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[短編]寒いので嫁ぎたくありません

作者: 縹 海松

初投稿です!

一人でも多く方に読んで頂けたら幸いです。

 「断固として拒否いたします!」


私は、確固たる決意を持ってお父様と対峙した。


「そう言わずに、ジュリエッタ。これは、我が伯爵家には破格すぎるほどの婚約の申込みだぞ」


お父様が、オロオロと額に汗をかきながら私を説得しようとする。


「婚約が無事整えば、ジュリエッタはあの大国ランエウェインの皇妃になれるんだ」


「ランエウェインの皇妃……確かに、わたくしには破格過ぎて不相応ですので、この話はなかったことに。それで話は終わりですか?では、勉強の途中ですので、失礼します」


「ま、ま待ってくれ〜ジュリエッタ!」


大股で執務室を出て行こうとする私に、お父様が縋るように手をのばすが、もう構わない。話は終わったのだ。


スタスタと早足に自室ヘ戻っていると後ろから付いてきた護衛のバーナードが声をかける。


「良いのですか?皇妃なんて、お嬢様には玉の輿の域ですよ」


「明け透けもなく言わないで。うちは貧乏伯爵家だけどわたくしは今の生活に満足しているもの。皇妃にならなくても困らないわ。」


私の言葉にいまいち納得していない顔で、バーナードは不思議そうに聞いた。


「ですが何故、お嬢様の所にこのような求婚の書状が届いたのですか?お嬢様はちょっとガリ勉なだけで、他に特出した芸当なんて持ち合わせていませんし、他国で噂になるほどの美女ってわけでもないのに。軍事も富も僕らのヨートル公国よりずっと格上のランエウェインから求婚の申し出なんて、ドッキリを疑うしかないですよね」


ビキキと額に青筋が浮かぶ。


はっ!いかん、いかん。デリカシーの欠片もないバーナードの物言いはいつも通りのことじゃない。怒っても直らないのはよく分かっている。ここは、スルー!気にしない。


私は努めて穏やかに返す。


「あら、ドッキリじゃないわよ?断ったけど、この求婚には思い当たる節があるもの」


「は?何ですそれ」


それが人にものを聞く態度か、バーナードよ。私一応あなたの主ですけど?


まあ、家にお金が無さすぎて低賃金で働かせてるのでよく給料日に不満を漏らしてるけどね。私に言わず、お父様に言ってほしいが。お金がないのにわざわざ護衛をつけるのは、この家に借金を取りに来る人たちから娘を守るためだとお父様が胸を張って言っていた。なら、その借金を作らないでほしかった。そんな父や娘の私に忠誠心なんてバーナードにとってはかすりもしない感情だろう。


「先日王族主催のパーティーにランエウェインの皇太子が招かれてて、偶然が重なって仲良くなったなの。その偶然が重なる部分の詳細はややこしいので省くわ」

とにかく時間が惜しい。バーナードの言うとおり、私は勉強漬けの毎日で切羽詰まっているのだ。


「その省いたとこが一番聞きたいんだけど」


部屋の前に着いたので、くるりとバーナードを振り返る。


「じゃあ私、就職試験が迫って結婚どころじゃないから、勉強してくる!」


「……………ほんとガリ勉」


バーナードがボソと呟く。

聞こえていますよーだ。

バーナードにむけて、ベッと舌を出すとばたんと自室のドアを閉めて、直ぐに部屋の勉強机と向き合う。

一ヶ月後は王城の文官試験が控えている。少しも時間を無駄にしたくない。

王城勤めの文官になれれば、安定した収入を得られる他、借金返済に充てられる分のお金もできる。


(……………私が皇妃か)


バーナードにはああいったけど、私だって父から聞かされた時は自分の耳を疑った。

しかし、求婚の手紙を見てみれば、しっかりとランエウェインの国章の印鑑が押されている。そして、ランエウェイン帝国皇太子のエリオットの氏名。


こんなにがっつり大国ランエウェインの名前を使うなど、偽装した犯人のみならず、一家、いや一族諸共滅ぼされそうだ。

それくらい、ランエウェインの王族の存在は特別で、彼らと並ぶほどの身分の者はそうそういない。


(普通は、格上からの求婚は簡単に断れない。でも、私の場合、相手が格上過ぎるのよね)


