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決意

 みんなの家を順番に周り、荷物を用意して、最後に俺の家へ行くことになった。

 名前がバレた時点で家もバレているとは思うが、現に敵から襲撃されたミーの家だけは念のため回避することに。


「えっ。あたしの着替えとか、メイクとか、色々、どうするんっ?」

「愛原さんが貸してくれるんじゃないっすか」

「しょうがないな……どうせ貸さないと、買いに回ることになるんでしょ」

「そんなイヤそうにするんやったら、買い回るからもうええわっ! ネム、ついてきてっ」


 二人、ケンカをし始める。

 ギャアのギャアのと言い争う女の子二人を前に、俺は、全く別のことで、ひとり緊張していた。


 先に家に帰って、部屋を片付けたいっ!


 覗きがバレて大量のマイナスポイントを獲得したであろう俺は、もうこれ以上、マイナスを積み重ねるわけにはいかんのだ。

 だから、あんな部屋を、絶対にさやには見せられない!

 

「あの、俺、先に帰って、家を片付け……」

「「「危ないからダメっ!!!」」」 



 というわけで、まずはさやの家へ。

 マンションの三階にあるさやの部屋は、玄関ドアを入った瞬間からフワッといい匂いが漂った。

 ベッドのデザインも、カーテンの色も、何か良くわからないけど、そこにある物の一つ一つが、どれも女の子だなあ、という感想を俺に抱かせる。

 だが、あまりにも女の子女の子し過ぎているわけではない。適度な可愛さ、適度な大人感。俺がここ最近感じている「本当のさや」の印象と近いものだった。

 気に入らなさそうにさやの部屋をジロジロ見るミーと、はあー、と言いながら女子の部屋に圧倒される中原。


 そして、見渡せば見渡すほど、罪深き既視感に襲われる俺。壁際の机にPCが置かれているのを発見し、なんだか懐かしい気分になったのである。

 

「ちなみに、ネムがわたしの部屋をのぞいた時、どうやったの?」


 詳しい犯行の状況を事情聴取してくるさや。

 もうバレていることなので、俺は正直に話すことにした。彼女のPCを乗っ取ったことも、俺が見ているインカメの真正面で、さやが服を脱ぎ始めたことも。


 サイテー、とミーが言うので、俺は何か胸がモヤモヤして反論する。


「だってさぁ。ノアとルナが、俺の一番望むことを望んでみろって言うから」


 それを聞いたミーはそっぽを向いて、ほっぺを膨らました。

 さやは、興味深げな顔をして俺にこう尋ねる。


「で、どう思ったの?」


 じっと俺の目をのぞき込むさやの表情が、いったいどんな感情を秘めているのか俺にはわからなかったけど、俺は嘘偽りなく答えた。


「ヤバかった。あの……正直、すっげぇ可愛くて……目が離せなかったんだ」


 さやは、ニヤニヤしながら「ふーん」と言って、また用意に戻る。ミーは、それを最高に気に入らなさそうに睨んでいた。

 


 用意を終えたさやとともに、みんなで中原の家へ行く。

 中原も、一人暮らし。というか、俺たちは全員、一人暮らししていた。


 こいつの部屋がめちゃくちゃ綺麗に整理整頓されていたことに俺はイラっとする。

 というか、これが仕事のできる・できないにかかわるのではないかと、ここにきて俺は理解した。

 そう……仕事のできる奴は、やはり基本がなっている。気をつけるとかではなく、癖付いているのだ。

 

 だから? 


 俺はそう自分に言い聞かせる。

 だからなんだってんだ。俺が、自分の人生を、今、猛烈に堪能していることが、俺が間違っていなかった何よりの証拠! 中原だってうまくいっていないことがあるんだから!  



 最後に、俺の家へ。

 俺の住む五階のフロアへ着くと、俺がその姿を視認するより先に、元気のいい声が聞こえてきた。


「あっ、ネム来たーっ! おっそいよう、もうっ!」

「げっ……」


 フワッと風に揺れる、チェック柄の短いスカート。

 ずっと隣で一緒に歩くことを憧れ続けた、女子高生がまとう制服のブレザー。

 そこにいたのは、リオだった。 


「えっ! お前、家まで教えたんかっ」

「教えてない! 教えてない!」

「……じゃあ、なんで知ってるわけ?」


 これ以上低くならないと思えるほどに低くなったさやの声。


「なんで、知ってんだよっ!」


 さやから聞かれたことを、ビビりながらそのままリオに尋ねる俺。


「尾行とか、ちゃんと気をつけたほうがイイよーっw」


 怖いことをサラッと言ってのけるリオ。


「うわ。マジもんのストーカーやん……」

「それはそうと、みんなで揃って、どうしたの?」


 このセリフを聞いた途端、ミーとさやは、リオに聞こえないように、ゼウスを使って密かに俺へ通信してきた。



 絶っっっっ対に、言うな!

