まるで猛獣のような殺気を放っていた。二人から湧き出る赤と金のオーラなどは寒気で鳥肌がぷつぷつと立つほどだ。

 俺は、自然と後ずさって二人から距離をとった。

 


 ゆら、っと赤い煙が揺れて──


 

 まばたきをした次の瞬間には、煙の中にミーはいなかった。

 ハッとしたさやが振り返ると、さっきまで自分の背後だった位置にミーがいる。超人的に膨らんだ太ももは、背丈が小さいミーの体格が影響して対比されるのか、受ける印象のインパクトがすごい。


「な? 今ので死んでたや……」

 

 余裕を見せるミーが喋り終えるのを待たず、目も眩むような閃光が辺りを包む。

 ヒュンヒュンと音を鳴らして発射された光弾群が、ミーの背後にあった草むらをえぐっていた。


「……上等」

 

 ミーの言葉が終わった瞬間にまばたきをする俺。

 目を閉じ、次にまぶたを開けた時には、ミーの姿は消えていた。


 直に見るイダテンの動きは超人的で、例えるなら「辛うじて見えるサブリミナル効果」とでもいうべき瞬間的な静止映像でしか捉えることはできなかった。


 さやの横方向へと回り込んだであろうミーの動きに合わせて、全く視覚に頼らずに、追撃するように手だけを振ってスターバレットを連射するさや。

 ミーに攻撃させる隙を与えず、同時に、無数の光球を敷き詰めて壁のようにし、シールドで防御も固める。


 これはミーが劣勢か、と俺が思った瞬間──


 ヒュン、と風を切る音。

 誰もいないはずの地面の上、土の掘れた跡がジグザグに、さやに向かって一瞬にして出現し──


 後ろを振り向いたさやの首に、手に持った木の枝を当てるミーと。

 同時に、ミーの腹部へ掌底を触れるさやが。


 二人は、そのまま数秒間、固まっていた。


「あたしのほうが一瞬早かった」

「ここが病院じゃなかったら、あなたは最初っから蜂の巣だよ」

「お前が味方やなかったら、初太刀で首を落としとったわ!」 


 ミーは、持っていた木の枝を乱暴に放り投げた。


「助けて、って泣きついても、助けたらんからな」

「それはこっちのセリフだよ。前にも言ったけど、わたしは親友しか助けない」


 ミーは、はち切れそうだった太ももを元に戻し、ビリビリになって伸びてしまったズボンがずれ落ちないように手で持ちながら、建物のほうへ戻って行った。

 

「ったく、あいつ何なんだよ……ごめんな、さや」

「んーん。大丈夫だよ」


 さやは、ミーの後ろ姿が見えなくなるまで見つめる。


 田中さんの一件で、さやはひどく傷ついていると思う。

 ミーの気持ちも全くわからないではないが、ちょっとあいつはやりすぎだ。いつも感情的になるところが多いんだ、あいつは。


 さやを慰めようとして、俺はさやの手を取ろうとしたが、さやはスッと手を引いた。


「なんかね、今はフェアじゃない気がして。だから、」


 俺を見たさやの顔は、何か吹っ切れたような表情だった。


「あとは、全部片付いてからにしようかな。まゆの命をいいように使い捨てるゲスどもを、根絶ねだやしにしてからに」


 見えなくなったミーの後ろ姿を、さやはまだ見つめていた。

 

      ◾️ ◾️ ◾️


 さらに一日が経過し、ミーは完全回復した。

 それをみんなにアピールするために、


「ほら! めっちゃ元気になったぁっ……あいてっ」


 朝イチからミーは病室内でハイジャンプして頭で天井に穴を開ける。ほとんど子供のような振る舞いに、仲間たち苦笑いするしかなかった。


 アーティファクトとなった場合に、身体機能に変化が生じるのは俺ももちろんわかっていたが、回復力のような防御的能力だけでなく、走るとかジャンプするとか、こういう基本身体能力自体もどうやら向上しているらしい。