なんせ大国の皇太子と小国の伯爵令嬢。


「身の程をわきまえ、ご遠慮します」と言えば、余計な波風も立てずいられるだろう。

大体、お父様は私がこの異例の求婚を受け入れたほうが面倒事も増えると理解しているのだろうか。


ふと、ランエウェイン帝国皇太子エリオットの姿が頭に浮かぶ。


深海のように深く青い瞳。短く切り調えた絹のような銀髪。白い肌がそれらを引き立て、より一層神秘的な美しさが際立つ。

彫刻めいた美しい顔からは想像し難い、明るくて素直な性格の彼は、話しやすくて私たちはすぐに友人になれた。

そこまでは良かった。


(どうして、求婚なんてしたのかしら。私のこと好きでもないのに)


私は、またため息をついていることに気付き、思考を振り払うように羽根ペンを取った。

けれども、今日はもうこれ以上集中出来そうにない。





≡≡≡≡≡≡≡



 王城にあるきらびやかな舞踏会場。


「お父様。くれぐれも人からの頼み事は、受ける前にわたくしに相談してくださいね」


私は、父に言い聞かせるように言った。


「でもな、ジュリエッタ。困っているなら助けてあげな………」


「いいえ。逆にこっちが助けてほしいくらいです。お父様は人が良すぎて厄介な頼み事もホイホイ拾ってくるので、後処理をするわたくしの身にもなってください。」

 

私がぴしゃんとお父様の言葉を切ると、お父様は分かりやすく項垂れる。

まったく、誰かさんがその困ってる人の連帯保証人に何の断りもなくなるので、我が家の家計は火の車だ。


そのせいで、お母様は平民の男の人と夜逃げした。

当時は、それはもう大変だった。何処からか母が夜逃げしたことが漏れて、そこから我が家の借金がもの凄い金額だってことも広まり、貴族が集まる会に出席すれば、後ろ指をさされ、陰口が飛び交い、蔑む目や嘲笑する声が聞こえてくる。だが、それすらも面と向かってされない分まだいい。中には直接嫌がらせをする人たちもいた。私の持ち物を隠したり捨てたり、私や父に乱暴な言動をしたり、ある日私を誘拐し監禁する者もいた。

朝の日課で門前を箒で掃除していたら、突然見知らぬ馬車に引きずり込まれ、3日間真っ暗な部屋で過ごした。3日後に家に返された時、なぜそんなことをしたのかと聞いたら、単なる遊び、憂さ晴らしだと悪びれもせず言ってのけた。

いやー貴族はやることが違うね。私も貴族だけど。

その誘拐犯は大金を積んで罪をもみ消していた。お金の使い所違うと思う。


そして誘拐事件から、ちょっと改心した父が私に護衛をつけるようになった。

でもその護衛というのが、11歳の少年バーナードだった。明らかに荷が重い気がする。うん。


侯爵家の末の息子であるバーナードが、城で訓練をしているところに父が声をかけたそうだ。

その時の話をバーナードに聞いたら「上の優秀な兄達たちを追い越そうと頑張ってたら、護衛にどうかって貴族からスカウトされて、僕に才能があったのかもと期待してたら、まさかあの有名な貧乏伯爵だとは思いもしなかった」と隠す気もなく不敬な事を言っていた。

その割には、すぐには辞めず6年間も私の護衛をしてくれている。


でも社交界の話題ってコロコロ変わるから、我が家の悪い噂も半年くらい話題にされたら、違う家の噂に切り替わったっけ。

当時から6年の月日が流れ、私は17歳になった。十分、結婚適齢期だ。けれど、一度立った悪い噂はいつまでも尾を引くようで、私の婚約話は上手く纏まらない。私自身、結婚に乗り気でないものの、貴族の結婚はもはや義務。女性は特に結婚適齢期が男性より若いので、早めの行動が必須なのだ。

今日も婿探しのため、冷やかし覚悟で沢山の貴族が集まる王族主催の夜会に出席したのだ。

自分でも、面の皮が厚い奴だと思う。


「お嬢様。僕がいなくてもちゃんと男性と会話を繋げるんですよ。ただでさえ、勉強ばっかして年頃の女性の輝かしさが霞んでるんですから」


やかましいわ!

