第87話 シルバーウルフ
「アンタのことだ? 銀狼を発見するための探知なんかは当然使えるんだろう?」
ゼロムスの視線がマリスに向く。俺には嫌な予感しかしない。
「使えますが...」
「だよな!? だったらこの依頼にはアンタ達がピッタリじゃないか!」
前言撤回しておく。どうやらゼロムスの言っていた心当たりとは俺達のようだ。
「いや、Bランク以上の冒険者が必要って話でしたよね? 俺達はDランクなんですけど...」
正直Dランク以上の実力を持っていることには自信あるが、流石にAランクやBランク程の実力があるとは思えない。
あくまでもマリスを除けばというのが前提になるが。
「何を言ってるんだ? この姉ちゃんなら余裕でSランク以上の実力があるじゃないか!? たかが銀狼の特殊魔物くらい1人でも充分だろ?」
ゼロムスが言っていることは正論なのだが...。
「実はマリスに戦闘行為をさせるのは母さんに禁止されてるんです。回復や補助なんかは問題ないんですけど...」
「まぁ、確かに姉ちゃんが戦闘に加わったらお前達は一切必要なくなっちまうよな。レベルアップの為に手を出すなって言われたってところか...」
「はい。探知の協力をすることは可能ですが、戦闘に参加するのは...」
「うーん...」
ゼロムスが頭を抱え込む。完全に俺達を宛にしていたのが、当てが外れたというところだろう。
直ぐに依頼を受けることが出来るBランク以上の冒険者など、そうそう居るものではない。
「だったらお前が何とかしてくれないか? 意思持つ剣もあることだし、この姉ちゃんの援護があれば倒せるんじゃないのか?」
「意思持つ剣はファヴァルさんに返しちゃいました。ゼロムスさんが直接向かうことは出来ないんですか?」
ゼロムスだって余裕でSランク冒険者くらいの力はある筈だ。
「俺はどうしても他にやらなければいけないことがあってな。お前は街の人間が犠牲になっても良いって言うのか?」
「それは...」
街の人間に被害が出ない一番確率が高い方法。
それはマリスが特殊魔物を討伐すること。
エレンの約束があると言っても人命には変えられない。
流石にエレンもこの状況で戦うことを禁止はしないだろう。
だからと言って、勇者の時はマリスの力を借りないと決めたのを完全にマリス任せにするのはどうかと思う。
自分が何とかするという気持ちで挑まなければいけない。
「わかりました。俺達に可能かはわかりませんが、精一杯やってみます」
「受けてくれるか! なぁに、いざって時は姉ちゃんが力を貸したとしても、エレンにゃバレないから安心しろ」
ゼロムスはエレンの怖さを知らないから気楽に言えるんだ。
マリスには戦わせない。基本はそれを守れるようにする。
いざとなればマリスが居るなんて考え方を持っていては、いつまで経っても俺は本当の勇者にはなれない気がする。
「それではこれをご確認下さい」
ギルド職員が今回の依頼書をカウンターに広げる。
〖指名依頼〗
スタンリス近郊に出現した銀狼の特殊個体の討伐。
倒した証明として特殊個体の頭部を提出。
期限は本日中で報酬は1万コル。
普通ならBランク以上の依頼となる筈だが、指名依頼とすることでランクの指定をしなくても良いようにされている。
「こちらで宜しかったでしょうか?」
「はい。お願いします」
「それでは討伐に向かわれるパーティー全員のギルドカードを提出して頂けますでしょうか?」
危険だからと言って、流石にヘクトルとミラを置いていく訳にはいかない。
「ちょっと待って下さいね」
俺は思念通話を使い銀狼の討伐の件と、2人にギルドに来るように伝えた。
5分程経過するとミラが。10分程経過するとヘクトルがギルドに姿を現した。
ヘクトルの口の回りにはソースのような物が付いている。ギリギリまで食事をしていたのだろう。
「それじゃあ皆のギルドカードをお願い」
4人はギルドカードを提出し、職員が依頼の処理をする。
「お待たせしました。依頼の受注手続きは完了致しました」
返却されたギルドカードを其々が受け取る。
「それじゃあ聞いた場所に今から向かいますね」
「おう。頼んだぞ」
ゼロムス達と分かれ街の出入り口へと向かう。
「今回の魔物はかなり強いんだろ?」
「ああ。俺達じゃ手に負えない魔物の可能性もある。無理はしないで危険だと思ったら距離を取るようするんだ」
「まぁ、俺達なら何とかなるさ!」
相変わらずヘクトルは気楽そうだ。
まぁ、それなりに打たれ強いヘクトルはともかく、ミラは注意をしなければならない。
軽い攻撃だろうと一撃貰っただけで死んでしまう可能性があるからだ。
基本マリスにはミラの安全を一番に優先するように指示を出してあるので、余程大丈夫だとは思うが...。
街の出入り口から外に出たところでマリスが足を止める。
『探知』
マリスが右手を上げると、その手からは魔力が放たれ辺りに広がっていく。
「ロディ様。北の方角からこちらの方に向かってくる魔物の反応があります。その数1。かなりの速度で迫ってきているので、後15分もすればこの街に到着致します」
「その魔物が特殊個体の銀狼だと思うかい?」
「この周辺の魔物の中では明らかに飛び抜けた強さを持っています。おそらく間違えないかと思われます」
不味いな...。この街の周囲で戦えば街や街の人間に被害が出てしまう可能性がある。
「こっちからも魔物の元へ向かおう。戦闘になるなら少しでも街から離れたところでした方が良い」
俺達は全速力で北へと走って行く。
10分程経過すると目の前に真っ黒な体毛に包まれた狼が姿を現した。
かなりの速度で走ってきていた狼だったが、俺達の姿を視界に捉えるとその足を止めた。
俺とヘクトルは直ぐに戦闘体制に入るが、軽く息切れをしているミラは体制を整えるのに少し時間が掛かる。
「本当に真っ黒な狼だな...。流石にこれを見て銀狼だとは思わないだろうな」
狼の能力値を確認しようとすると、狼が口を開ける。
狼の口に魔力が集まり、風の魔法が発動する。
「ヘクトル!」
狼の口から放たれた風刃は真っ直ぐにヘクトルへと向かって行った。