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思いの力

 俺以外に、特殊な能力を目覚めさせた人間。

 アーティファクト。それが、特殊能力を発現させた人間の名称なのだ。


 しばし呆然としてしまった俺は、ミーと中原が今どうなっているのかを知りたいと願っていた。

 俺の「思い」はゼウスへの命令となったのだろう。その「思い」を受けたゼウスは自らの化身たるノアとルナを通じて回答してくる。

 

「中原達也の、現在の視覚映像だ」


 ノアは、顔の表情筋をひとつたりとも動かさず、俺へ映像を転送した。


 一瞬にして俺の頭の中に現れた架空の映画館。そこに設置された巨大スクリーンに中原の視覚映像が映し出される。見る限り、ミーと中原は、同じ居酒屋の店舗内にとどまっているようだった。

 しかしその様相は、さっき見た店内映像とはまるで異なるもの。瓦礫で溢れ、粉塵があたりを覆い尽くしていたのだ。


 敵の位置は?


 俺は、ビルの防犯カメラ映像をノアとルナへ要求する。

 すると、中原の視界映像とは別に、俺の頭の中には、大量の映像が直ちに表示された。


 ゼウスはその中から、波動が映っている映像を瞬時に特定した。複数表示された映像の中から、一つの映像だけがピックアップされ拡大される。

 それによると、波動がいる場所は六階にあるエレベーターホールだった。

 

 俺は、そのまま立ち去れ、と祈り続けた。

 が、俺の思いとは裏腹に、波動はピタリと足を止める。

 防犯カメラを向いた波動の瞳が、紅蓮に光を放つのが見える。


 奴の目的が何かはわからないが、なんとなく、このまま立ち去る印象がないと思った。

 なぜなら、逃げるつもりなら犯行後にもっと素早く行動していたはずだからだ。


 どうする? まずは何をする?

 このまま、見守っていていいのだろうか。 

 一つミスれば、ミーと中原の命に関わる。絶対に、ミスるわけにはいかないんだ。


 手は痺れ、震えが指先まで伝わる俺へ、ノアが静かに言う。


「ネム。深呼吸しろ」

「は、はあ? こんな時に、何言って……」

「心拍数が異常だ。呼吸数も」


 気が付けば、身体の自由が奪われて息さえも満足にできていなかった。


 これはアバターのはずなのだ。

 なのに、こんなふうに精神が体調に影響を及ぼす。

 それとも、眠っている俺の本体の呼吸が、乱れているのだろうか?


 目を閉じて、深呼吸しようとしたが──


 目を閉じても、俺の意識の中に表示された中原の視界映像と防犯カメラ映像は、鮮明に俺の脳に刻まれ続ける。

 こんなものが見え続けていたらいつまで経っても落ち着けない。俺は、全ての映像をいったんシャットしろ、とノアとルナへ命じた。


 頭の中にあった映画館と子供部屋は音もなく消滅し、俺の視界は自分の目で得た映像──すなわち、まぶたを閉じた「無視界」だけとなった。


 何度か深呼吸を繰り返す。

 自分の吐く息の音だけが聞こえ、呼吸は徐々に遅くなっていく。



 呼吸が整った頃、手の震えは消えていた。



 子供部屋を元に戻すよう命令する。

 高貴な一室は瞬時に俺の意識内へと復元された。旋回する光の筋に覆われながら、足元から順に再生されたノアとルナへ視線をやる。二人は、やはりシンクロしているかのように、同時に片側の口角を上げた。

 


 落ち着いて考えろ。


 

 俺はバカなんだ。これまでの人生で、もうイヤというほど自覚させられてきた。

 慌ててもロクなことなんてないに決まってる。そのせいで、部材の発注だって何度ミスってきたか。


 確かに、命がかかってる。

 でも、部材の発注と同じさ。


 状況をよく確認し、今の自分がすべきことを判断する。ただ、それだけだ。


 次に俺は、中原の視界映像と防犯カメラ映像の両方を表示するようゼウスへ命じた。

 消えた時と同じように、仮想映画館は俺の意識内へ音もなくスッと現れる。

 一瞬にして、俺の意識は数え切れないほどの映像で埋め尽くされた。


「波動」という名の若い男は、目が赤く光ってた。つまり、ゼウスと接続しているのだ。

 今、俺がこいつを攻撃したらどうなるか?