 


 ギラギラした女子二人の赤眼が俺の背中に突き刺さるのを肌で感じる。

 眉を少し上げて、ポケッとした顔をしながらも、リオの目は抜け目なく俺を観察していた。汗をボタボタさせながら、俺はリオと向かい合う。


 こんなふうに荷物を持って集合したところを見られて、なんて言い訳すりゃいいんだ?

 どうしよう……

 そうだ、とりあえず、


「職場のみんなで、旅行に行くんだ」

「どこに?」

「え──……っと。ちょっと、南国のほうに」

「へー」


 しばしの間。


「じゃあ、見送りに行こうかな」

「ああ! ……っと、あの、出発は夜なんだ」

「ええ? 南国って、いったいどこまで行くの?」

「……ハワイ」

「海外旅行かよ。そんなに一斉に休んで、仕事大丈夫なの」

「ハハハ」


 しばしの間。


「それにしても、集まるの早くない? じゃあ、それまであたしも──」

「家が遠い人だけ荷物を俺の家に置いて、いったん解散するんだよ! 俺が、この後、実家の法事があるせいで」

「実家、どこなの?」

「っと。実家っていうか、親戚! 親戚の法事! 千葉なんだ!」


 ミーが目を見開いて、殺意全開の視線で俺を射殺しようとしてくる。きっと、最悪死んでもいいと思っているに違いない。

 

「そうなんだ。そういや、ネムって喪服持ってるの?」


 俺って、そんなに社会人として劣等生に見えるのだろうか。

 しかし無駄だ。もうそのパターンは通用しない!

 俺は、堂々と言い放った。


「持ってるに決まってんじゃん!」

「さっすが社会人! あたし、自分じゃそういうの、いまいち分かんないやぁ。一人で買いに行ったの?」

「この前、ミーと二人で買いに行っ……」


 口を滑らした俺を、今度は、さやがキッ! と睨む。あっちこっちから撒き散らされる殺意に、だんだん思考が回らなくなってきた俺。

 

 リオは、ほがらかな笑顔を浮かべながらも一切笑っていない目をして、


「それで? 冗談はこのくらいにして、本当は、みんなで今から何をするの? 言っとくけどあたし、絶対に帰らないから」


 一ミリも俺の話を信じていないリオの顔。

 俺たちは、観念することにした。

 

      ◾️ ◾️ ◾️


 俺は玄関ドアの前でみんなを制止する。


「まず、部屋の中を片付けるから。ちょっと待ってて」


 さやとミーは顔を見合わせ……

 にこやかにうなずく。

 俺はその反応を信用し、安心してドアの鍵を開けた。が、


 バッ!


 と、俺の不意をついた二人の女子はドアを抑えて俺より先に部屋へ突入。俺が「あっ!」と手を伸ばした時には、もう手遅れだった。


「げっ……この前に来た時、もっとマシじゃなかった?? 酔っててわからなかったのかな……」

「うわ……。相変わらずきったな……信じられんわ」

「心なしか、空気までが汚染されてるような……目がシパシパしますね」

「わー、きったねーっw」


 全員揃ってこきおろす。

 

 大人女子二人は呆然と立ち尽くしていたが、ここが自分たちの生活の場となることを思い出したのか、ハッとした顔をして、やがて二人して生存空間の確保に向けて部屋を片付け始める。


「ゴミ箱に大量のティッシュあるけど、鼻水? 風邪引いてたの?」

「あっ、こんなところにエロ本あるやん……」

「ネム、ゼウスやってんのにPCあるじゃーん。どれどれ」

「触るなっっっ!!!」


 俺はゼエゼエ言いながら、とりあえず女子三人を正座させる。

 

