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同じ問い

 中原は、素早く動いてミーを抱き抱える。


 このフロアから脱出するかどうかについて中原は俺に相談してきたが、このビルの入口にはすでにSATが配置されていた。俺の能力を使って通信を傍受する限り、どうやら今にも突入するレベルのタイミングだ。


 ここから出るには、獣人化を解除しなければ警察部隊に撃たれてしまう。

 だが、今、解除しても大丈夫だろうか?


 中原の視界に映る波動を、俺は、もう起きあがらないでくれ、と祈る思いで見た。


 奴が倒れた直後に、突然目覚めたあの異次元の力……「エレクトロ・マスター」は、なぜか解除されてしまったのだ。

 

 それに……

 

 はあ、はあ、と荒くなる呼吸。薄れそうになる意識。


 これが、神の力とやらの代償なのだろうか。

 だが、こんなものは大したことじゃない。ミーと中原を護れたのだ。これ以上、望めないくらいの成果。


 奴の心臓を動かす電気信号は、確実に停止させた。「エレクトロ・マスター」の効果が切れた今、奴の心拍を感知することはできないが……

 おそらく奴は死んだだろう。つまり俺は、人殺し……。


 だが、と俺は自らに言い聞かせる。


 後悔などしていない。ああしなければ二人は確実に死んでいたのだから。

 そうだ、俺は、間違ってない! 


 必死に言い訳を考える俺の前で、信じられないことが起こる。



 波動が動いたのだ。


 

 懸命に上半身を捻り起こし、俺を……いや、中原を睨む。

 奴は静かに口をひらいた。


「……誰だてめえ」

「はあ? クソオオカミにやられて悔しいか? 所詮、お前はその程度なんだよ」

「てめえの力だってのか? さっきのが」

「意味わかんねえよ。続きは牢屋でやれ」


 中原。ここは退け! もう、ミーが限界だ!


 俺は、ゼウスを使って指示をする。中原は小さくうなずき、後ずさりした。


「けっ。けえっへっへっへっ!」


 気味の悪い高笑いが耳につく。 

 どうやらまだやる気のようだ。こんな綱渡りバトルがまだ続くのかと思うとうんざりする。俺は、神経がイヤな感じでピリピリとしびれた。


「オマエ、まさか、逃げられるとでも思ってんの?」

「はあ? どういう意味だよ」

「俺たちはさ。能力を持った奴を探してんの。わかってんでしょ? 当てずっぽうで暴れてるわけねえじゃん」

「…………!」

「そうさ。ここで俺を逃せば、オマエらは、即座に俺たちのターゲットになる。オマエも、その女も……ここで俺を殺すしか、生き残る道はねえんだよ」


 波動は、瓦礫の隙間に手を入れ、床へと手を伸ばす。



 ガアン、という衝撃音。



 同時に、奴から一直線に床を亀裂がってくる。


 中原は、横方向へ動いて亀裂を避けた。

 出口方向に亀裂が回る。波動は中原をにらんで牽制けんせいしながら歩き、またもや出口前に立ちふさがった。


「さあ……第二ラウンド、スタートだぁ」


 顔が上下に分かれるほどに、両の広角を広げる波動。

 必ずここで倒すという気迫──いや強烈な殺意が、ただの一般人である俺にも明確に伝わってくる。


 上等だよ。今度こそ、きっちりヤってやる……


 ……?


 意識が遠のく。

 何だ……? 


 ────…………



      ◾️ ◾️ ◾️


「……い。おい! 君!」


 遠くから、俺を呼ぶ声。

 うるさいな。今、大事なとこなんだって……。


「開けなさい! ったく、こんなところで寝て! 危ないことなんだよ、道路脇に駐車するってのは。追突死亡事故が、頻繁に起こってるんだからね!」


 え……。何?


 助手席側の窓を見ると、警察官がトラックの外から俺に話しかけていた。

 ここは……道路の路側帯だ。


 どうやら今は夜。道路脇に設置された照明灯の灯りが、トラックのフロントガラスを通して真上から車内へ差し込んでいた。俺のトラックのすぐ右側を、本線車道を走る車両がブンブンと通り過ぎていく。


「ほら、開けて!」


 まずいと思った俺は、警察官の指示に従って、パワーウインドウを操作して直ちに窓を下げる。


「すっ、すみませんっ! すぐに。すぐに移動させますっ」

「あっ、こら……」


 言うなり俺は、警察官が喋る言葉半ばでトラックを発進させた。


 俺は、また混乱していた。運転しながら、混濁こんだくした意識を探ってなんとか思い出そうとする。


 ……どういうことだ?


 俺、寝てたんだっけ?

