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たとえ神でも

 俺は、うつ伏せに倒れた波動を、油断せず、用心しながら睨んでいた。


 倒せたかどうかはわからない。

 でも、ベストな攻撃がまともに入った。

 人間の腕力を遥かに超えるウェアウルフの剛力をもってブン殴ったのだ。即死してもおかしくはない。立ち上がることなんて、できないはずなんだ。


 それに、俺だって、もう意識が。


 さっきから強烈な吐き気がする。恐らくヒュプノス二錠目の副作用がきた。もう時間がない……


 起きあがらないでくれ。立ち上がらないでくれ。こっちだって、もう、だめなんだ。



 まさか──。



 というより、やはり、が正しかっただろうか。

 奴は動いた。身体を横へ向け、腕を立て、懸命に上半身を起こそうとする。


 その様はもはや人間とは思えない。

 まるで悪魔だ。念動力を使えること以外にも、身体強度が普通の人間を超えているのではないだろうかという疑念を抱いてしまうほどに。


 仮想空間の子供部屋にいる俺のアバターは、体力などとは関係なく、まるで生命を消耗したかのように、その場でひざまずいていた。

 意識がもうろうとする俺の耳に、波動へ話しかける中原の声が聞こえてくる。

 

「は……ほんと、お前のがよっぽど人間離れしてるよ」

「……おめいただいて、どうも……」

「褒めてねえって」


 瓦礫の海と化した地下鉄のホームで、座り込んだ人間を上から見下ろすウェアウルフ。

 防犯カメラの映像はうまく見れなかったが、もしこのシーンに立ち会うことができたなら、なかなかシュールなだっただろう。

 

「なあ。もう降参しろよ、勝負は見えただろ」


 中原はこう言ったが、俺はそう簡単に奴が降参などするはずがないと思った。

 奴は絶対に諦めない。ゾンビのように立ち上がり、何度俺たちを殺そうとした? 気を抜いたら殺される。一瞬の油断で大事なものが消え──


「ああ。……もう、無理だ。降参だよ」


 波動は、俺の予想を裏切り、あっさりと白旗をあげた。


 騙されるな! 

 嘘をついて近付かせ、中原に触れて爆破させるつもりだ!


 俺が心を惑わされていると、奴は上半身をひねってゴロゴロと寝転びながら、瓦礫だらけのホームを転がった。ホームのギリギリの位置で座り込み、俺を、中原を見つめる。


 コアアア、という音が静かに構内へ響いた。線路の奥から、だんだん大きくなる音。


 電車だ。走行車両が近付いているのだろう。

 吐き気と動悸で思考が回らない。俺は、意識を保つのももうギリギリだった。


「捕まるわけにはいかない。お前にも、サツにも」

「やめろ!」

「来るな! 来れば、お前を爆破する」


 奴がたくらむ裏の考えを読めていないだけかもしれない。

 でも、なぜだろうか。奴の声を聞いた俺も、信じられる気がした。

 だからこそ、

 


 無駄だ────。



 奴に聞こえない声で俺はそう言い、フラフラする意識にムチを打ち……


 ゼウス。現時点において、ほぼ全てと言い切って過言ではないほどに多くのシステムと連携した、絶対神にもたとえられるシステムと接続する全能感を確かに感じながら、俺は命ずる。



 ……止まれ!



 キイイイイ!!! 


 

 金属がこすれる大音量。

 ブレーキをかけられたことに気付いた波動はハッとし、目を見開いて、線路に向かって慌てて身を投げた。


 急速に近付く二つのヘッドライトの光が、中原の瞳を通した俺にも届く。

 迫る電車を凝視しながら波動は目を見開いていたが──

 

 ……止まる。奴の、五〇センチ手前で。


 俺にはわかっていた。中原の視覚映像に映る電車がどの位置で停止するかについて、正確に計算しその結果を教えるよう俺はゼウスに命じていたから。



 キイィィィ────…………と。



 演算結果の通り、目の前、わずか五〇センチの位置で停止した電車を呆然と眺めたあと、波動は中原へ、もう完敗だと言わんばかりの眼差しを向けた。


「ほんとよ……なんなんだ、お前は」


 中原と波動はしばらく目線を交わす。


「もう一度聞く。本当に、お前の力か?」


 中原は、フッ、と鼻で笑うようにした。


「さあ。神に嫌われたんじゃないの。いや、逆に好かれたのか」


 軌道敷内から中原を見上げる波動は、力の抜けた表情をして、右手で前髪をかき上げる。


 と、奴の動作をただボケッと眺めていた俺は、その認識が全くの見当違いであったことに気付く。波動は髪をかき上げたのではなく、右手を額にピタッとつけたまま、俺たちを見つめていたのだ。


「ったく、とんでもないよオマエ。面白いことになるかもな」


 波動は、俺たちが初めて見る屈託くったくのない顔で笑う。それはきっと、かすむ俺の意識が見せた幻覚……ではなかったはずだ。

 

 意識が絶たれたのがせめてもの救いだったか。

 俺は、奴の頭部が砕け散るのを、見ることはなかった。

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