意志
意識を消失してから何秒だ。
ゼウス、答えろ!
「三秒だよ」
ルナが答える。
「悪い。ミーのほうへ集中しろって、言ったのは俺だったな」
「大丈夫。ミーちゃんは、ノアが見てる。今、救急のお医者さんへ引き継がれている」
「そうか。ありがと」
さやの視界へ目を向ける。彼女の視界は真っ暗で、何も映っていなかった。おそらく、目を閉じているのだろう。
それはすなわち、敵が直近にいることを意味する。中原がミーを現場から連れ去ったあと、現場には、リョウマと、さやしかいなかったはずだから。
俺は、ゼウスを使った通信で声をかけた。
「さや。……さや!!」
答えはない。
どの監視カメラの映像を確認しても、どこにも映っていないのだ。
さやも、もし、ミーみたいに……
あらぬ想像が、俺の思考の何もかもを狂わせる。
自分の意識が、マグマのような何かに浸され、もはや脱出不能なのに気づく。
「……ネム」
「さや!」
さやの声。
脳の温度がスッと下がる。
頭のかすみが、ふうっ、と吹き流されていく。
俺の平静状態は、もう、こいつらの無事の上にしか成り立たないことを自覚した。
だが、次に出たさやの言葉は、
「ネムは、ミーちゃんを護ることを考えて」
「さや」
「この件は、わたしのわがままで始まった。なのに、それにミーちゃんを巻き込んじゃった。ずっと心に決めてきたのに。これ以上、誰にも迷惑は掛けられない」
「前にも言っただろ! 迷惑なんかじゃ、」
「お願い」
さやは、語気を強めて俺の言葉を制止する。
「わたしは……きっと、厳しいかな」
「……今、何をされてる?」
「…………」
「殺してやる。今すぐにでも──」
「心臓を止めてもダメだった。それに、何か事を起こせば、わたし、すぐに撃たれちゃう。だから、もう」
「…………」
「さやちゃん。あたしの話を、聞いて」
リオが、俺とさやの通話に割り込んだ。
「あなたには関係ない」
「さやちゃんが死んだら、ネムも死ぬ」
「……何言ってんの?」
沈黙の中に、動揺が漂う。
「さっき、ネムは、さやちゃんを助けるために、睡眠薬をいっぺんにたくさん飲もうとした。なんとか止めたんだけど」
「……リオ、余計なことを、」
「ネムは黙ってて。あたしは、あなたのお願いを聞いて、薬が切れたらあなたに次々飲ませる役を引き受けたんだから。殺人犯よ。これくらいの権利はあるわ」
「……! 何言ってんの! どうなってんの!? そんな、めちゃくちゃ……」
「聞いて」
静かで、それでいて熱のこもった声が、さやの言葉を止める。
「もう一度言うわ。さやちゃんが死んだら、ネムも死ぬことになる。だから……絶対に、あきらめないで」
迷いのない力強い声が、リオの意志を感じさせた。
「…………どうして? ネム」
ゼウスで発したはずの、本物の声帯を通していないはずの、さやの声は弱々しくて震えていた。
「田中さんを、助けなきゃ」
「…………」
「絶対に、助けたいんだろ」
「……でも、みんなが、危険な目に」
「さやが心の底から田中さんを想ってるのは、ミーも、中原も、みんなわかってる。だから、さやの助けになりたいんだ」
「みんなの迷惑になっちゃう」
「迷惑だなんて思ってない。もう、俺たちはゼウスで繋がれた、仲間なんだ」
「……ネムから、『仲間』だなんて言われたくないよ」
「そうだね。今の俺には、その答えを出すことはできないけど」
助けたい。心の底からそう願い、
拳を握りしめた俺のアバターが、光を強くしていく。
「前に、一つだけ願いを叶えてくれるって言った。それを、今使うよ」
抱いている気持ちを、素直に紡ぐ。
それが、今、俺にできる唯一のことだった。
「諦めるのはもうやめよう。これからも、ずっと一緒に、この世界を生きるんだ。俺は、何があっても、」
絶対に、さやを、護る!!!
心から願った思いは光の粒子へと変換された。俺のアバターからは溢れんばかりのエネルギーが流れ出て、バオン、と大きな音をあげて天井へと激突する。
その影響で、地震のような縦揺れが、仮想空間であるはずの子供部屋を襲った。「強い思い」を受けたゼウスはどこからともなく雷撃を発し、病院内にいるさやを直撃する。
俺の「願い」を実現するために、ゼウスが選んだ最善の方法。それは──
「……ネム。わたしと、ずっとお話、しててね」
「さや」
「怖い。怖くなってきちゃった。生きたいと、思えば思うほど」
「ごめん」
「ても、嬉しい。なんか、ワクワクするね。もっと、デートなんかもして」
「そうさ。まだ、これからなんだ」
「ミーちゃんに勝って、わたしがその正式な権利をもらわないとね」
語気が強まる。
さっきまでの弱々しさは消え、俺が感じたさやの気配は、いつものさやさえも、飛び越えてゆく。
「だから、今、わたしの胸を好き放題に揉んでるこのゲス野郎に、そろそろ死んでもらうか」
「……さや」
「大丈夫。ネムは見てて。次は、わたしの生きたい気持ちを、表すから」
言ったさやは、次に声帯からの声を出す。
「……ねえ。リョウマ」
「はあ、はあ、……んだよ。やっとその気になったか。やべぇなほんと、すげぇカラダだな」
「そう? でもね、そういうのって、罰が下るんだよ」
「罰だあ?」
「うん。わたしのことも、ミーちゃんのことも、色々、勝手にしてくれたもんね」
「は。何イキってんの。殺すよ?」
タイミングを見計らいながら、手に力が入る。いつでも、殺す準備はできている。
能力の発動に集中する俺のアバターの横へルナが寄ってきて、ポツリ、と言った。
「能力名を伝える」
「なに?」
「星屑の弾丸/スターバレット」
「ぎゃあああああああっ!」
さやの声ではなかった。
リョウマの絶叫が、現実世界の病院で、これでもかと言うくらいに響き渡ったのだ。
しかし、さやの視界は暗いまま。現状把握が極端に難しい状況に、俺は今、陥っている。
「くっ……あ、う……き、さまぁ……ぁああっ!」
「よくも……散々やってくれたな外道」
一瞬、誰かわからないくらいに低くなったさやの声。これは、俺が初めて聞く声だ。
「なんだって? はは、お前だって、気持ちよかったんだろ? ほんとは感じてたくせによ」
ヒュン、ヒュンという風を切る音。続いて、
「あああああっ、うああっ」
またもや、リョウマの悲鳴が反響する。
「あれ、死ななかったんだ。運のいい奴だな」
「ぐ…………」
「ご主人様に逆らうなんて、悪い子のすることよ」
現場の情報が一切ない俺にも、声の雰囲気からようやく状況が理解できてくる。
起死回生でアーティファクトの能力に目覚めたさやは、反撃に転じたのだ。
視界は閉じたまま。
だが、声は力強く、迷いは一切感じられない。
その声から感じたのは、「敵を殺し、自分が生きる」という明確な意志だった。
加えて、妙な高揚感を煽るこの「気配」は……。
その「気配」をパンパンに詰め込んだセリフを、さやはリョウマに突き刺した。
「蜂の巣にしてあげる。残して欲しいところがあったら言いなさい、ボウヤ」