 目に見えない敵から、突然得体の知れない攻撃を受ければ、用心して、逃げるかもしれない。


 俺は神。なら……できるはずだ。

 


 ノア。ルナよ! 波動とゼウスとの接続を、禁止しろ!



 ヒュウウン、と音がして。



 敵は、「神」と例えられた全知全能のシステムとの繋がりを強制的に断たれた。ゼウスを操る俺にとっては、奴のログイン状況を把握することなど、たわいもないことだった。


 警察は来ているだろうか、と俺が情報を望んだ瞬間、ルナが俺へと話しかける。

 それによると、どうやら「SAT」とかいう警察の特殊急襲部隊がこのビルへ出場しているらしい。


 少しだけホッとする。テレビやドラマでもよく見る特殊部隊だ。きっと、頼りになるに違いない。


 次に俺は、ゼウスを使って中原へ通信する。


「おい! 返事しろってんだドアホっ!」

「……そんなにでっかい声、出さないでくださいよ、うるさいなあ。生きてますよ、まだ」


 中原もまた、ゼウスを使って返答してきた。落ち着いた中原の声を聞いて、俺は大きく息を吐く。


「……よし。敵は今、五階に下がってる。そこからは少し離れてる。外には警察の部隊も集まってきているし、しばらくそこで待て」

「はあ? えっ、なんでわかるんですか? センパイ、今、近くに?」

「いや、そうじゃない。今は説明してるヒマがない! とにかく……ミーは? 容体はどうだ?」

「意識は戻りました。でも、かなり辛そうです。出血だって……」


 ミーを見る中原の視覚映像を取得することによって、俺は、ミーの様子をオンラインで確認できた。


 顔に脂汗を浮かせて、はあ、はあと息が上がって辛そうにしている。頭部からは出血し、額に血が流れ落ちる。いつも強気な表情が、見る影もなく弱々しかった。


 その様子を見て唇を噛みしめた俺は、しばらくの間、感情が思考を邪魔した。 

 すぐにそれに気づいて頭を振り、自分自身をいさめる。ここでも俺は、深呼吸した。

 

「中原、ミーにゼウスへログインするように言え」


 この先も、ずっと二人が一緒にいれるとは限らないからだ。


 中原の視界に映るミーの瞳に、赤い光が灯る。その光さえもがいつもより弱々しく見え、それが俺の心を締め付けていく。


「大丈夫か? どこが痛い?」

「はあ、はあ……なんや、し、心配、しとんの? もらい手、のない、丸顔の、女やのに」

「アホか! そんなこと言ってる場合じゃねえだろ」

「ごめん……。ちょっと、キツいかな。頭が。頭に当たっちゃって」


 顔色が悪い。脂汗がハンパない。無理に笑顔を作っているが、急がなければならないだろう。


 俺の頭の中へ同時に映し出される、このビル内に取り付けられた無数の防犯カメラ映像。

 ミーと中原へ意識が向いている間に、一つの異変を見逃した。

 


 いない……奴が。

 


 ヒュッ、と風を切る音。

 目の前に、何かがあった。


 これ、飛んで……


 中原の視界が乱れる。

 ガアン、という音。

 体勢を整えた中原。どうやら、飛んできた何かを避けたようだった。


 中原の視線の先……粉塵の中に、人影が浮かぶ。ぼんやりしていた輪郭が、徐々にはっきりと見え始める。


「やあ……まだ二人もいたんだ? わからなかったよ」


 不適な笑みを浮かべながら近寄る銀髪の男が、俺たちに向かって軽めの声で話しかける。

 奴は、床に落ちていた直径にして一〇センチくらいのコンクリートの塊を拾い上げ、手のひらに載せ──。


 俺たちが見つめる視界の中で、その塊は突然消えた。


 いや、消えたように見えただけだ。その塊は、高速でこちらへ飛んできていた。例えるなら、バッティングセンターのピッチングマシンで速度を一四〇キロに設定したら、こんな感じだ。