バーナードは今日護衛につけない。実家の侯爵家のほうに用事があるそうで。

だから会場では話さないと思っていたら、後ろから聞き慣れたデリカシー皆無の言葉が降ってきた。

というか、聞き慣れてる私かわいそう。


「霞んでるってことは、磨けばあるってことよね?バーナードなりの励ましだと受け取っておきます」


「……………………」


バーナードが残念な子を見るような目をする。のは、気にせず私は貴族の社交場に意気揚々と踏み込んだ。

でも、案の定上手くいかない。話しかけるけど、すぐに会話を引き上げられるし、何となく遠巻きにされている気もする。

過去の悪評のせいもあるだろうけど、それ以上に私に魅力が無いんだろうなぁ。

やっぱり、貴族との結婚は諦めるべきだろうか。


しばらく歩き続け、疲れた私はバルコニーに出た。

うちの伯爵家の屋敷と違い広々としたバルコニーは会場からの明かりが漏れ、静かで薄暗い。落ち着きたい人にはぴったりの休憩場所だ。

遠くに賑やかな声を聞きながら、私は手すりに両肘を乗せ、頬杖をつく。

丸くて綺麗な月を見つめていると、何となく感傷的になった。


「はぁ~~~貴族社会、世知辛れぇー」


「ぶはっ」


ため息とともに不満を溢したら、横から吹き出す音が聞こえた。ぎょっとして振り返ると、端正な顔の男性が一人。

片手で口元を抑え、肩を上下し笑ってる。

着ている服は紺を基調とした軍服っぽい礼服。

癖のないさらさらの銀髪が夜風に揺れ、青く透き通った瞳が月明かりで光を放つ。長身の腰には剣を提げている。その柄や鞘の装飾が金や宝石を多用した見事なものであることと、彼の身に着けている装身具の豪華さからかなりの高身分な人だと分かる。

見たこともないほど、美しい青年。暗がりに月明かりで淡く浮かび上がる端正な顔は神秘的な美しさを称えていた。


「失礼、笑うつもりはなかったのですが……ふふっ」


まだ、収まってないようですが?


「まさか先約がいたなんて気づきませんでした。すぐに出ていきます。」


高身分とお見受けする人とあまりふたりきりでいたら、何かと厄介ごとが生まれそうだ。さっさと退散しなければ。

すると、彼はカツとブーツを鳴らせ私の横に並んでバルコニーの手すりに手をついた。私がついさっきしていたように空を見上げている。


「優れないお顔ですね。何かお困りですか?」


「………はぁ」

思わず曖昧な返事になった。だって、初対面の人に何を話すというのか。


「どこの国の舞踏会も退屈ですよね。音楽も単調だし。皆さんお喋りに夢中ですし。」


ぽつりと彼が呟いた。


「しかも、話題といったら、誰かの悪い噂とか、失敗談を嘲笑する類で聞いていてあまり面白くない」


「!」


それは、いつも私が思っていたことだった。思わず、出ていこうとした足を止める。


「ということで、僕は暇なのでお喋りしません?お嬢さん」


綺麗な顔でにこりと笑う。

厄介ごとは、お父様の借金で十分だ。でも、きっと舞踏会場に戻るよりこの人についていったほうが面白いことが起きるような気がする。


「あ、そういえば。贈り物で貰った高級なワインが部屋にあるんですけど一緒にどうですか?一緒に飲む人がここにいなくて。いい酒が手に入ったら誰かと味わいたくなるのですが、生憎相手が居なかったんですよ。勿論、サロンで飲みますし、侍女や護衛も側で待機してますから、どうです?」


そこまでいい酒なのだろうか。ごぐりと喉が鳴る。

16歳でデビュタントを終えた貴族は成人として扱われる。そして、私もお酒は大好きだ。


「飲みましょう!」


思わず食いつくと、青年は楽しそうに笑った。


「決まり」




そして通された場所は、国賓の中でも王族クラスが使用するサロンだった。

え?これって、もしかすると、そうなの?


扉の前では厳つい近衛騎士が二人で立っている。部屋の中では侍女が数人、壁際で待機していた。

帰ろうと思ってもここまで来たのなら気まずい。

それに引き返すとしたら、一人で帰ることになるかもしれなかった。

そうなると、国賓が滞在する部屋が集まる廊下を一人で通らないといけなくなる。

伯爵令嬢の私では、国賓クラスの人にちょっかいを出されて問題になったら、家の取り潰しどころじゃない。命すら危ういかも。身分の高い人は自分より低い身分の者に傲慢な態度を取ることも少なくない。考えただけで背筋が凍る。


(私、やらかしてる?)


あ〜〜〜〜もう、ほんとこういうとこだよ、私。

バーナードにもよく言われるじゃない「変なところで考えなしですね」って。

ちょっと思い出してイラッとしたけど、今は頷ける。

でも、国賓の方が声をかけてくれるなんて思わないじゃない。この国の公爵家くらいの人かなって、正直思ってた。違ったけど。


「好きなとこ座って」


いつの間にか敬語を止めたらしい青年が親しげに声をかけて歩み寄ってきた。手にはグラスが二本。もう一方の手には瓶に入った赤ワインが。


私が何とも言えない微妙な顔をしているのに気づいて、青年が首を傾げた。 


「あれ、さっきはワインに飛びついて元気そうだったのに、顔がもう曇ってる。あ、婚約者がいるとか?だったら、僕と居るのはまずいね」


「それはいないですけど」


残念ながら。


「あぁ、場所が場所だからか。君の名前聞いても?」


「シェパード伯爵家の長女ジュリエッタと申します。」


「そうかジュリエッタ。僕はエリオット・フォン・ランエウェインだ。まぁ、今日ここに来て、困ったことが出てきたら僕に相談してよ。」


わーお、お父様、バーナード聞いてよ。

眼の前にいる人あの大国ランエウェインの皇太子らしいよ。近隣諸国にもその名を馳せる、革新的な政策で元々発展していたランエウェインをさらに発展させた才色兼備の皇太子エリオット。         


