生きる価値
「……はあっっっ!?」
周囲の目も気にせず大声で叫ぶオトナ女子二人組は、突然声高に宣言された見知らぬ女子高生の狂言を聞いて、この一言を述べるしかなかったのであろう。
ミーとさやは、声を発するまでにそれ相応の時間を要した。
それもそうだろう、普通は理解がまず追いつかない。俺は、女子高生・リオのそばでただ棒立ちし、二人のオトナ女子の超攻撃的視線を浴びることとなった。
「ちょっ……ネム、どうなってんの!?」
「いやっ……わかんないよっ。だって、いきなりだったから……」
俺にしたところで説明などしようもなく。
ミーとさやは、互いに顔を見合わせる。
二人してこちらへ向き直った時には、二人ともが、何やら同じ色の表情をしていた。
俺が見るところ、ミーとさやは、一時的に休戦協定を結んで互いの利益のために結託したようだった。
「あのね。あなた、女子高生でしょ? 何言ってるか、わかってる?」
と、先陣を切ってさやが問い詰めると、
「へえぇーっ、キレイなお姉さんを二人も連れて! ネムってモテるんだね。あ、あのゴツいお兄さんもいたな。じゃあダブルデートか。どっちが彼女?」
さやを無視して、尊敬するような眼差しで俺をジロジロ見るリオ。その様子を見て、顔をしかめながら、リオの手強さを肌で感じ取ったような表情をする二人のオトナ女子。
中原は、遊園地の外で停車する救急車内へ収容された。救急車の外で待っていた俺たちへ、搬送先病院が決まったことを救急隊員が伝えてくる。
救急隊は散々迷っていたが、大量出血の跡があるということで、やはり中原は搬送されることに決まったのである。
「何名、同乗されますか? 三名までなら可能ですが……」
ミーとさやは、同時にニヤッとしながら声を揃えて即座に返答する。
「「はい! わたしたち、行きます!」」
俺、ミー、さや、で三人。つまり、これでリオは行けなくなるのだ。
「あーっ、ずるい! あたしも! あたしもっ!」
「あの、なら、お一人降りていただいて……」
「だからっ、この三人だって言ってんでしょさっきから!」
キレ気味に言うさやの気迫に押されて救急隊員は「はいっ」と言った。
「リオちゃん、しょうがないよ。身内が乗っていくのが普通なんだから。人数的に乗れないんだし」
これを機に俺が諦めるよう促すと、
「もうっ。わかったよ。連絡先は聞いたし、また今度、ネムんち行くねっ。まあ搬送先病院も聞いたし、そんなに遠くないから結局自分で行けるけど」
その一言で、二人の女子……いや、「仁王」二人は、一斉に俺のほうを向く。
開口一番、一言一句違わないセリフを同時に俺へブッ刺してきた。
何、連絡先、教えてんの……?
紅蓮に光る四つの瞳は、きっとあの波動ですら戦慄したのではないかと思えるほどの殺気をたたえていた。
◾️ ◾️ ◾️
病院に搬送されて医者に診てもらった結果、見た目どおり、やはり中原は無傷だった。
警察官も何人か病院へ来ていたが、大量の血痕を確認していた彼らもまた、怪訝そうな顔をして医者の話を聞いていた。
結果として中原は治療など必要とせず、検査が終わってすぐに解放された。診療費の支払い順を待つために、俺たちは、病院のメインエントランスにある広い待合にいた。
どうやら自分自身でも腑に落ちないらしく、険しい表情の中原がずっと黙っていたので、俺は少し心配になって話しかける。
「おい、どうしたんだよ。お前らしくねえな。怪我は無かったんだし、シャキッとしろって」
「……そうですね」
「ホント、なんか変だぞ。まあ、あんなおっさんの凶行に巻き込まれたんだから、ショックかもしれんが」
「…………」
黙る中原の扱いに俺が困っていると、ゼウスを通じて俺に電話がかかってきた。
「相手は『リオ』だよ」
ノアが言う通話相手の名前に、俺は背筋がゾクッとなる。
「ねえ、ネムぅ、いま、まだ病院?」
「あ、うん……そうだよ」
頭の中だけで会話していたにもかかわらず、不吉な気配を察知したのか、二人同時にすぐさま俺を凝視するミーとさや。
「もう病院の前にいるんだぁ! すぐ行くね!」
「えっ」
こうなると、もはやストーカーだ。いくらカワイイ女子高生といえど、いよいよ怖くなってくる。
リオの姿が見えた瞬間、「あのクソガキっ……」と口走ったさやの独り言が聞こえて、俺は鳥肌がたった。リオは俺たちの一つ前の列の長イスに座り、身体ごとクルッと後ろを向いてくる。
「……ねえ、なんであなた、そんなにネムに執着するわけ? 今日会ったばかりじゃない」
もう我慢できない、という感じで、さやが言う。
「いつ会ったとか、関係あるのかなあ。じゃあ、お姉さんたちは、なんでなの?」
「それは、……」
「あっ、お兄さん、無事だった? よかったね!」
さやの言葉に被せながら、リオは俺の横に座る中原へ声をかけた。さやが、俺の前でどんどん凶悪な笑顔になっていく。
「……どうも」
中原は、やはりあまり元気がない。
「ねえ。ひとつ聞いていい?」
「なんだい?」
「どうして、あの子供を助けたの?」
どういう意図の質問なのか、俺には理解できなかった。
子供があんな高所からまさに落ちようとする場面。どうしてもクソもない。
助けられる力があるなら、俺だって間違いなくそうしたと思う。
中原も、俺が思っていたのと同じ回答をした。
「あのままじゃ、あんな小さい子が死んじゃうところだったんだ」
「そうね。でも、死ぬということは、それがその子の力であって、生きるに値しなかった、ってことじゃない?」
俺たちは、言葉を失った。
さやも、ミーも、中原も。
リオの言わんとするところが、にわかに飲み込めない。
「変なこと、言ってるかな」
「ああ、変やわ。十分にな。あんな小さい子が、一人であの場面を切り抜ける力がないからって、死んでもええって言うんか? リオちゃんは、あの子が死んでも良かったって言うんか?」
ミーは、身体のあちこちを触りながら、ひとつセリフを吐くごとに、表情を固くしていく。
「リオでいいよ。もちろん、そんなことないよ。助かって、本当に良かったって思ってる」
「じゃあ、なんでそんなこと……」
「あたしの気持ちの問題じゃなくてさ。世の中って、そうじゃない? って言ってんの」
「……そっ、……そうじゃ、ないよ……」
「そうかな。大昔からそれが自然の摂理、『必然』だよ。キレイ事言ったって、どんな建前を言ったって、結局は弱い者が犠牲になってない?」
「…………」
俺は、言い返すこともなく黙ってリオを見ていた。
全員の顔を一通り見渡したリオは、肩をすくめて言った。
「……ごめんね! 別に、わざわざこんなことを言いに来られても、迷惑だよね! そのゴッツいお兄さんが、あんまりにもカッコ良かったから、どうしても聞いてみたかったの」
リオは、明るく柔らかい声とは裏腹に、これまでのところ一番に真剣な目をして、中原に尋ねた。
「俺は、カッコよくなんてない。だから、身体張るんだ」
「…………そうかあ。ありがと」
リオは笑顔を作って、笑いきれていない目で中原を見つめる。
彼女は、俺たちに向けて「ごめんね」とだけ言って、俺に絡むこともなく、帰って行った。




