第95話 トゥエント
「お帰りないませ。ロディ様」
転移門を抜けた先は朝と同じく玉座の設置された部屋で、玉座の隣にはアルロンが立っていた。
「ああ。今戻った」
「お加減が良くないようですが、何か有られましたか?」
確かに、マリスの話を聞いて少し元気がないのは事実だが、俺の顔は仮面で隠されている。
一才表情を確認することは出来ないのに何故わかるんだ? まるでエスパーのようじゃないか。
一瞬仮面が外れているのではないかと確認するが、仮面はいつも通り俺の顔を全て隠している。
「大丈夫だ。特に何事もない」
マリスが嬉しそうな顔をしているように見える。
もしかしたら俺はマリスに心を遊ばれているのかも知れない。
「そうですか。それで魔流族との交渉は上手く行きましたか?」
「ああ。私達に力を貸すことを約束してくれたぞ」
「それで要求された報酬はいくらですか?」
「働きを見てから決めてくれて良いと言っていた。もちろん働きに相応しい報酬は払うつもりだ。アルバス国王の私財からな」
アルロンが驚いた顔をしている。アルロンのこんな顔を見たのは初めてかも知れない。
「バトウがそんな条件で依頼を受けるとは信じられません...。改めてロディ様の凄さを感じます。流石はマリス様がお認めになったお方です」
そんなことを言われても俺は特別何かをした記憶はない。
ただ自分の気持ちを正直に伝えただけだ。
「それで、どれくらいでアルバスに侵攻することが出来るのだ?」
「ロディ様がお望みでしたら明日にでも攻めこむことが出来ます。アルバスを攻める兵力は全てこの城にいる兵となりますので」
アルバスに侵攻をするなら早いに越したことはない。
「カロラスからバトウの村に帰るのにどれくらい時間が掛かるかわかるか?」
「おそらく移動には馬を使っている筈です。本日の夜には戻れることでしょう」
「では今夜バトウの村へ向かい、最速で動ける日程で頼むとしよう。アルロンはいつでも軍を動かせる準備をしておいてくれ」
「はっ!」
今まで戦争などとは全く関わりのない世界で生きてきたんだ。
当然軍の指揮などとったことはない。
今回の戦いは絶対に負ける訳にはいかない。ここは経験豊富な者に任せるのが最良だろう。
「こんな大切な一戦で、初陣の私が指揮をとるわけにもいくまい。今回の戦の指揮はマリスかアルロンに任せたいと思うが、問題はないか?」
「私はロディ様の傍でその身をお守りしたいと思います。軍のことはアルロンに任せます」
「わかりました。私の全てを持って勝利をお約束致します。ですが、ロディ様がいる中で私が総指揮というのは問題がございます。あくまでロディ様の意思を伝える立場ということにさせて下さい」
確かに俺も一緒に軍に加わっているのにアルロンが総指揮官というのは変な話だ。アルロンのいう通りにしよう。
何かアルロンの手柄を奪うみたいになって嫌だが、やって貰った分には俺が応えればいい。
「苦労を掛けるが宜しく頼む」
「戦になればトゥエントの力が役に立ちます。トゥエントを連れて行って下さい」
マリスの口から出たトゥエントという名前。
以前アルバスの侵攻をアルロンと共に防いだと言われていた者だ。
「そのトゥエントと言うのは誰だ?」
「近接戦闘ならケルティアで並ぶ者はいません。トゥエントがいれば1人で兵士1000人分以上の戦力になることでしょう」
それは凄いな。それが事実なら近接戦闘においてはマリスをも上回るということになる。
そんな人材がケルティアに居るのならば、ぜひ戦場に付いてきて貰いたいものだ。
ん? マリスがトゥエントの話を出した後からアルロンの表情が思わしくない気がする。
「...トゥエントなのですが、ケルティア軍を抜けると言い出し、説得したのですが私では無理でした...。マリス様には早くお伝えしなければと思っていたのですが...」
「!? 何故トゥエントが...私が...」
そこまで言いマリスは言葉を止める。
マリス自身にもトゥエントが軍を抜けようとする理由はわかったみたいだ。
そう。おそらく理由は俺だ。
マリスに忠誠を尽くしていた者が、いきなり出てきたどこの馬の骨ともわからない男に忠誠を尽くせと言われても受け入れるのは難しいだろう。
みんながみんなアルロンのような者ばかりではない。
「トゥエントが軍を抜けたいと言い出したのは領主がマリスから私に変わったからだな?」
アルロンは黙って頷く。
「トゥエント...」
マリスが悲しそうな顔をする。
辞めたがっている者を無理矢理戦わせても指揮が下がるだけだ。
だが、優秀な人材が辞めるというのに何もしないほど俺は諦めが良くない。
「トゥエントと話がしたい。現在の居場所はわかるか?」
「おそらく自宅のあるルーベルに居るとは思いますが、ロディ様のお話を聞いてくれるかはわかりません...」
「私が行き、トゥエントと話をしてみます。ロディ様はこの城でお待ち下さい」
確かにマリスに任せるのが一番良いかも知れないが...。
「いや。ここは私が直接話をしてみたい」
「...わかりました。私もルーベルには付いて行きます」
どの道ルーベルに行くにはマリスの転移門にお世話になることになる。
1人であまり知らない土地にいるのも怖い。
気になるのはトゥエントがそれだけの人物なら、既に他の四魔将が接触をしているのではないかということだ。
「トゥエントがケルティアを抜けようとしていることは他の四魔将にも伝わっているのか?」
「この地の情報は他領にも伝わっている筈です。おそらく数10人の間者が紛れ込んでいる筈ですからね」
他の領主のスパイがケルティアにいるということか。
まぁ、敵という訳ではないがライバルの情報を知るというのは重要なことだ。俺でもそうするだろう。
「既に他の四魔将に勧誘され鞍替えしている可能性もあると思うか?」
「それだけは絶対に有り得ません。トゥエントが他の四魔将に仕えるということは絶対にないと断言出来ます」
全く考えることもなく、直ぐにアルロンから返事が返ってくる。
これだけ言うということはアルロンには確信があるのだろう。
「マリス。トゥエントの元へ転移門を頼む」
「はい!」
マリスが転移門を発動させる。
「ロディ様の成功を祈っております」
アルロンを残し俺達は転移門を潜った。
転移門を抜けた先は1軒の家の前だった。