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イケメン看護師リョウマ

「今日は、いつまでいらっしゃるんですか?」

「あ、その……たぶん、夕方くらいまで」

「申し遅れました。僕、リョウマっていいます。昨日から、この病院に来てまして。えっと……」

「わたし、愛原さやかといいます」

「ゼウス、されてるんですね」


 リョウマの瞳の中心に、点のように小さく灯った真紅の明かり。それは瞬く間に、瞳の端まで広がった。


「お姉さんがずっと来られてたみたいなんですけどね。雪人くんはお姉さんしか身寄りがないので……もしかすると、雪人くんのことでお伝えすることがあるかもしれないので、ゼウスでの連絡先を教えていただいてもいいですか?」

「あ、はい」


 え? 連絡先?

 俺は、慌ててさやに声をかける。


「あ、あの、さや……」

「なに?」


 これは雪人くんのためなんだ。

 こんな時に、この男に連絡先を教えてほしくない、なんて、言えない。


「なんでもない」

「…………」


 葛藤を続ける俺の耳へ、外の世界から情け容赦なくリョウマの声が飛び込んでくる。


「さやかさん、ちょっとお話が」


 いきなり下の名前で呼んだ上に、さやを病室から連れ出して二人っきりで話をしようとするこのリョウマとかいうイケメンに、俺は殺意が芽生える。

 それを敏感に察知したノアが、


「嫉妬の塊か」


 ルナは、


「かっこいーっ! ネムとは天と地の差だね! ルナ、このお兄ちゃんのところに行きたいっ!」


 マジでリョウマへ殺意を抱いていた俺は、こいつらの振る舞いにすらだんだんムカついてきた。


「はいはい。お前もやっぱ女設定なんだな。イケメンに激ヨワじゃねえか」

「あのね! あんただって、さやちゃんのことを好きなのは、可愛くておっぱい大っきいからでしょ?」


 ビシッ! と俺を指差して言い切るルナ。


「うっ……じゃあ、同類、って認めるんだな?」

「うっ……」


 思わぬ反撃に苦しむルナ。

 ノアは見下すように、


「大変だね君たちは。僕は、女の子なんかに気持ちを持っていかれたりしないもんね」

「はあ? この前、ネムネムの意識の中にミーちゃんが来た時のこと、もう忘れたわけ?」

「……っ!!! ちがっ……あれは、そのっ、」

「そういや、すっかり忘れてたわ。お前、ミーみたいなのが好みなの?」

「俺はバスケ選手が好きなんだよっ! NBAだってよく観てるんだっ」

「「へー」」

「何だよ、その『へー』ってのはっ!」


 ノアは顔を真っ赤にして、腕をぐるぐる回して俺に殴りかかってきた。


      ◾️ ◾️ ◾️

 

 俺たちがワイワイ騒いでいる間に、さやとリョウマは病院の庭に出ていた。

 さやの聴覚情報をリンクさせている俺は、二人の話し声が聞こえてきたので、ガキどもの戯言ざれごとに耳を貸すのをやめ、さやとリョウマの会話に集中した。


「実は、お姉さんから病院へ連絡があって……しばらく雪人に会いに行けなくなりそうだと」

「…………」

「僕は、雪人くんの担当になったんです。だから、なんでも相談してくださいね」


 リョウマは、さりげなくさやの手を握って、優しく言う。


「あ……ありがとうございます」


 触っ……このヤロウ、やっぱ嫌いだ。


 俺は、さやがどんな気持ちでいるのか、知りたくてたまらなかった。


 でも、雪人くんのためだから……。

 病院関係者に連絡先を教えるのは仕方がない気もするし、こんな状況で嫉妬まみれの気持ちをぶつけられても、さやだって嫌な気分になるだろう。


 二人は歩き、病院の出入り口のほうへ近付く。さやの視界の中で、リョウマは、出入り口の横に置かれている石像の肩にポン、と手を置いた。

 その石像は、原寸大の人間の女性を再現したものだった。きっと、モデルとなった女性は相当な美人だっただろう。

 さやは石像に気を取られ、立ち止まって眺めた。


「石像があるんですね」

「ええ。すごく美しいでしょ。でも、」


 妙なところで言葉を途切らせるリョウマへ、さやの目線が向く。

 同時に、リョウマもこちらへ視線を向けた。


「あなたのほうが、もっと美しいと思いますよ」


 じゃあ、と言ったリョウマの笑顔は、男の俺でもついつい見惚れてしまうほどに美しかった。女性であるさやから見れば、なおさらだったはずだ。


 さやの視界の中で、振り返って手を振るリョウマ。


 あんなセリフ、もう確定だと思った。モデル級のイケメンに狙われて、さやは落とされずにいられるだろうか。


 俺は、何も言葉を出せなくなってしまった。怒りは消えて無くなり、大切なものがいなくなる喪失感と、落胆と、敗北感だけが残った。


「さて、と。仕事中にごめんね。ありがと、ネム」


 きっと本当なら、さやは、ああいう美形の男の子と付き合うべきなんだろう。

 いくら俺が、自分自身で「外見は悪くない」なんて慰めてみたところで、誰がどう見ても歴然とした差。努力なんかで埋まりそうな気がしない。

 もし、さやが望むなら、あいつと付き合うほうがいいに決まって…… 


「ネム! ねえ、聞いてる?」

「あ……ああ、うん、聞いてるよ」


 現在、トラックで高速道路を走っている俺は、フロントガラスを覆う雨粒をボケッと眺めたあと、後ろを走るミーがついてきているかを確認するためサイドミラーへ視界を移した。


