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 ミーの病室を後にして、自分の病室でベッドに転がる。

 まだ体力が戻っていない感じだ。体力なんて使っていないはずだが、ヒュプノスによって相当疲労して──え。そういや俺、あれからどうなったんだろうか?


「センパイは、トラックの中で気を失っていたんですよ」


 中原の話によると、座席で横向きに転がって嘔吐したまま気絶する俺を、隣に駐車した客がたまたま見つけ、コンビニ定員に知らせたようだ。

 消防に通報され、救助隊が窓ガラスを割って救助し、救急隊が搬送してくれたらしい。警察も駆けつけ、現場は騒然となっていた、と。


 これらの情報は、中原が警察や医者から聴取したものだ。その際、「横向きで倒れたのが幸運だった」と医者が言っていたそうだ。確かに、仰向けにでも倒れて嘔吐で喉を詰まらせていたら、俺だけでなくミーも中原も、今ここにはいなかったかもしれない。


 病院搬送後も、俺の容体は思わしくなかったようだ。一時は血圧や心拍が下がり危険な状態に陥ったとのこと。


 死ななかったのは奇跡だったのかもしれない。やっぱヤバい薬だったのだ。たった二錠なのにこの始末なのだから。

 絶対に三錠目は飲んではならない。いや、もう二錠目すら今後は飲まない! と、未来に希望を持つ俺は固く誓った。これに関しては、中原も「絶対に飲んじゃダメっす」と言ってくれた。



 それにしても、だ。



 さやをなぶろうとしたユウキとかいうゲス野郎どもと違って、波動は「アーティファクト」と呼ばれる特殊能力者。


 その強さはまるで次元が違った。波動はあの場で死んだから、奴は自分の仲間に、俺と中原の正体を伝えることはできなかったはずだが、これからもあんな奴が襲ってくる可能性は十分に残されているのだ。


「ノア、ルナ!」


 いつもの通り、俺の意識の中にある子供部屋。心で叫んだ俺の前で、二人の子供が立っている。

 ポケットに手を突っ込んでダルそうにするノアと、頭の後ろで手を組んで退屈そうな様子のルナ。クソガキ二名は俺のアバターを見ながら、


「まあ、よくやったよ。あのレベルのアーティファクト相手に勝ったんだから。二人がかりとはいえな」

「だね。うんこにしてはよくやった」

「アホか! 説明しろっての、なんなんだよあいつらは!」

「落ち着けよ、騒ぐなドーテーが」

「このっ」


 すると現実世界にいる中原が横から、


「さっきからロボットみたいに止まって。どうしたんすか? しんどいですか?」


 俺はハッとした。


 そうか。俺は自分の意識の中で、意識の中にしかいないノア・ルナと意思疎通してるんだから、周りから見ると俺は電源切ってるロボットと同じ……ややこしいな。

 

 この前もチラッと聞いたが、どうやらミーや中原の頭の中には、ノアとルナのような奴らはいないらしい。

 これからも襲ってくるかもしれない波動みたいな奴らに対抗するために、中原と力を合わせる必要がある気がした俺は、ノアとルナへ尋ねる。


「中原にも喋っていいか? 俺の力のこととか、お前らのこととか」

「『お前』って言うなって何度言ったらわかんだこのボケ! もう既にたっちゃんもアーティファクトなんだから、いいに決まってんだろ。アホか」


 相変わらずの物言いに胸も頭もムカムカしてきた。


 まあガキだから仕方がない。こいつらを人間の子供として扱うと決めたこととは関係なく、俺はすっかりこいつらがAIであることを忘れてしまっていた。


「へいへい。じゃあ、喋るわ」

「待て! ネム」


 大人の俺に、まるで犬に向けて言うように「待て」を命ずる八歳児・ノア。

 ノアは、「俺の意識の中へ中原の意識を招待する」というややこしいミーティング形式を提案する……というか命令する。


「ここに、たっちゃんを招待する」

「へ? ここって?」

「相変わらず理解が遅いな。ここだよ。まさに今僕らがいる、ここ。ネム、お前の意識の中にたっちゃんを招待するって言ってんの。一回でわからんかぁ?」

「わかりやすいように説明できねえほうがアホなんだこのアホ!」

「アホって言う奴がアホなんだよこのドアホ!」


 クソしょうもないやり取りのせいで、現実世界ではしばらくの間ボケッとしているはずの俺を、きっと中原は意味もわからず見つめ回していたことだろう。



 しばらく子供と暴言を応酬した後。



 俺やノアやルナがいるここ、俺の意識の中の高貴な子供部屋に、中原のアバターが現れた。

 螺旋を描く光を振り撒いて華麗に現れたのは美しい女性でも何でもなく、ムサい筋肉質な男。

 その姿は、現実世界のこいつをかなり忠実に再現していた。俺がさっき揶揄やゆしたばかりのロン毛までもを忠実に。

 

「……おう。いらっしゃい」


 中原が「へえ〜」とか「ふ〜ん」とか言いながら子供部屋を物珍しそうに見渡すので、俺からも奴の意識内の様子を聞いたりしているうちに盛り上がってしまい、大の男二人は業を煮やした子供二人にたしなめられた。


「初めまして、中原達也です。出来の悪い先輩が、いつもお世話になってます」


 ぺこりと頭を下げる中原。

 ノアとルナは顔を見合わせ、眉を上げる。


「おう! いいってことよ。ネムと違って、ちゃんとした奴だな、たっちゃんは」

 