 違う……いや違わないが、単に寝てただけじゃない。


 さっきまで俺は、「波動」とかいう化け物と対峙していたはず。あくまで俺の能力を使って、中原たちの感覚を通じて、だが。


 ……そう、能力を発動するには眠らなければならないから……俺は、睡眠薬を使って……。

 力を使い果たして、睡眠が解除されちまったんだ!


 寝起きの頭でフラフラする思考を缶コーヒーで無理やり覚まし、ようやくここで俺は事態を正しく把握する。


 ってことは、中原たちは、今現在、まだ波動と戦っているはず。

 俺だけが、戦線離脱してしまった!


 トラックを走らせ、道路脇に並ぶ様々な店舗を焦りながら次々に見渡す。

 コンビニを見つけた俺は、慌ててハンドルを切ったので危うく歩行者を轢き殺すところだった。

 さっきの警察のこともあるし、文句をつけられて万が一にも起こされたりしないように、細心の注意を払ってキレイに駐車スペースへ止める。

 

 それで。

 どうする? どうする?


 中原とミーを放っておくわけにはいかない。

 そうだ。もう一度、寝るしかない。

 俺は、睡眠薬を手に取った。


 が……


 大事なことを、思い出す。


 ヒュプノス。一日一錠と定められている薬。

 それを超えて服用すれば、命の保障はない。そう明確に警告された薬。


 波動は死んでいない。早くしないと、二人が危ない。

 しかし、飲めば俺が死ぬかもしれない。


 やっぱり、俺が行かなけりゃならないか……?



 …………



 でも、最初から、俺のせいで足を引っ張っていた。


 それに、今の中原なら一人で何とかできるかも。

 ウェアウルフだぞ? 


 超人だ。そもそも、俺なんて元から何もしてないし……

 


 ……なんてな。

 何を言ったとしても……


 そうだ。



 死にたくない……。



 考えたこともなかったんだ。

 死が、すぐそこにあるものだなんて。


 まだ二四歳なんだ。

 人生はもっと続いて。


 面白いことなんて、これからも、ないかもしれないけど。でも、死ぬのはまだずっと先。


 ……だったはずなのに。


 今、突然、その時が来たって……?


 そうだ。愛原さん。……さや。

 そう。彼女を正面切ってそう呼べる日が、もう、すぐそこまで来ている。


 俺だって、一応はミーと中原を助けることができた。最後のほうなんて、波動はもう、ヨロヨロだったじゃないか。

 大丈夫だ。中原なら、大丈夫。あとはあいつに任せて────


 そう決意しかけた俺の意識の中。

 ルナが、じっと俺を見つめる。

 俺は、その目を見ていられずに、目をそらした。


「……なんだよ」

「ううん。なんにも」


 ルナも、ノアも、何も言わなかった。

 たまらず、俺はせきを切ったように言葉を垂れ流す。


「行けって言うんだろ?」

「言わないよ」

 

 知らず知らずのうちに、ギュッと手を握りしめていた。


「行けって、言えよ」

「言ってほしいの?」

「それが正しいんだろ? そんな目で見てる! だけどな、俺だって──」

「大丈夫だよ。行かなくても」


 叫ぶ俺を包み込むような、いつものルナらしからぬ優しさを帯びた言葉。

 波動は、どちらかが死ぬまで戦うしかない、と言った。奴はきっと、際限のない殺意でミーと中原の命を追い詰める。


「怖いんだ。死ぬのが」

「うん」

「どうしたら、いいってんだよ……」


 ルナは、寄り添うような声で、俺を責めるような気配もなく、言った。


「人は、決断をする時、絶対に外しちゃならないことが一つある」

「……なんだよ」

「後悔しない?」


 二人の子供が持つ合計四つの赤眼は、澄んだ輝きをもって真っ直ぐに俺へと向けられる。

 表情には、勇気のない情けない者を軽蔑する色も、友を見捨てる裏切り者を責める色も無い。


 中原の言葉が、頭によぎる。

 

 かっこよくなんてないから……

 だから、体張るんだ、って。


 ここであいつらを見捨てるような奴に、さやがれるかよ?


 中原だって、好きな女のために命を張った。その気持ちが、あいつの獣人化を開花させた。

 助かるための可能性。せっかく引き寄せた流れなんだ。

 

 ……また同じ問いか。


 今度のは、一度目のとは重みが違う。次は、自分の命まで天秤にかけなければならない。


 それでも。


 そう……

 ここで、もう二度と会えなくなったとして。



 後悔しないか?