やばいよね。あはは。遠い目をする。


「…………困ったときは有り難くそうさせて頂きます。頂くついでにそのワインすごく美味しそうです」


エリオット様が対処してくれるらしいので、なんかもう色々と吹っ切れた私は目の前のお酒を楽しむことにする。


「お、わかるか?年代物のワインらしくて、10万リガーはする、いい酒だ」 


「じ、10万!?」 


それはまた、高価なお酒をご用意しましたね。

遠慮しないで飲んでくれと言いながら、エリオット様はワインをグラスにとくとくと注いでくれた。


コクリと一口飲めば、口内に広がる芳醇な香りとまろやかな舌触りが心地よい。

一口目で分かる。このワインが銘酒だと。


ソファに座り、一瓶を二人で堪能する贅沢感が何とも言えない幸福を運んでくれる。


「お酒は?」

「強いほうです」

「それは良かった。おかわりいる?」


注がれるワイン。とくとくとく。コクリ。


「ほぁーおいし~」


「ははっ」


「あのエリオット様」


「何だ?」


「さっきバルコニーで仰っていた話わたくしも共感しました。あぁでも、わたくしの場合、側で陰口を聞いているのではなくて言われる側でしたから」


「へー、悪いことでもしたのかい?」


「いいえ。完全なとばっちりですね」


エリオット様がソファにもたれ、襟元を緩めて寛いでいるのもあって、私も最初よりソファの座り心地が良くなったように感じた。


「夜会に行けば、美味しいお酒もあるけれど、私は大勢で過ごすのは人並み以上に疲れるんです、昔から。だから、こうやって二人とか三人で飲む方がお酒も美味しい気がします。」


すると、エリオット様は優しい眼差しで微笑んだ。


「僕もそう思うよ。一人で飲むよりは誰かいたほうがいいけど、大勢となると疲れる。………貴族って情報のやり取りで身を守ったり、向上していくからどうしても社交が欠かせないんだよな。でも、そういうのが苦手な奴って苦労する」


まさに私のことだ。

本音を言うと、結婚なんて文官の試験に合格して仕事に慣れた後でいい。しかし、貴族には結婚適齢期ってものがあって。それを過ぎると一気に婚約者を見つけるのが困難になる。

私は静かに頷いた。エリオット様のグラスが減ってきたので注いであげる。ありがとう、とお礼を言いながら、エリオット様は言葉を続けた。


「人付き合いが嫌いってわけじゃないが、僕を巡って争う輩もいるから、面倒に思うときがあるよ」


それって


「もしかして、女の子にモテすぎて、女の子同士で喧嘩が始まっちゃったとかですか?」


しまった、とでも言いたげな顔をしてエリオット様は「そんなんじゃないよ」と笑って誤魔化した。

絶対そうだ。美形な上に皇太子だもんね。そりゃモテるだろうよ。


「モテる人はいいですねー。あ、エリオット様は婚約者とかいます?」


「いないよ。君もいないって言ってたし、試しに僕と婚約する?」


青い瞳にはからかう様子が伺える。

軽いノリで言われてもなぁ。本気になる子がいたらどうすんだ。この美形くんは。



「そうですね。綺麗なお顔が毎日見れる結婚生活も悪くはなさそうです」


「そうだろ?」


うわ、肯定しちゃったよ。別にいいけど。


ほんとに皇太子か?って疑いたくなるほど、エリオット様は気さくな人だった。

それから、私たちは他愛もない話をした。一瓶を飲み終わっても話は続く。

冗談を言い合ったり、気が合う部分を見つけたり、それぞれの不満を吐き出したり。

久しぶりに沢山笑った気がする。


流石に戻らないとまずい時間になったところで、送ってくれようとするエリオット様を止め、侍女一人に付き添ってもらい、その人に迎えの馬車が停まっている場所まで送ってもらった。私だけで国賓クラスの廊下を通らずに済んで一安心だ。


