第90話 依頼達成
全ての能力値で俺を上回る敵を倒すなど、文字通り本当に命懸けだ。
だが、アイツは1匹だがこちらには仲間がいる。その点が唯一俺が優位に立てるポイントだ。
密集していては一気にやられる可能性があるので、俺とヘクトルは左右に大きく広がり銀狼に接近して行く。
その中央の後方から、かなりの距離を取りながらマリスとミラが接近する。
銀狼の視線がギロリとヘクトルを睨む。
「こっちを見てるな? 掛かってこい!」
銀狼がヘクトルに向かい走り出す。
先程よりも速度が上がっているため、直ぐにヘクトルの目の前まで接近する。
銀狼が右腕を上げるのと同時にヘクトルが斧を前に出す。
斧で降り下ろした右腕を受け止めるが、かなりの衝撃でヘクトルが後ろに後退りする。
「何とか耐えられるな。ありがとうマリスさん」
ヘクトルと俺にはマリスの強化魔法が掛けられている。
そうでなければとても攻撃を受けきることは出来なかっただろう。
「今度はこっちの番だ!」
ヘクトルが斧を振り回すが銀狼には当たらない。
マリスが掛けた強化魔法により全ての能力が上がっていたとしても元々の速さにかなりの差がある。
身構えている相手に攻撃を当てるのはかなり難しいだろう。
2人が交戦している中、俺は銀狼に迫り背後から攻撃を仕掛ける。
『火球』
背後から放った魔法だったが、銀狼はこちらを振り向くことなく簡単に避ける。
魔法を避けられた俺は、そのまま接近して背後から殴り掛かる。
俺の攻撃にタイミングを合わせてヘクトルが前から切りかかる。
2人の攻撃を回避するため、銀狼が大きく飛び上がった。
そこにミラの放った火球が飛んで行く。
向かってくる火球に対して、銀狼の口から風刃が放たれる。
2つの魔法は衝突するとミラの放った火球は消滅して、そのまま風刃がミラの元へと飛んで行く。
魔力に大きな差があり、優位な魔法でも逆転されたのだ。
魔法は一瞬でミラに迫り、ミラは避けられそうにない。
「きゃっ!」
マリスが一瞬でミラの前に立つと魔法を握り潰した。
「ロディ様の命です。ミラ様には傷1つ負わせませんから」
「マリスさん。ありがとう」
ミラはマリスに任せておけば大丈夫だ。
俺とヘクトルは再び接近戦を続ける。
両サイドや前後、常に2人で位置を取りながら優位な体制で攻撃を続ける。
マリスの強化魔法のお陰で2人合わせれば何とか戦い続けることが出来る。
更には遠距離からのミラの魔法援護。お互いに攻撃を受けることはなく、戦いは続いていたが俺達の身体に変化が見られた。
「はぁ、はぁ、はぁ...」
いくら強化魔法により体力も強化されてるとはいえ、これだけの力を使い戦い続ければ、体力の消耗は普段よりも激しくなる。このまま戦い続ければジリ貧だ。
「ヘクトル。残りの体力はどう?」
「かなり疲れたな。早く帰って何か食べたいぞ」
「俺も一緒だよ。そろそろ終わりにしよう」
「よっし! やるぞ!」
お互いに防御を捨てて攻撃に全てを集中する。
少しだが、銀狼に攻撃が当たるようになる。
その分こちらも銀狼の爪によって身体を傷付けられていく。
「うぉぉぉ!」
隙を付いて俺は銀狼の首元ににしがみつく。
この位置なら噛み付くことは当然、爪により引き裂かれることもない。
俺を降り下ろそうと銀狼は首を振り回すが、ガッチリとしがみつき振り落とされないように耐える。
「このー!」
絞め殺すほどの勢いで銀狼の首を締め付ける。
苦しさから銀狼の動きが止まる。
「今だ! ヘクトル!」
俺は首を掴んだままヘクトルが攻撃しやすいように身体の姿勢を変える。
「だぁぁぁっ!」
ヘクトルの斧が銀狼に降り下ろされる。
本日三度目。銀狼の身体が切断される。
流石と言えば良いのか、一度目二度目とほぼ同じ場所から2つに分かれている。
「多分これで大丈夫な筈だ」
俺は銀狼の切断面から見えている魔石を引き抜いた。
一角ウサギが復活しなかった原因が、ヘクトルが一角ウサギの身体から直ぐに魔石を引き抜いたことにあるとすれば、これで銀狼も復活しない筈だ。
予想通り既に銀狼の死亡から数分経過しているが復活する気配はない。
「おっ? 今回は復活しないみたいだな」
「うん。多分この魔石が身体から無くなれば復活することはないんだと思う。でも念のために死体の方は処分しておこう。ヘクトル。頭だけ落として貰っても良いかな?」
ヘクトルに頼み、討伐証明部位になる頭部だけを切り離すと、俺は身体に火球を放ち燃やした。
流石に大丈夫だとは思うが、もし復活するようなことがあり、更に強くなってしまっては手が付けられなくなってしまう。
俺は回収した銀狼の頭部と魔石を異空間収納袋へと収納した。
「さぁ、これで依頼は達成だ。スタンリスへ戻るとしよう」
何故、こんな魔石が存在しているのか気にはなるが、俺に何とか出来るような問題ではない。
とにかく今回のことを早くゼロムスに報告しよう。緊急性がある案件だとすればギルドが動いてくれるだろう。
銀狼の討伐を終わらせた俺達はギルドに報告をするためスタンリスへと向かった。
スタンリスへ戻りギルドに報告に行くと、ギルド内にはゼロムスの姿があった。
確か、何か用事があり銀狼の討伐には行けないと言っていた筈なのだが...。
「おう。戻ったか。それで銀狼の特殊個体を見付けることは出来たのか?」
俺は異空間収納袋から銀狼の頭と進化の魔石を取り出し、戦闘で起こったことを全てゼロムスに説明した。
「進化の魔石にそんな力が...そんな話は聞いたことがないのだが...」
進化の魔石にも色々あるのが今回判明している。
マリスが知っている青色の進化の魔石。
ゼロムスの知っている赤色の進化の魔石。
更には今回の死んだ魔物を復活させ強くする進化の魔石。
「今回の情報はかなり助かったぜ。お前の話が事実ならただ闇雲に倒していては魔物がドンドン強くなっちまうだけだからな。今回の件は上の人間にも報告しておく。その魔石を貰うことも可能か?」
「はい。大丈夫です」
進化の魔石を持っていたところで使い道はない。正直、こんな物騒な物はギルドで保管してくれるとこちらとしても助かる。
「助かるぜ。これは今回の報酬だ。それと後の2人もDランクに昇格させておくからな」
「オッサン。ありがとう」
「ありがとうございます」
銀狼討伐の報酬を受け取り、ヘクトルとミラはDランクへの昇格を果たした。
俺達がDランクになった時に2人は居なかったから今昇格させたというところだろう。
「もう時間は十分に過ぎてるからファヴァルさんのところへ魔剣を受け取りに行こう」
俺達は修復の終わった魔剣を受け取るため、ギルドを後にしファヴァルの工房へと向かった。




