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悪寒

 ミーは、俺の予想通り中原へも連絡し、直ちに呼び寄せた。

 連絡を受けた中原は、迷惑なことに、俺の家へ来たミーと同じくらいにすばやく馳せ参じた。


 さらに、ミーの提案で、待ち合わせ時間が来るまで三人で遊ぶことにされてしまい、せっかくのさやとの初飲み会に俺は喪服で行くハメになる。なぜなら、家を出た時に着ていた服はヨレヨレの部屋着だったからだ。


 とりあえず、二人も参加者が増えたことを、さやに説明しなければならない。


 いきなり電話をするのは何となく抵抗があったので、俺は、ゼウスのメール機能を使ってさやに連絡をする。

 その内容は、


「ミーと中原も一緒に行ってもいい?」


 だ。

 それに対して帰ってきた文面は、


「なんで?」


 だった。


 理由の説明を要求される。

 それってつまり、要約すると「意味わかんない」ってこと?


 まるで彼女にとって邪魔者の介入を意味しているかのようで、俺は少し浮かれた気分になる。

 だが、仮にそうだとすると怒っているのかもしれない。


 と、自分のポジティブすぎる考えにしばし反省する。予約している店なのだから、急に人数が増えるのはさやに迷惑をかけることでもあるわけで、俺の無神経さに、ちょっと怒っているのかも。

 俺は、少し慌ててしまって、不正確ながら次のように説明した。


「ごめん。迷惑かけちゃって……店に向かう途中で、奴らに捕まっちゃって」


 すると間髪入れずに返信が。


「でも、まだ四時半だよ。店に向かうって、早すぎない?」

 

 ……ん?


 なんか微妙にこじれてきた感が。


 微妙に嘘をついたことが後ろめたさとなり、手に汗がにじむ。しかし、もう今から話を修正することは困難なように思った。

 


 ──ごまかし通すしかない!



 メールで説明できそうにないので、俺はさやへ電話することにした。頭の中にいるノアに、さやへ電話をかけるよう慌てて指示する。と、


「だからさぁ、嘘ついてるから、ややこしくなるんじゃん。相変わらずバカだなぁ」

「うるせ! 早く、早く!」


 頭の後ろで手を組んで目を細めながら、俺を冷たい目で見るノア。

 ミーとずっと一緒にいたとか、さやに知られたくないんだよ!


 電話が繋がる。


「ううん。別にいいんだよ。でも、もうお店に向かってるの?」

「いや、あの、財布にお金が入ってなかったから、家を早めに出てATMで下ろそうと思って」

「……そんなの五分あればできると思うけど」

「えっと、その。俺、家が遠くてっ。だから、あの、今日遅れたくなかったし、それで、色々早めに」

「そうなんだ。家、どこなの?」

「あ──……ま、都内ではなくて」

「へー」


 低くなったさやの声。

 動揺する俺へ、そのままの声の調子で、さやが。


「ねえ。今日、新堂さんと、一緒にいたの?」


 ぎく。


「な訳ないよ! たまたま! こいつら、俺が店に向かう途中でバッタリと」

「ふーん……。まあいいよ! 大丈夫!」


 本当に気にしていないのか、実は怒っているのか、俺には全く判別不能。せっかく買った喪服は大量に吹き出た冷や汗で早くもビチャビチャだった。


「あれ、ネム、なにそんな汗かいてんの?」


 俺の苦労も知らずにアホみたいな顔で言うミー。全部お前のせいなんだよ!