 中原の後ろでガアン、と音が鳴る。俺が取得し続けている中原の視覚映像が激しく揺れた。


「へえ! これ避けるんだ。良い目してるね」


 嬉しそうに話す奴は、じっと中原に見入っていた。


「ねえ、オマエ……ゼウスと俺との通信、切った?」


 ゼウスとユーザー間で行われる通信は、「ネオ・ライム」の感応性を利用していて、絶対に途切れることはない。つまり、自分の意思に反して接続が遮断されたなら、「誰かが切った」ということになる。俺は、それを利用して「正体不明の攻撃」を装ったのだから。


 だが、こいつはまるでひるんだ様子が見られない。

 その上、当然のことながら、こいつは俺の存在を把握していない。こいつは、接続を遮断したのが中原だと勘違いしているのだ。


「ああ……探しに戻ってきて良かったよ。そうじゃないかって、思ったんだ。こんなことできる奴なんて、そうに決まってるからね! さっきの奴には、勧誘、断られちゃったからさあ……埋め合わせのチャンスが転がってて、ホントに良かったぁ」

 

 その言葉に、俺は強くまぶたを閉じた。


 奴が言っていることはよくわからなかったが、少なくとも、一つだけははっきりした。

 俺が不用意に奴とゼウスとの通信を遮断したせいで、奴はここへ戻ってきたのだ。



 俺の、せいだ。



 絶望に侵食されていく視界映像の中で、奴はスッとしゃがみ込み、床にそっと手を触れた。


 身体を震わすような破裂音。


 同時に、奴の周囲が粉塵と瓦礫がれきの破片に覆われたかと思うと、次の瞬間、無数の破片が、砂煙の中から飛んできた。


「中原っ!」


 中原はミーに覆い被さったようだ。ドッ、ドッという鈍い音が、瓦礫だらけの店舗内に響き渡る。


 奴は、単発でなく、攻撃を散弾に変えてきたのだ。しかも、中にはそこそこ大きめの塊もある。これじゃ、もう避けられない。

 尋常ではない中原の叫び声。こいつのこんな声、俺は今まで聞いたことがなかった。


 防犯カメラの映像を見る限り、敵の発した弾丸は、無造作に飛ばされただけではないようだった。


 無防備な頭部に直撃する。

 ガードのない脇腹をえぐっていく。


 命令者の意図があるのは明白だった。

 中原は、もはやミーを護るというより、上から倒れ込んでいる。


 すると、また息が早くなっていく俺の前で、嵐のような攻撃が突如としてピタッと止んだ。敵の声が、瓦礫だらけの店内に鳴り響く。


「なあ、オマエ、俺たちの仲間になれよ」


 中原は、ゆっくりと、顔を上げた。


「な……に?」

「仲間になれ、って言ってんの」

「どういうことだよ」

「オマエ、ゼウスとの通信を強制遮断できるんだろ? なかなか良い能力だ。だが、戦闘用じゃない。このままじゃ、ここで死ぬことになるよ」

「なんのことを言ってるのか、わからない」

「嘘つくなって」

「…………???」

「ええーっ? 自覚してない? ……それとも、」


 中原の視界の中で、波動は視線を床に這わせる。何か考えているようだったが……

 視線を中原へ戻した時、奴の目は、喜びにうち震えていた。


「そっか……他にいるんだ? オマエらを、助けようとしている奴」


 気のせいだったかもしれない。でも、

 中原の視界に映る波動の姿が、妙なオーラに覆われているように、俺には見えた。


「おびき寄せてやる」


 静かに言葉を発した奴の足元に見える、ボウリングの球よりも大きいコンクリートの塊。あんなのが直撃すれば、中原は間違いなく死んでしまうだろう。


「できますかね……?」


 中原の声。


「え……?」

「俺、ミミさんのこと。護れますかね……」


 思わず拳を握りしめる。光る俺のアバターは、うつむいて強く目を閉じた。



 俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ!


 あのまま何もしなければ、きっとこいつはこのビルから出て行った。無駄にここにいても、警察が来るだけだから!