送ってくれた侍女にお礼を言い、揺れる馬車で帰路につく頃には、すっかり楽しい気持ちになっていた。それもこれも、エリオット様とあの美味しいワインのおかげだ。

数時間話しただけだけど、私はエリオット様に友人のような親しみを感じるようになっていた。

人生で関わるはずのない人と言葉を交わせて、しかもお酒を共にできた高揚感で自然と笑みが溢れる。


今日の舞踏会来てよかった。


ホクホク満足で私はその日の夜眠りについた。まさか、数週間後、その彼から求婚の申込みが来るなんて夢にも思わずに。




≡≡≡≡≡≡≡




 エリオット様からの求婚の打診を断った日の翌日。


使用人も必要最低限しかいないので、自分で庭の草むしりをしていた所にお父様が慌てた様子で走ってきた。

ぜーぜーと肩で息するお父様をみて、嫌な予感がする。

こういうことは前にもあった。お父様が焦っているときは、大体借金取りが家に来たか、借金が新たに増えることになったかのどちらかだ。


でも実際、全然違う内容だった。


「ジュリエッタ!た、たた大変だ、聞いてくれ」


「お父様、落ち着いて」


「ランエウェインの皇太子が我が家まで来ているんだ!!」


「え!?」


「と、とにかく。お前はこの家で一番上等な服に着替えて、応接間まで来なさい。先方は急な訪問なので待つと言ってくれたが、できるだけ早いほうがいい。」


「わ、分かりましたわ」


私は急いで自室へ戻り、手袋を脱いで、髪は結い上げて濡れないようにし水あみをする。

時間はかかるけどこれくらいはさせてほしい。すぐに体を拭き、自分で家一番の上等なドレスに着替える。髪や化粧も急いでセットする。このような身支度は貴族なら使用人にやってもらえるらしい。羨ましい。じゃなくて、

「急がないと!」


(よし、見た目は準備オッケー。あとは心の準備が。)

スーハースーハー。

深呼吸する。エリオット様は、束の間にできた良き友人だと思っていたけど、まさか求婚して家まで来るなんて想定していなかった。


あの夜は、気さくな良い感じの人だと思ったが、今日もそうだとは限らない。権力を使って、自分の期望を無理に押し通すようなら、私では太刀打ちできない。だから、警戒しつつ上手く話を乗り切らなければ。


ものの20分ほどで支度を終えた。通常なら1時間以上かかる所をどうにか縮めた。それでも、皇太子を20分も待たせたことになるので、早足で応接間に向かう。


ノックをして、お父様の返事が聞こえたので中に入る。


ソファに腰掛けるのは、お父様とエリオット様。

お父様の背後にバーナードが騎士らしく静かに待機している。

対するエリオット様の後ろには、そんなに広くない応接間だというのに、侍女数人と護衛の騎士数人。


バーナードは真顔。お父様は冷や汗をかきながら必死にエリオット様との会話を盛り上げようとしている。エリオット様はというと、キラキラしい笑顔を浮かべ、お父様の話に相槌を打っている。


私が入ってきたことで、そこに居る全員が一斉にこちらを向いた。


おおう。怖じけそう。


最初に口を開いたのはお父様だ。私が来て何だかホッとした顔をしている。話を繋げるの大変だったんだね。相手は皇太子だもの。


「ジュリエッタ!待っていたよ、さあエリオット様の隣に座りなさい」


その瞬間、エリオット様のみならず、バーナードや侍女らもお父様の方に目を向けた。


(お、お父様ーーーー!)


 エリオット様は一瞬驚いただけですぐに笑顔を取り戻している。バーナードは何故か「はぁ?」と顔に描いたように不機嫌な表情をしていた。


驚くのも無理はない。婚約前に求婚した男性とされた女性が隣同士で座ることは普通ない。

まぁ、男女間の順序的なルールというか、マナーというか、とにかくタブーとされる行いだ。


私が来たからって、気が緩みすぎですよお父様。


私はこの気まずい状況を乗り越えるべく、努めて、冷静に淑女らしく微笑んだ。


「まぁ、お父様ったら、気が早いですわ。わたくしとエリオット様はまだ婚約していませんのよ?」


「あ、あぁそうだったな。あはは……」


年頃の女の子らしく少し照れている風に口元を押さえ、そう言えば、お父様は焦ったように笑った。

私は「失礼致します」と言ってエリオット様の向かいの席に座る。


「エリオット様。先日の夜会ぶりですね。わたくし、あの日はあなた様のおかげでとても楽しい時間を過ごせましたわ。素敵なワインを飲んでお話ししただけですけれど、とても実りのある時間でした」


(ちょっと落ち込んでたけど、エリオット様と美味しいワインで励まされたしね)