「今、運転中だった? ごめんね」

「ううん。……ねえ、さや」

「なに?」

「俺を選んで、後悔しない?」

「…………また余計なこと考えて」

「ごめん」


 みっともなくて、情けなくて、俺は、自分のことが嫌いになってしまいそうだった。

 さやの目の前にカッコいい男が現れたら、俺は、これからもこんなふうに嫉妬で狂ってしまうんだろう。

 他のことが考えられなくなって、自信が喪失されて。

 そんな男に付き合わせないといけないなんて、さやが可哀想に思ってしまったのだ。


「なら、わたしを選んで」

「え?」

「わたしを選んで、確かめて。わたしが、ネムのこと、どう想ってるか」


 いつ聞いても、さやは、気持ちがブレたようなそぶりがない。

 俺は、それに、どれだけ元気づけられただろうか。


「……うん」

「えっ? 今、『うん』って言った? 選ぶ? もう決めるのっ?」

「あの、ちょっと、待って」

「ハア。……自分はミーちゃんとわたしで迷ってるくせに」


 ごもっともです、と心の中で言いながら、俺はハハ、とごまかした。


      ◾️ ◾️ ◾️

 

 雨が強くなってきたので、俺は、意識の中で浮かぶように表示されている天気予報のウィジットを見る。雨マークが見えたので、俺はノアに、明日の天気について説明を求めた。

 すると、どうやら、このまま降り続いて明日も雨のようだ。現場はストップになるので、明日は事務処理ができる。だから俺は、今日はさっさと帰ることにした。

 

 時計を見ると夕方の六時で、中原は、まだ外回りから帰ってきていなかった。こいつはいつも俺を手伝ってくれるので、何か大変なら手伝ってやろうと思い中原に連絡してみたのだが、「そんなに遅くならずに帰れるので大丈夫です」と言われた。

 

「おい、ミー。帰るぞ」

「はーい」


 二人して会社を出る。そして、帰る方向も同じ。「途中まで」とかではなく、玄関ドアを開けるまで同じ。


 そう──。俺たちは今、「同棲」しているのだ。


 いや、正しくは「同居」か。ミーとさやは恋人候補だが、この場合は同棲とは言わないだろう。中原もいるので、まあ間違いなく「同居」だ。


 家の玄関ドアの鍵は、誰がどのタイミングで帰ってくるかわからないので、全員に配る羽目になった。よって、当然ミーも持っている。

 ミーと二人で俺んちに帰ってきて、ミーが自分のカバンから俺んちの鍵を取り出して、施錠された俺んちの玄関ドアをガチャ、と開ける……という風景に、俺はなぜか鼓動が踊った。

 

 部屋に入り、俺は無意識に上の作業着を脱ぎ、汗をかいたシャツも脱ごうとしたが、


「ちょっ! 待っ……、何すんのっ」

「え?」

「いや、女子がおるねんから。ここで着替えんの?」

「いやあ……イヤか?」

「え……と。別に、いやじゃ、ないけど」


 しどろもどろのミー。

 確かに、よく考えればさすがに下を脱ぐのもここで、という訳にはいかないだろうから、やはりユニットバスが妥当か。

 というか、


「お前、着替え、あったっけ」

「……ない」

「貸してやるよ」


 俺は、自分のTシャツを棚から取り出し、ミーに向かって投げる。

 それをキャッチしたミーは、謎にシャツをまじまじと見つめる。


「あのな。カビたりしてねえから」

「そんなんちゃうわ! ……ありがと」

「いいよ。先、着替えてきたら」


 俺はミーに着替えを促す。

 ミーは、さやとしょっちゅうケンカするので、「もう貸してあげない!」と言われてしまったのだ。

 そもそもブラなんかは悲しいかなサイズがあまりにも違う。下着も無いなんて、さすがに可哀想だから買いに行かなければならないだろう。


 ミーは、俺が持っているジャージのパンツとTシャツに着替えてユニットバスから出てきた。いつものポニーテールはそのままだが、なんか雰囲気が違って、妙に心をくすぐられてしまう。

 

「なあ、お前の服、今から買いに行こうぜ」

「うん……」


 ミーは、俺のシャツをくんくん匂った。


「あのな。臭いってんなら……」

「違うよ」

「なら、なんだよ」

「ネムの、匂いがする」


 へへ、と照れくさそうに笑うミー。

 女の子にTシャツを貸したことなんてないし、だから、そんなふうに言われたこともない。

 なんだか顔が熱くなってしまって、俺はミーを直視できなかった。

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