 

 お医者さんは「この人、どうなってんの?」と言わんばかりの、まるで異星人でも見るかのような顔つきをしていた。その結果「午後から退院してもいい」と言われ、昼を過ぎた今、ミーは病室を片付けていたのだった。


「よかったな。元気になって」


 俺はそう言って、いつものようにミーの頭をポンポンしてやる。

 ミーも、いつものように、俺を下からじっと睨んでいた。

 

 俺はずっと、こういう時のこいつの態度は「睨んでいる」だと思っていた。

 でも、違ったのだ。こいつはいつも、気になる相手のことを「見つめていた」のだ。

 そんなことにも気が付かず、頭をポンポンしてくる俺の行為を、ミーはいつもどんな気持ちで受け入れていたのだろうか。

 

 俺が考えにふける間も、目線は合い続ける。

 ミーは、俺に抱きついた。

 

「あっ、おい……、」

「……もうちょっと、このまま」


 ミーは俺の胸に顔をうずめ、強くギュッとした。

 バクン、と大きくなった鼓動がミーにバレてしまわないか、俺は気が気でなかった。


「死んでしもたら、もう終わりやから」


 俺の胸から顔を離して、俺の目を見つめるミー。

 目が合ったまま離れない。

 そのまま、俺の首に、両手を回して……



「あ────っっっっ!!!」



 大声で叫ぶ女性の悲鳴。

 ミーと二人してビクッとなり、飛び上がりながら振り向くと、病室の入口に、さやがいた。

 歯をギリギリしながら、爛々と輝く赤い瞳で、俺とミーをザクザクと刺してくる。 


「あんたねぇ……フェアにいこうと思ったわたしの気持ちを返してほしいわっ」

「はあ? 戦いにフェアもクソもあらへんわ、このマヌケ」

「このっ」


 病室でイダテンとスターバレットが暴れると、壊滅的な状況となってしまう。

 俺が必死で二人をなだめようとすると、二人はキッ! とこちらを睨み、さやが床を指差しながら俺に命令する。


「ちょっとネム! ここで正座!」

「えっ? ちょっ、なんで? なんで?」


 質問しつつも、俺はさやの命令に忠実に従った。


「だいたいね、ネムがなんでも受け入れるから、こんなことになってんだよ!」

「そうや! さやにいい顔したり、あたしにも……あたしには、いい顔しとる?」

「うーん、してない、かな」

「なんで? なんでしてくれへんの? いやや。あたしにも」

「あんたのことが好きじゃないからだよっ」

「ちゃう! そんなわけあらへん、なあネム、言うて! このアバズレに言うたって!」

「誰がアバズレだこのメンヘラっ!」 

「あれ? また怒られてるんですか? センパイ、今度は何をしたんすか」


 こんなカオス状態を俺が仕切れるわけもなく。

 俺は正座したまま、観戦するしかないと悟った。


      ◾️ ◾️ ◾️


 とりあえず、田中さんを助けるためには敵アジトへ突っ込むしか方法がないので、その案内役をリョウマにさせようと思いついた俺たちは、全員の視覚・聴覚情報を俺へ共有した上で、ミー、さや、中原の三人でリョウマのところへ行くことにした。


 リョウマのことをどうするかは、警察も悩んでいるようだ。

 なにせ、監視カメラに映っていたとはいえ、「石化能力」なんてものを公的には認めていない。「アーティファクト」は、一般社会には公表されていない存在なのだ。だから、警察官が一人常駐はしていたものの、リョウマの病室へは出入り自由だった。


 基本的には中原がリョウマを見張っていたが、タイミングを見てさやが交代していた。俺の正体はまだ敵側にはバレていないはずなので、俺はリョウマの前には姿を現さないことにした。

 