お礼を交えた挨拶で、決して男女の関係までは発展していませんよ、と身の潔白を証明する。


それに気づいたのかは分からないが、エリオット様の青い瞳がきらりと光った。

「私も有意義な時間だと感じました。相談する際に人間関係についての意見も似ていて、あなたとは共感する部分が多かった。」


やめて。相談とか、共感する事が多かったとか、仲良しな感じに話さないで。


エリオット様は「それに……」と、急に目を伏せて憂いを持った表情になる。

それだけで、射抜かれる者は射抜かれてる。

その証拠にエリオット様の後ろに控えていた侍女たちの頬が赤くなっている。



「ジュリエッタという運命の女性だと思える人にも出会えましたから、この国に来て良かったです」


エリオット様は、恋をして幸せだとでもいうように嬉しそうに微笑んだ。その破壊力は凄まじく、後ろの侍女の一人が倒れそうになる。



(う、嘘つけー!そんな素振り微塵も無かったからね!?)

思わずぎょっとしてしまった顔を長い袖でさっと隠し、熱烈な求婚相手に戸惑いを隠せなくて照れている少女の演技をする。

私はどこの誰だ。


「やだ、エリオット様。大勢のいる前でそのような言い方は、お止めください」


「ふふっジュリエッタは本当に可愛らしいな」


(だから、やめろォそれぇ!)

甘い言葉を吐かんでくれ。ダメージをもろにくらう私もただでは済んでないんだぞ。


さっきから、本当に照れそうになるのを必死に抑えている所だ。もちろん、心の余裕は結構ない。


「なんと、ここまで思い合っているなんて。ジュリエッタが求婚を断った時はどうしたものかと思っていたが、両思いならば、ジュリエッタも幸せになれるだろう!」

お父様が瞳を輝かせて喜ぶ。


(まずい。早く、断る方に話を持っていかないと)


でもこの場に私の味方がいない。味方がいないので、敵側の数を減らそうと決め、お父様に向き直る。


「お父様。わたくし、エリオット様と二人で庭の方を散歩したいのですけれど、」


すると、お父様の後ろに立つバーナードのほうが怖い顔をした。


「お、おおう。そうだな。積もる話もあるだろうから、そうしなさい」


お父様はというと、驚いた後、あからさまに嬉しそうに笑った。

積もる話なんてないですよ。会ってまだ二日目なんだから。


「伯爵。流石にふたりきりというのは。せめて、護衛くらいは同行させましょう」


バーナードが苦言を呈する。確かにその意見には一理ある。

ランエウェイン側の護衛騎士よりはと、私はバーナードの方を向いた。


「それなら、護衛はバーナードで良いと思います。屋敷の中なので、護衛は一人だけでも構いませんか?エリオット様」


「あぁ、それで構わない」




 それから私たち三人は庭に出て、あてもなく、ゆっくりとした歩調で歩く。


空は、夕方という時間帯でオレンジ色に染まっていた。暖かい風が庭の草木を揺らしている。

エリオット様と私が並んで歩き、離れた後ろでバーナードが続く。



「ヨートル公国は、とても暖かくて過ごしやすい国ですね」


エリオット様が先に話し始めた。


「えぇ。周辺国と比べてもこの国は比較的温暖な気候ですから」


返すと、エリオット様が私の方を見る。


「……求婚なんかして、怒ってる?」


敬語なんだなーと思ったら急にラフな口調になる。


「いいえ、そのような事は決して………光栄に思っています」


「固くならなくていいから。突拍子もない求婚で警戒する気持ちは分かるけど、正直に聞かせてくれない?」


柔らかに微笑むエリオット様は無理に婚約を押し通そうとする傲慢さは全然ない。私は少し躊躇って素直な気持ちを吐露する。


「怒ってはいませんが、今だに戸惑いが消えません。あの夜初めて会った方が求婚してくださるなんて。しかも、その相手というのが隣国の皇太子様なんて、小説の世界のようで実感が湧きません。……………何故わたくしなのでしょう。とても、運命だと感じてる様子はなかったもので、気になっていたのです」


多分、会ってすぐに求婚したので、劇的な出会いだったと強調してお父様を説得しようとしたのではないだろうか。


「すまない。先程は嘘をつくことになったが、君の言うとおりだ」


そうだろうな。


「僕は、このヨートル公国で婚約者を見つけなければならない。」


「それは…?」


「政略結婚だよ。ランエウェインは、他の追随を許さないほどの富と軍事力を持ってる。だからこそ、帝国ならではの婚約事情があるんだ。周辺諸国の貴族と婚姻を結び、帝国と周辺国の結束を固め、ランエウェインの立場を絶対のものとする。そうやって、ランエウェインは戦争を繰り返すことなく、権威を守ってきた」