「何でもねーよ。そんで? どこ行きたいんだよ」

「ビリヤードにしよう! 今日はコテンパンにしちゃる」


 腕まくりしながら挑発的な目線を俺に向けやがる。

 まあ、そうは言っても、コイツはコイツでなんか落ち着くな……意味不明に。

 

 ふっ、と自然に笑みがこぼれる。

 仕方がないから、大事な時間が来るまで、俺はこいつらに付き合ってやることにした。


      ◾️ ◾️ ◾️


 ビリヤードをしながら、頭の中でテレビのニュースとお気に入りのアニメを同時に流し、仮想空間に造られた子供部屋で寝っ転がるノアとルナから俺のキューさばきについて卑下ひげされながら、現実世界のミーと中原とも話をする。


 手ぶらなのに、「思うだけ」でこういう楽しみ方ができる。「神の力」なんて使わなくても、ゼウスを使った私生活は「自分の望み通りにできる」という全能感がすごいのだ。望み通りにならないことがつねの俺は、ゼウスを手に入れてからというもの、生活の充実度が数段階レベルアップしている。


 といってもこれは各個人の問題だ。テレビはテレビで見て、動画は動画で見る。ビリヤードはビリヤードでしっかり集中して楽しめば良い。と、こんな感じで人によっては今俺がやっていることなどどうでも良いことかもしれないが、俺にとってゼウスがもたらす何気ない恩恵は素晴らしい体験だった。ながらビリヤードをたしなみながら、俺は缶コーヒーをクイッと流しこむ。

 

 俺たちがいつもやっているのはナインボールで、九番のボールをポケットすれば勝ちという単純なルールだ。

 別に特別うまいという訳ではなかったが、ミーとの対戦では多少勝率が良い。中原はその俺よりも、多少勝率が良い……つまり俺たち三人は下手の横好きでありドングリの背比べだった。

 

 一戦目を勝利しコーヒーを飲む俺を、むうう……と納得がいかなさそうな目で見るミー。こういうとき、俺はあえて挑発するように目を細めて見返してやる。

 すると、さやほどではないけど人並み以上には形の良い目を見開いて、こいつはどんどんムキになっていくのだ。俺はそれが面白くて、いつもこうしている。


 ミーはストレスを溜めながら、次に中原と対戦を始めた。俺は椅子に座ってその様子を観戦しながら休憩に入る。

 

 同時に複数の映像が流れていても、俺は全てきちんと見ている。テレビでアニメを流し、PCで動画を流しながらご飯を食べつつスマホと漫画を見ていたのだから。



 その俺の意識の中で流されるテレビ番組で、物騒なニュースが報道されていた。



 どうやら、人の焼死体が発見されたらしい。

 俺は、まさに垂れ流されていく最中さなかのそのニュースに、少しだけ意識の重きを置いた。

 

 現場は大都会の真っ只中。とはいえ、線路の高架下、あまり人が通らない場所だったようだ。


 ただ、その状況には普通とは言えないところがあった。まあ焼死体が見つかるということ自体が普通とは言えないのだが。

 この場合の「普通ではない」というのは、合理的に考えて導き出された結論を一般常識に照らし合わせた結果、「こんなことありえない!」という状況だから使われた言葉なのである。



 つまり、何が「普通ではない」のかというと。



 一つ目には、被害者は生きたまま焼かれたらしいということ。


 二つ目には、焼けていたのは死体だけではなく、その死体がもたれかかっていたコンクリートの壁体──それは高さ三メートル、横幅五メートルにも及ぶ範囲──もが同じく焼かれていた、ということだ。遺体をどけると、その後ろにあるコンクリートに焼け跡はなかったらしい。


 それらが示す殺害方法はすなわち──


 犯人は、被害者を生きたまま巨大な火炎放射器のようなもので焼いた……ということ?


 その考えを口にしたコメンテーターは、ゆっくり頭を振って、まあちょっと考えすぎですね、と言った。


 そう。「普通なら」、そう思うだろう。


 だが、この世には、人智を超える力を持った超能力者たちが存在する。

 彼らの存在は一般には知られていない。俺はその世界にうっかり足を突っ込んでしまったから知っているだけだ。


 奴らの名はアーティファクト。


 俺は、身体を内側からじわじわと焼かれるような悪寒を覚えて、そのニュース番組を頭の中から消した。

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