 リョウマは俺たちと同じで、傷の治りは早いはず。

 だが、リョウマは大人しくしていて、特に逃げようとはしなかった。それが謎だと中原は懐疑心に囚われていたが、俺にはその理由に見当がついていた。


 奴はきっと、さやに脅されていたのだ。

 

 さやがどんなふうに言ったのか俺には知る由もなかったが、大々想像はつく。

 いつものように股間に手をやり、


「逃げようとしたら潰すから」


 と耳元で囁いたのだと思う。

 その結果、奴は、背筋を凍らせるかのような恐怖感と、身体中をゾクゾクさせる高揚感を同時に味わい、もうどうしていいかわからなくなったに違いない、と俺は想像する。


 

 リョウマの病室へ入り、「目隠しを外すな」と念を押した中原に、リョウマは、


「なら、伊達メガネをかけろよ。ガラスを通すと俺の力は通じない」


 と言う。


 それが本当なのか俺には判断がつかなかったが、確かに、鏡とか、ガラスに反射したリョウマの目を見ただけでは石化しなかった。こいつの言うことが本当なら、メガネをかけている人にはこいつの力は通じないのだ。つまり俺には通じない。知ってしまえば、簡単に防御できる、結構弱い力なのかもしれない。


 とはいえ、こいつの言うことを鵜呑みにすることはできない。ここでは、またもや、さやの存在が光っていた。

 さやがリョウマの股間にスッと手をやろうとしたので、リョウマは息を荒げ、


「だ、大丈夫です。嘘じゃないです」


 と、不吉な気配を察知して従順極まりない声色で言う。さやは、


「わたし、あなたのこと、信じてるからね」


 と、細めた冷たい目と甘い優しい声で言った。


 ということで、中原に伊達メガネを買いに行かせてリョウマに掛けさせる。念のため、ミー、さや、中原にも掛けさせた。

 誰がリョウマの言うことを証明するか、三人は目で牽制していたが、「ジャンケンにしよか」とミーが言い出したので、中原は「僕がやります!」と名乗りあげた。よって、他二人はメガネをかけつつも、念のためリョウマを見ないこととした。

 妙な動きをしたら即座に攻撃するよう、俺はミーとさやに伝えていたが、「言うまでも無い」と二人は殺気をほとばしらせていた。


 メガネを掛けたリョウマは、久しぶりの外界が照らす光で眩しそうにしながら三人を見渡す。

 そのリョウマと目線を合わせたのは、中原だ。他の二人は、リョウマと目線を合わせないように横を向いていた。


「ああ、久しぶりの光だよ。さやか、君はやっぱり可愛いね。あ、みーちゃん、だっけ? 君も、良く見ると可愛いな。僕、君のことも好きだよ。今度、僕と一緒に……」

「黙りなさい」


 さやに一括されたリョウマ。

 

 ミーは動揺して、反射的にリョウマの目を一瞬見てしまう。中原の視界の中で、ミーは、すぐに目をそらして顔を赤くした。


 俺はその様子を見て、なんだか全部が暗くなったような気持ちになる。

 敵の本拠地に乗り込む気力が一気に削がれてしまった。それは中原も同じだったようで、さやの視界に映る中原の表情は、今すぐにでもリョウマを捻り殺しそうだった。


「おい。何、顔赤くしてんの?」


 気が付けば、俺はゼウスを通じてミーに文句を言っていた。


「なっ、そっ、そんなん、なってへん!」

「……お前、ああいうのが好みなの? ま、イケメンだからな。俺と違って」

「ちゃう! ほんまに違うからっ! あたしが好きなんは、あの、」

「好きなのは?」

「いや、その」


 のぼせたように顔を真っ赤にして途端に口ごもる。

 ゼウスで通信しているから外には声が漏れていないが、横長に細まったさやの視界の中で、せわしくあたふたしているミー。中原は微動だにせずリョウマに視線を固定していた。きっと、殺意の瞳で睨み続けていたに違いない。