そういうことか。それなら納得できる。要は、その婚約者を見つける周辺諸国の中からヨートル公国が選ばれたってわけだ。


「それで、どうしてわたくしなんです?普通、王族は王族同士で婚約しますが…」


「そうだ。これは僕の我儘。あの夜、君とバルコニーで出会ったのは単なる偶然。でも、僕は政略結婚でも、できるだけ自分と気の合う人と婚約したかった」


「!」


「皇族である以上、自分の結婚に私情は持ち込めない。でも、可能なら素敵な人と結婚できたら幸せなことだろう?」


「………………」

どうしよう。私の顔、すっごく赤くなってる気がする。

だって、素敵な人って。より素敵な人と結婚するための我儘。それで、選んだのが私だなんて。


(嘘……よね)


だって私には誰かを引き付けるような魅力なんてない。分かっている。

言うんだ、エリオット様に。身の程を弁えてご遠慮しますと。求婚は無かったことにしてくださいと。

なのに何故か言葉が喉に引っかかって出てこない。


「僕には君が必要なんだ。一緒にランエウェインに来てくれないか」


奇跡だ。今、奇跡が起こっているんだ。


心臓が早鐘を打ち、緊張と期待で心がぐちゃぐちゃだ。

私には不相応の完璧なほどに美しい結婚相手。

差し出された右手に、私の左手を乗せれば、きっとエリオット様が私の見るはずのない新しい世界を見せてくれるんだろう。


(でも、やっぱり………)

 

私には、不相応だ。




「…………わ、私はっ寒いのが苦手なんです!ランエウェインの首都は一年中雪が積もると聞きます。他の地域も寒いんでしょう。だから、ランエウェインには嫁げません!」


「……………………………」


「……………………………」


「…………ふはっ」



なんで笑うんすか?!しかも大爆笑。お腹を抱えて笑ってる。


ひとしきり笑ったあと、エリオット様は潤んだ瞳で私にもう一度手を差し出す。


「寒がりなら、一年中僕が側にくっついて過ごしてあげるよ。それなら暖かいだろう」


な!?そんなの、恥ずかしくてできるわけない。


「せめて暖炉で!わたくしは一年中暖炉にガジリ付きます!…………それに、わたくし我儘です!今みたいに我儘を言うかもしれません」


エリオット様が楽しそうに聞いた。


「どんな我儘なの?」


「あーあーえーと、毎日スイーツ食べたり、読んでみたかった本もエリオット様のお金で買っちゃうかも」


貧乏すぎて、したいけどできないことを言ってみる。すると、エリオット様はきょとんとした顔になって、とんでもない事を言い出した。


「スイーツと本がほしいの?なら、皇家経営の図書館がいくつかあるからどれか一つを君専用にしていいよ。パティシエのスイーツを食べるなら城で毎日できるけど、ジュリエッタのために城の中にパティスリーを何店舗が作ってもいいね」


桁違いすぎて、頭がくらくらする。


「そんなには要らないです…………ただ」


「ただ?」


「自分が幸運すぎて怖い。わたくしは、つい昨日まで、いえ今だって後ろ指を指されるような人間ですから………」


「………それは違うだろう」

エリオット様が途端、真剣な顔で首を横に降った。


「え?」


「あの日自分で言ってたじゃないか。ジュリエッタ自身が。自分は陰口をたたかれる側の人間だけど、そんなのとばっちりだって」


思わず目を見開く。


そして気づいた。陰口を言われるたび、悪意を向けられるたび、気にしないでいても傷付いていたこと。段々と、自分がその悪意ある言葉通りの人間だと思うようになっていたこと。


(そうか………本当は私、ちゃんと辛かったんだ)