 俺の……



 後悔で、目のあたりが熱くなる。冷たい涙が、仮想空間の床へと落ちる。絶対神の名を冠するシステムは、俺の心を忠実にアバターへと反映させた。


「……ごめん。俺、」

「ミミさんが無事なら、いいんです」

「…………」

「俺、かっこよくなんてないから」


 そんなことねえ。お前は、今、最高にかっこいいさ。


「だから、身体を張るのは、当たり前なんです」


 波動の手が、コンクリートの巨塊に触れる。

 顔を上げた中原の視覚映像に、巨塊を浮かして軽々ともてあそぶ波動が見えた。


「いやだ。こんなの」


 そう言った中原の視界が、ボヤけて揺れる。

 

 くそ。

 くそっ! くそっ! くそっ!


 どうにかできねえか。

 考えろ。何かあるはず。思いついていないだけなんだ。


 俺は、全知全能の神なんだろ!

 今助けなくて、いつやるんだ。


 ゼウス……ノア。ルナ!


 神の名において、命ずる……。


 なんとかしやがれ。助けろ! こいつらを、絶対に、



 生きて、俺のもとへ、連れ戻せっ!!!



 瞬間、パシャン、と強烈に光った視界。

 子供部屋にいる俺のアバターから光の柱が放出されたかと思うと、凄まじい勢いで天井に衝突し溶け込んだ。

 同じくして、落雷と見紛みまがうほどの閃光が中原を直撃する。視界は、建物の中であるにもかかわらず眩いばかりの光で真っ白になり──


 光が収まると、なぜか何事もなかったかのように、今度は声が聞こえてきた。

 

「もういいんだ、たっちゃん」


 脂汗と粉塵でまみれたミーの顔が映る。

 そのミーの顔は、中原の視界がボヤけて揺れるせいで、よく見えなくなっていく。

 しずくが、ミーの顔にポタポタと落ちたことだけは判別できた。


「二人とも、死んじゃうから。あたしのことは、ええよ」


 ミーは中原の手を振りほどき、苦しそうに立ち上がる。


「だめっす! 動かないで……」

「ありがと」


 くるしさと嬉しさが半々。

 中原のほうを振り向いて、そんな笑顔を見せたミーの背後で、波動がまるで合図をするかのように片手をこちらへスッと振る。


 俺は目を閉じた。

 強くまぶたを閉じても、俺の意識の中にある子供部屋は鮮明に映像として映し出される。


 ノアとルナ。

 二人はいつものように揃って立ち、俺をじっと見つめて交互に喋る。


「よくやった」

「これで、勝負はここからだ」


 何を言っている?

 これで、ミーと中原は──。


 混乱する俺の前で、二人の子供はいつものように、まるでシンクロするかのように、同時に片手を前に突き出して、俺を通り越したその先を指差した。


「「まだ終わってない」」


 俺は、中原の視覚映像に意識を戻す。


 そこには、目を見開き、驚愕きょうがくに打ちのめされたような波動の表情があった。

 だが、その映像には、特に何か変わったものが映っているように思えない。

 俺は、次に、店舗内の防犯カメラ映像にも注意を向ける。と……

 


 ……なんだこれ。



 こんなの、この場にいなかった。


 猛獣?


 身体中をフサフサの毛に覆われた獣が、ミーを抱いている。

 それに中原は? あいつはどこへ行った。だいたい、猛獣が、なんでこんなところに?


 ……いや、でも、人間のような形をしているんだ。


 異常にゴツい身体。顔は、口のあたりがせり出して……犬? 下半身は、下に行くほどやはり犬みたいで……。


 だが、紅蓮に光る瞳。ミーをかばおうとする振る舞い。

 そして、波動に向けられる、凄まじいほどの殺気。

 


 まさか。



 そう思ったと同時に、俺の心が求めた問いにノアとルナが返答する。

 

「お前の『思い』を受けたゼウスが、中原達也の脳にアクセスした」

「アーティファクト。能力名『獣人化/メタモルフォーゼ:ウェアウルフ』」

  

 ミーを片手で抱いた中原の前で、巨大なコンクリートの塊は粉々に砕けて床に散っていた。

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