 そのリョウマのそばに、以前さやが一時的に誘惑した男性看護師がやってくる。

 どうやら彼はリョウマの世話をしているようで、近くにいるさやをチラチラ見ながらリョウマに刺さっている管のようなものを触っていた。

 彼はゼウスを使っているようで、瞳に赤い光が灯っている。


「あ、ゼウスされてるんですね」


 さやがその看護師に優しく声をかける。

 彼は、一瞬にして満面の笑みを作った。


「そうなんです! これ、便利ですよね」

「ええ、わたしたちも」

「そうですよね。ずっと、ログインされてましたよね」


 たわいもない世間話をするさや。

 話の最中、さやの視界に映っていた男性看護師の瞳をともす赤い光が消える。

 ほんの二、三秒してから、瞳は再び赤く灯った。


「あれ? 通信が切れたな」

「え?」

「あ、いや。今ね、ゼウスの通信が切れたんです。こんなこと、今までなかったけどな。でも、あなた方は切れてないですよね。瞳が、ずっと赤いままだ。俺だけかな。『ゼウスの通信は絶対に切れない』って、宣伝で言ってたんですけどね」


 時間を潰してないで、早くリョウマから情報を引き出したい。

 そんなことを考える俺の頭の中の子供部屋で、ノアが俺のアバターへと近寄った。

 

「特定された」

「なに?」

「お前のこと。たった今、お前の正体が、バレた」

「え……なんで?」


 なんで? 

 

 突然の宣告に、俺は、何も考えられず、ノアに言ったのと同じ言葉を頭の中で繰り返す。

 思考の止まった俺の前で、次にルナが口を開いた。


「今さっき、ゼウスにログインする全てのユーザーの通信が強制的に切断された。『ネムの神の力』と『システム管理者の力』で保護されている者を除いた、ログイン中の、全てのユーザーのだ。切断できなかったユーザーが誰か、知られてしまった」

「…………」

「ゼウスは国の一大事業だ。しかも、『絶対に切れない』と大口を叩いた以上、原因不明の通信遮断は信用に関わる。おそらく説明責任を果たさなければならないだろうが……もう、なりふり構っていられない、ってことかな」


 知られた?

 敵に、俺の正体が。


「でも。でも、ゼウス・ユーザーの全員が常にログイン中ってわけじゃないだろ? 通信遮断が奴らにとってリスクの高い手段なら、そんなこと、行き当たりばったりでやっても……」


 ハッとする。

 

 そう考えると、俺は、中原の目に映るリョウマの黒い瞳に、別の意味が見て取れるようになった。


 俺は直ちに、全員へこの話を共有する。

 全員が、まるで石化したようにじっとしていた。男性看護師だけが、キョロキョロと目線を飛ばしていた。


「あなたが、教えたの?」


 さやは言葉の語気を強めて、リョウマを見ずにリョウマへ詰問する。


「なんのことだい?」

「とぼけないで。目隠ししている間にゼウスへログインし、情報を仲間に流した!」


 さやは言葉を荒げた。


「へえ。気付いたんだね。ありがたいことに、目隠ししてくれてたからねぇ。ボスの力で護られている俺のログイン状況を、君らが知るすべは、俺の瞳を見るしかないだろ? 俺から情報を引き出そうとして君らがここへ集結している間は、君らの首謀者もまた、必ずゼウスにログインしてその様子を見ていると思ったからね」


 とうとう、俺の正体が敵にバレた。

 でも、そもそも俺以外のみんながとっくにバレているんだ。

 

「メッセージを、伝えるよ」


 高鳴る鼓動がうるさくなっていく。

 仲間たちと同条件になっただけ。ただ、それだけのことなのに。

 こいつらは、こんなプレッシャーと、ずっと戦っていたのか……。

 

「聞いてるか? 『寝咲ネム』。俺たちのボスからだ。『ギガント・アーマーで待っている』だとさ」

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