「いいかっ! とりあえず、ここにあるものを触る場合は、いったん俺に言うんだ! 勝手に色々触るなよ!」


 三人ともが極限まで目を細めて同時に俺へ意見する。


「じゃあ自分で片付けりゃいいじゃん」

「だから言ってんだよ最初から、俺がやるって!」



 ようやく部屋掃除がひと段落し、六畳一間に五人という、詰めっ詰めの状態でお茶タイムに入る。

 

「なあ聞いて。さやと飲みに行く時、あたしを追っ払うためにこいつ嘘ついてんけどな。そん時、『埼玉の親戚の法事』って言うとってん」

「さっき、千葉って言ってなかった?」

「ネム、嘘つきだー」

「千葉にも親戚がいんだよ!」

「待って! そういや、わたしの時も、自分の家が遠いとかなんとか言ってたけど結局……」

「わーっ!!!」


 あんなに飲んだくれても記憶を失くしてらっしゃらない、さや様。


 これ以上の被害拡大を抑えるため、俺は話題を変えることに。強引に明日のことをみんなに尋ねて、目を細める二人の女子をやり過ごそうとする。


 いきなり四人も同時に仕事を休むわけにもいかないし、敵にしても、俺たちの職場へあからさまに襲撃をかけたりしたらニュースになっちゃうしで、きっとそんなことはしない気がしたので、話し合った結果、仕事はとりあえず行ってみようという結論に行き着いた。


「ねえネム、まゆは仕事、やっぱ来ない……よね」


 さやは声のトーンを落として呟く。それによって、ワイワイガヤガヤしていた場の空気は一瞬にして消え去った。

 俺たちは顔を見合わせる。


「来ないだろうな……きっと」

「うん……」


 これをきっかけとして話はいったん終了し、リオはお菓子を買いにコンビニに出かけた。

 中原とミーは、タバコを吸いにベランダへ出る。さやはタバコを吸わないので、臨時喫煙所はベランダに設定したのだ。

 ミーは俺を誘ったが、口数が少なくなったさやが気になって、俺はまだいい、と断った。ミーは後ろ髪を引かれるように俺たちをチラチラ見ていたが、やがて諦めて中原とベランダへ出て行った。


 みんなが部屋から出ていき、俺とさやは二人、部屋の中に残る。

 ベッドにもたれて三角座りしたさやは、ボーッと床を眺めていた。俺は、その隣で、さやと同じ方向を向いて座る。

 

 まゆのこと、助けたい。


 そう言って涙を流したさやは、あの時、いったいどんな顔をしていたのだろう。

 さやの、田中さんに対する気持ちがどこから出てくるのか、俺は知りたいと思った。


「あの」

「うん?」

「田中さんとは、どうやって、知り合ったの?」

「うん……ああ、そうだね……」


 言葉が止まる。さやは、真正面を見つめたまま固まっていた。


「もし、話したくなかったら、大丈夫だから」


 話してくれなければ仕方がない、と俺が諦めようとしたその時、さやは口を動かした。


「うちはね、親がダブル不倫しててね」


 隣にいる俺がギリギリ聞き取れる程度の小さな声。

 さやは天井を見ながら、何かを思い出すように話す。


「互いによくケンカしてた。わたしのことも……もしかするとウザかったのかな。全く親らしいことは何もしなかった」

「…………」

「まゆも一緒」

「え?」

「まゆのところもね。同じ境遇だったの」


 俺は、口を挟むことなく、ただ、彼女の話を聞いた。

 

「まゆは、常にクラスの端っこで、一人でいるような子だった。わたしはね、まゆみたいなタイプとは付き合いがなくて。どっちかというと、クラスの中心にいるような女子グループにいたの」

「うん」

「ある日、わたしがいたグループの子の彼氏が、わたしのこと好きになっちゃって。それで、そのグループのみんなは、その子の味方をしたの」

「うん」

「わたし、結構嫌がらせ……てか、いじめられたんだ。SNSでヤリマンだとか、NTRの常習だとか流されて。物も失くなるし、汚されるし、色々された」

「…………」

「そうなるとね、仲が良かったみんなも、わたしのことを避けるの。中心グループに目をつけられたわたしを、助けようなんて人はいなかった」

「うん……」

「そういうの、わたし、あんまり気にしないほうだって、自分で思ってたんだ。大丈夫、効いてない。こんな奴らの言うこと、効いてない、って」

「うん」

「家に帰った時にね。またお父さんとお母さんがケンカしてて。お父さんが一人で泣いてたから、わたし、慰めないと、って思って。そしたら、お父さん、わたしに抱きついて、わたししか味方いない、って言って、泣いてたんだけど」