 俺は外を眺めて、深く息を吸い……そして吐いた。

 こんな殺風景な、そして見慣れた夜の道路でも、見納めかもしれないと思うと感慨が湧く。


 俺はヒュプノスを一錠取り出し、ペットボトルの水を使って、喉の奥に流し込んだ。


      ◾️ ◾️ ◾️


「パイ。センパイ!」

「……お。おはよ、中原」

「はあっ? 何ボケてんすか! 今の状況、わかってますっ?」


 ガイン、ガインと固いものが衝突するような音。


 それが、中原の視界の後ろ側で鳴り続けている。岩石がひたすら前方から飛んできているところからして、回避した中原の後ろの壁に激突しているのだろう。それにしてもよく避けている。


「あっぶなっ」

「すばしっけえなあ、犬っころが! 人間様の首輪を振り払おうなんて、身の程がわかってないねえっ」


 床の岩石をすくうように手で触れ、散弾銃のように飛ばしてくる。

 そして接近戦はやばい。触れられたらおしまいだ。


 いや、待てよ!


 ……来た。


 警察。SATと呼ばれる特殊部隊! 奴らが、突入を開始した!


 今……この店舗の出口側にある階段を上がってきている。何人いるかわからないくらいだ。ここから逃げようとすれば絶対に鉢合わせる。いくら波動でも、これを突破するのは厳しいんじゃないか?


 しかし、どうしよう。


 獣人化を解除しなければ、どう考えても、まっっっさきに、中原が撃たれてしまう。

 かといって、あんな強敵を前に、獣人化を解除するわけにもいかんしなぁ……。

 

 そもそも、警察への通報内容はどうなってる? ノア、ルナ!


「『お店で銀髪の男が爆弾を使った』との店員からの通報だね」


 ふむ。なら、むしろ今、SATは波動の特徴をふまえてここに来ているわけだから、ファーストコンタクトの瞬間に、中原の姿が目に入りさえしなければ大丈夫だ。


 よし……


「おい! 中原!」


 俺は、この建物の防犯カメラ映像を見逃さないように注視する。

 中原は、俺と通信しながらSAT突入のタイミングをリアルタイムで逐一ちくいち共有し、岩石の散弾を避けつつ、その時を待った。


 波動は気付いていない。いや、気付く術がない。ゼウスとの通信も断っているから、仲間がいたとしても情報を得ることはできないはず。


 大丈夫だ。もうすぐ。もうすぐ……。


 俺の期待を嘲笑あざわらうかのように、波動はピタッと動きを止める。

 中原の背後にある店舗の出口を指差し、ミーを抱える中原へ言った。


「なんでそこから逃げないの?」


 波動は、口元をゆがませ不気味に微笑んだ。

 そして手を床に触れる。


 この動き。

 もう何度も見た。床を破壊するのだろう。破壊力は凄まじいが、俺たちだってもう慣れたぜ!


 予想の通り、床が爆音をあげて破裂し破片が周囲に飛散する。

 同じく予想の通り、周囲一帯が粉塵に巻かれ……えっ!

 

 あ……!

 

 破壊された床の範囲は、これまでの規模を大きく上回った。

 フロアごとブチ抜くかのような威力。穴は、中原たちを吸い込み下階へと叩き落とす。


「ぐっ……!」

「中原! 大丈夫か!」

「ええ……この程度では。ミーさんにも影響はないと思いますが……あっ」


 思考を進める間もなく、再度、身体を震わせるような爆裂音。


「う……おっ」


 驚く中原の声。またもや床が抜かれる。

 


 まさか! こいつ……

  

 

 砂煙でほとんど無視界の中、ガアアン、という破壊音だけが響き続ける。

 粉塵で自らの姿を隠したまま、何度も、何度も、奴はフロアに大穴を開けていく。

 ひとつひとつ、中原たちは、下の階へと強制的に落とされる。

 間違いなく、SATはついて来れなくなっただろう。


 だが、もうそろそろ一階のはず。ここからどうしようってんだ?



「があああああああっ!」



 波動の叫び声がこだまする。


 ゴアアア、という強烈な轟音ごうおんとともに、中原たちは今までで一番の崩落ほうらくに見舞われた。


 周囲は、粉塵によって相変わらずの視界不良。俺は中原に現状報告を促す。

 ミーをしっかりと防御し、大丈夫だと答える中原。押し寄せる瓦礫をパワーで耐えたようだ。人間なら当然、死んでいただろう。


「道が。センパイ、道が見えます!」


 突然叫んだ中原の声。俺はゼウスで中原たちの現在地を確認し、驚愕きょうがくした。

 


 地下鉄……?



 薄れる砂霧さぎりの切れ目から、駅のコンコースと思われる景色が目に入る。


 粉塵の中から現れる一人の影が、迷うことなく俺たちへ近付く。奴は、第二ラウンドを宣言した時よりも、格段に嬉しそうな顔をして言った。


 「さあ……第三ラウンド、始めようかぁ」

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