第94話 サーダンとサマール
部屋の中へ入ると、部屋の中央にベッドが置かれており、そのベッドでは白髪の魔族の男が寝ていた。
紫がかった皮膚をしているが、それとは別に明らかに青白い顔色をしている。
青白い皮膚は健康的な魔族にもいるのでおかしくはないが、この男は明らかに不健康な顔色に見える。
「久し振りですね。サマール」
「マリス様!?」
男はマリスに気が付くとベッドから身体を起こそうとするが、力足らずのためか身体を起こせないでいた。
「そのままで構いません」
「マリス様にこんなお姿をお見せしてしまうとは...申し訳ございません...」
マリスはサマールに近付き身体をじっくりと見渡していく。
その表情は何かシックリしない顔をしている。
「これは単なる病ではありませんね。毒による影響を受けているでしょう」
サマールが驚いた顔をする。
単純に自分の状態は病によるものだと思っていたようで、毒による影響だとは微塵も思っていなかったようだ。
「これは何の毒でしょうか?」
マリスがサーダンに視線を向けると、一瞬サーダンが焦ったように見える。
「な、何故私に聞くのでしょうか...? 私は父上の身体が毒に蝕まれていることなど知りませんでした」
今のサーダンの対応で全てがわかったな。
おそらくサマールに毒を盛ったのは息子であるサーダンだ。
サマールが倒れれば自分がこの街の当地者になれると思ったのだろう。
実際、その目論みは上手くいったのだが、この場所にマリスが来たことが運の尽きだったな。
「まぁ、どんな毒であろうと関係ありません」
マリスがサマールの身体に軽く触れる。
『全状態異常回復』
マリスが魔法を発動させると暖かい光がサマールを包みこみ、みるみる内にサマールの表情が穏やかな表情へと変わっていった。
「おぉ...あんなに苦しかったのがまるで嘘のようだ...」
サマールがベッドの上で身体を起こす。
その姿に先程までの病人感は全くない。
「父上...お元気になられたのですか...?」
「ああ。マリス様のお陰でな」
「本当に良かった! ずっと心配していたのです」
サーダンがサマールに近付くと、サマールはその拳でサーダンの頬を殴り付けた。
「ち、父上...一体何をするのですか...」
サーダンの顔が横に揺れる。かなり強烈な拳だったのだろう。
「地位欲しさに父親の命を狙うとは何事だ!」
サマールの顔からは怒りが見える。とても先程まで伏せっていた男とは思えない。
「父親! 私がそんなことをする筈がないではないですか!?」
「黙れ! 先程のお前の態度を見ていれば子供でも気付くことだぞ」
再びサマールの拳がサーダンの頬を捉える。
「ぐはっ!」
サーダンが地面に手を突く。
頬は赤くなり、見るからに痛そうだ。
「マリス様。今回の件は私からリカルド様にお伝えさせて頂きます。サーダンにはそれ相応の処分が下されることでしょう」
「貴方の実の息子ですよね? 宜しいのですか?」
「罪を犯した者は裁かれるべきです。例えそれが我が子だとしても変わりはありません」
やはりサマールという男はサーダンとは違い、しっかりとした男のようだ。
俺なら自分の息子が罪を犯したとしても裁くことは出来ないだろう。
「わかりました。貴方にお任せします」
「命を救って頂き本当にありがとうございました。このご恩は忘れません。リカルド様には会っていかれないのですか?」
「私達にはやらねばならないことがあるので、リカルドに会うのはまたの機会に致します」
「中々マリス様に会えないとリカルド様が寂しがっておられましたよ。昔はいつも一緒に居られたのに...」
リカルドとマリスは特別な関係にあるのか? 話の流れから行くと昔の男のようにも聞こえるが、今も関係が続いているかも知れない。
マリスが他の男とと想像すると嫌な気分になってしまう。
「ところでそちらの方は一体何方でしょうか?」
ずっと伏せっていたなら俺の存在を知っている訳がないか。
わざわざサーダンが国内のことを父親に報告しているとも思えない。
「私の跡を継いで四魔将になられたロディ様です」
「これは失礼致しました」
サマールが俺に向かって深く頭を下げる。
マリスとリカルドの関係が気になってしまい俺は反応が出来ない。
「それでは私達はルクザリアへと戻ります。リカルドには会いたいなら貴方が来なさいと伝えておいて下さい」
「はっ! かしこまりました」
サマール親子を部屋に残したまま俺達は部屋を出て行く。
ルクザリアに戻る前にバトウに一声掛けようと、バトウのいる部屋へと戻っていく。
戻る途中で、俺は気になったことを直接マリスに聞いてみた。
「ところでお前とリカルドはどんな関係なのだ? 先程の話を聞く限りただの知り合いという関係ではなさそうだが?」
「ロディ様は私とリカルドの関係が気になるのですか?」
「別にそういう訳ではないのだが...」
苦しい言い訳だ...。気にならないのなら聞く必要がない。
マリスに聞いている時点で、俺が気にしていることは伝わっているだろう。
「ふふっ」
マリスが妖しい笑みを見せる。
「そうですねー。私とリカルドの関係を一言で言えば、お互いに身体の隅々まで見せ合った関係というところですかね」
身体の隅々を見せ合った。
言い方を変えて言っているだけで、つまりはそういうことなのだろう。
マリスが過去にどんな男と関係があろうと、俺に何か言える筋合いはない。
「そうか。それで現在でもその関係は続いているのか?」
マリスが少し考えてから返答する。
仮面のお陰で表情は漏れていないが、内心今の俺は心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしている。
自分がマリスに気持ちがあるかはわからない。
だけどマリスが他の男と一緒に居ることを考えると嫌な気持ちになる。
大好きな姉を他人に取られたような感覚になっているのかも知れない。
「私とリカルドの関係は切っても切れる関係ではないので、死ぬまで一生続いていくと思います」
「そうか...」
決定的な一言を聞きショックは受けたが、マリスが選ぶくらいの男だ。
マリスに相応しい立派な奴に決まっている。
逆に俺のせいで2人が会える機会を減らしてしまって、悪いことをしているかも知れない。
バトウが待つ部屋に戻り挨拶を交わした後、俺達は再び部屋を出る。
「それではルクザリアへ戻りましょうか」
「あ、ああ...」
マリスがルクザリアへと繋がる転移門を開き、複雑な心境のまま俺は転移門を潜った。