「うん」

「……わたしのこと、かわいい、って。それで、……」


 さやは、自分の身体のいろんなところを、落ち着きなく触っていく。

 目線は揺らぎ、唇は震えていた。

 頭の温度が上がってくるのを必死で抑え、俺は、さやの背中に手をやり、落ち着かせようとした。


「さや。もう話さなくていいよ」

「ううん。大丈夫……」


 さや越しに見えるベランダの窓では、ミーがこちらを振り向き、部屋へ入ろうとするのが見えた。

 俺が目で合図すると、それに気付いた勘のいいミーは、気を利かせて、中原ともう一本たばこに火をつける。

 さやは、深呼吸した。


「ごめんね。なんでこんなことまで、話しちゃったんだろ」


 さやは、弱々しく、へへ、と笑う。

 俺は、冷たくなったさやの手を握った。

 しばらく、俺たちはそうした。


「お母さんに、相談するかどうか迷った。大丈夫、効いてない、効いてない、って思いながら。それで、結局お母さんに言ったんだけど」

「うん」

「あんたなんて産まなけりゃよかった、って言われて」


 さやは目を閉じる。


「踏切を上げて、線路に入ってた」

「…………」

「きっと、わたし、知らない間に、みんなに迷惑かけてたんだね。だから、こんな目に遭っちゃったんだ、って」

「そんなことない! それを言うなら、生きている人間、みんなが誰かに迷惑をかけて生きてるんだ! さやだけが、そんな」


 俺は声を荒げていた。

 黙って話を聞こうと思っていたが、これだけは無理だと思った。


 さやは、少しだけ口元を緩めて微笑む。

 それから、続きを話した。


「……その時にね、まゆが、抱き止めてくれたんだ。まゆ、いっぱい泣いてたな」

「…………」

「それから、まゆは、ことあるごとに、あたしに寄ってきた。あたしは最初『なんだこいつウザい』って思ってたんだけどね。まゆは、なんでか挫けずに、わたしと話してくれたの。そのうち、同じ境遇だってわかって」

「うん」

「学校イヤなら、一緒にサボってどっか行こう、って言ってくれたりして。しばらく学校行かずに、家にも帰らずに、まゆと過ごす、って毎日が続いて」


 俺はうなずく。

 

「あの子、いちごが好きでさ。あんまり一緒に学校サボろうとするから、それなら、いちご狩り行こうって。一緒に行ったりして」

「そうなんだ! 俺と一緒だな」

「ネムも、いちご好きなの?」

「そうなんだよ。似合わないんだけど。ブランド物のやつが食べたいから、結構買ってる」

「あはっ! まゆと一緒! あの子、いいやつが食べたい、って、こだわるの」


 ようやく咲いた笑顔は、すぐに影を落とす。


「まゆに、会いたいな……」

「会えるさ」

「会える?」

「ああ。俺も、田中さんの助けになりたいと思ってる」


 さやと目が合う。


「あの子、きっと泣いてた」

「…………」

「困ってたら相談して、って事務所で俺が言ったあの時。きっと、泣いてたんだ。俺は、それに気づいてた。でも、何もできなかった。あの時は、何もできなかったけど」


 天井を見上げる。


 意識の中にある豪華な子供部屋とは、似ても似つかない安物のマンションの天井。

 もし……今が睡眠中なら、俺の思いが命令の光となって、この天井にパシン! と音を立てて吸い込まれたに違いない。

 そして、「神の力」を持つ俺の思いはきっと……


「俺が……いや、俺たちで、助ける。必ず、田中さんのこと、連れ戻す」


 さやは俺に抱きついた。

 すぐにミーがベランダの掃き出し窓をガラッ! と開けて、慌てて戻ってくる。


「お前ーっ! やっぱこの……」


 と言いかけたミーは、様子を見て言葉を止める。


 さやの嗚咽おえつが聞こえた。

 俺の胸に顔をうずめて、俺の服をキュッと握りしめて、ありがと、と小さく言う。


 俺はさやの肩を抱き、中原とミーは、顔を見合わせる。

 さやは、静かに肩を震わせて、涙で俺の服を濡らした。

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