「……………バーナードだっけ?少しの間見過ごしてね」


「なっ」


気づいたら私はエリオット様の両腕に包まれていた。


「え?」「!皇太子殿下何をっ」

私の驚きの声と、バーナードの声が重なる。


しかし、エリオット様は驚く私とバーナードに構わず、私の頭を撫ではじめる。

頭に次々とハテナマークが浮かぶ。

「??」


「たくさん、辛いことがあったんだね。その度に君は折れずに乗り越えてきた。よく頑張った。偉かったね」


「…………っ」

エリオット様の優しい声が私の耳の近くで響いた。


頬をつたう涙に気づいて、自分に驚く。いつの間にか、私は泣いていたんだ。


強がってるつもりも、空元気のつもりも、無理をしている自覚も無かった。


けれど、傷付いた傷は年月が経っても治ってないらしい。


お母様が出ていった。私を置いて、知らない男の人の元へと。

借金取りが来た。家に誰もいないときで、怒鳴られて恐怖で震えていると暴力を振るわれた。

誘拐され3日も真っ暗な場所で一切れのパンとお椀一杯の水でじっと耐え続けた。寂しくて、ずっとお父様に会える夢を見てた。


人前に出れば悪意があるから、家で勉強してたほうが気楽だった。


城で静かに働けて、多くの給料が貰えるから、私は文官になりたかった。


ふと、私がまだ幼い頃、お母様が寝台の上で私に読み聞かせてくれた絵本を思い出す。


家族に冷遇されている女の子がある夜一生懸命着飾って舞踏会に出て、そこで王子様と恋に落ちる。


夢物語。それでも、私はこのお話が大好きだった。


「………………落ち着いた?婚約もしてないのに触れてしまったね。ごめんね」



エリオット様はあの絵本に出てくる王子様みたいだ。そこではたと我に返って、自分で思いついておきながら、恥ずかしくなった。



「いえ、わたくしの方こそ取り乱してしまって………その、ごめんなさい」


「うーん。僕はジュリエッタの弱い部分も見れて今の所役得だけど」


それは、どういう?

至近距離なせいもあって、私は落ち着かないがエリオット様はなぜだか楽しそうだ。

でも、はじめて会った時からエリオット様は楽しげだった気がする。それが、私の目にはすごく眩しく映る。

夕日の暖色の光が屋敷の庭にも差し込む。

エリオット様の青い瞳が夕日の強い光を反射し、バルコニーで会った時に月明かりで照らされていたよりも一層神々しく輝いた。



青空とよく似た瞳は優しい色に染まっている。



「ほんとに綺麗な瞳…………いつまでも見てられそう」


泣き終わってもなぜか離れない手を無理には退けず、私は小さく笑った。


すると、エリオット様の肩がビクと小さく震える。

それから私から腕を離し口元を隠して、背を向けた。どうしてだろう。エリオット様の顔が赤い。


(え…?私、嫌われるようなこと言っちゃった?!)


ど、どうしよう


「あのエリオット様……?」


「あー待って。うん、潤んだ目で、…あの発言はだいぶ効いた。…………思ってた以上にやばいな、これは…」


一体、何がやばいと言うのか。しばらくして元に戻ったらしいエリオット様がくるりと振り返る。


「そんなわけで、僕は君の願いを全力で叶えていくつもりだよ」


良かった。どうやら、嫌われてはいなかったようで安心した。


「……ジュリエッタはバルコニーで会った時、泣きそうな顔をしていた。僕が声をかけたのはそれが理由だ。」


「え、そうなんですか?」

思ったよりもひどい顔をしていたのかな。


「うん。でも、僕がワインを飲もうと言ったら、嬉しそうな顔に変わって。はじめて会ったのに、僕は君が悲しい顔をしているよりも、嬉しそうに笑ってるといいと思った。それに、君とワインを飲む時間は新鮮でとても楽しかった」

それは私も思っていたな。皇太子なのに気さくでそれが何だかおかしくて、いつの間にか素の自分で笑えていた。


「我儘をたくさん言ってよ。ちゃんと叶えるから。すぐに恋人らしくはなれなくても、君とならこれからも親しい友人のような夫婦になれると思うんだ。…だから、僕と結婚してくれませんか」



その手を取ったのなら、私の人生はきっと180度変わる。


それでも、私は手を伸ばし、差し出された掌にそっと触れて、握ることを選んだ。


「…………………はい」



私がそう言うと、エリオット様は心の底から嬉しそうに笑った。私もつられて笑みが溢れる。

(ふふっ気さくだけど変わった人ね。友人のような夫婦になりたいなんて)


諦めないでいようと思う。二人で飲んだあの赤ワインがくれた幸福を、これからもエリオット様と紡いでいけることを。





ランエウェインの寒さは意外と乗り越えられそうだと思えた。

握り返してくれる、その温もりが側にあれば。


書いてて楽しいお話でした。


拙い文章ですが、最後まで読んでくれた方、少しでもお話に触れてくれた方へ


ありがとうございますm(_ _)m!!

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[良い点] 読んでて、ほんわかしたお話でした。 [気になる点] 話の終わりが、物足りなかった感じです [一言] 出来れば、もう少し、ラストのエリオット様の好意の部分を追及して話を伸ばして欲しかったです…
[一言] バーナード婿入りルートも有った感じですよね?(笑) タイトル的に断ってバーナードなのかと思ってたんで、ちょっと意外でした〜。 エリオットルートか… 皇太子妃教育大変だなぁ…(笑) ま、エリオ…
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