 偉そうに言うノア。子供のくせに大人にこんな言葉遣いする奴に言われたく……おっと、こいつはAI、AI。


 それから、俺は、自分の能力について説明した。

 中原は、突然に目覚めた自分の能力のこともろくに知らなかったから、ノアとルナは、脳の未開部分が目覚めたことによって発現したアビリティであること、そのアビリティは、俺の願いによって発現したことを伝える。


「えっ! センパイのせいで、俺、オオカミ男に!?」

「あのな。オオカミ男にならなけりゃ、絶対に死んでたぜ? お前も、ミーも」

「そうですね。仕方ないっすね。でも、大丈夫かな。健康診断とか、引っかかりませんかね?」

「そんで、狼だってバレて、研究所かどっかに連れて行かれて……」

「満月見せられて、変身させられて。ワオーンって」


 ニヤニヤしながらフザける俺たちを、ノアとルナは細目で見つめていた。


「コホン。それにしても、あんな奴がいるなんて、マジで死ぬかと思いましたね」

「ホントにな。でもよ、お前、オオカミ男のとき、マジで鬼ツヨだったぜ? 大概の奴ならチョチョっとやっつけちまうんじゃないか?」

「いやいや、センパイこそ、念じただけで心臓止めれるんですか? 完全犯罪できちゃうじゃないですか。いよいよ無敵っすね」

「いやあ、お前こそ」

「センパイこそ」


 ヘラヘラしながら褒め合う俺たちを、子供たちは冷徹な瞳で突き刺す。


「なに楽観論を展開してんの? 当然、この力にも弱点はあるんだから」


 ルナは、人差し指をピン! と立てた。


「まず一つ目! それは、ネムネムがバカなこと」

「はあっ? なんだそりゃ! あのな、お前、俺を目上の人間として……」

「はいはい。てか、そういうことじゃなくてね。この力はね、ネムネムが何も考えなくてもオートで対応してくれるものじゃない。戦っていて、わかったでしょ? ネムネムがゼウスに『命令する』必要があるんだ」


 適当にあしらって持論を進めるルナの話に、俺はハッとする。


 そう。戦いの最中、幾度となく後悔した。俺がもっとデキる奴なら、ミーと中原をあんな目に遭わせることはなかったんじゃないかと。


 すなわち、いくら「神の力」とはいえ、俺が想定できないことには対応できないということだ。いったいこの能力にどこまでの応用力があり、どこまでのことができるのかについて皆目見当もつかない俺には、まさに宝の持ち腐れというのが相応しいのかも知れない。


「だからって、バカバカ言いやがって……」

「まあ、確かにね。接続されていない電気回路を操る『エレクトロ・マスター』のほうが著しく負荷が高いなら、波動とゼウスとの接続を遮断しなけりゃよかったっすね」

「あっ!」


 俺はつい叫んでしまった。

 うん。確かに。

 が、ノアとルナは俺をフォローする。


「まあ、あれはあれで良かったんだ。仮にあのタイミングで切断していなけりゃ、奴の仲間が応援に来たのは間違いないからね」

「あ……そっか。さすがセンパイっすね! そこまで考えて?」

「おっ……おう、そうよ。当然だろ」


 人をバカにしたような目つきで俺を見上げるノアとルナは、そのまま続きを話す。


「弱点の二つ目。ネムネムの力は『眠っている間』しか発揮できないってこと。つまり、起きている間のネムネムは、何の変哲もないただのバカ……もとい、ただの人間ってことだね」


 これはもう、言われるまでもなく明らかな弱点である。

 

 なんでこんな能力になったの? 

 能力を使おうとすれば、必ずヒュプノスを飲む必要に迫られるのだ。


 ギリシャ神話に登場する、「眠りの神」の名をかんした睡眠薬。

 一錠を超えて服用すれば死に至るかもしれない魔薬。

 俺はこの前、二錠飲んだ。

 死なないことは証明できたが、危うく死ぬところだったのだ。


「寝るのが好きなんじゃないの、ネムネムは」

「好きとかじゃねえよ。常に俺は寝不足なだけ」

「だからだね。寝たい気持ちが反映してるんだよ能力に」

「ええ〜〜っ……じゃあよ、なんで中原は『オオカミ男』なんだよ?」

「さあ。それは、たっちゃんが胸に手を当てて考えればわかることじゃない?」


 三人から一斉に見つめられた中原は、胸に手を当てながら、後ずさりした。


 そのとき、ゼウスを使って中原に電話がかかってくる。

 中原は、かかってきた電話を「グループ通話」にした。直後、俺の意識の中に、元気一杯のミーの声が響き渡る。


「こらあ、みんな一体どこへ行っとんねん! たっちゃん、タバコ吸うで! はよ来い、ネムもや!」

「はいっ! 喜んでっ!」


 叫び散らすミーの声に、尻尾を振って飛んでいく中原。

 


 そんなことより、「なんで中原がロン毛になったのか」が俺は一番気になっている。

 ミーは「こいつ、イメチェンでカツラかぶっとんねん!」と笑っていたが、ゼウス通信でこっそり中原にだけ尋ねたところ、もちろんそうではなかった。


 変身した時に体毛がフッサフサになるが、その時の毛は変身を解いた時にバサっと一気に抜け落ちるらしい。

 だが、頭の毛だけは残ってしまうようだ。切りに行く時間もないし、変身するたびにこうなるなら切らないほうがいいし、とこいつはゴニョゴニョ言っていたが、たぶん生まれて初めてのロン毛に少し色気付いているのだと思う。

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