第85話 襲われた冒険者
ファヴァルの工房に近付くと工房の中からカーン! カーン! という金属音が聞こえてくる。
「失礼します」
一声掛け工房の中へと入ると、ファヴァルは仕事中のようだった。
頑丈そうな金属製のテーブルに置かれた真っ赤に熱した金属に向けて槌を叩きつけている。
俺に気付いたファヴァルが作業の手を止める。
「おう。早かったな。ミスリルの方は手に入ったのか?」
「はい! 手に入れました。今はお仕事中ですか?」
「ああ。お前の剣の柄を作ってたんだ」
ミスリル製の剣とはいえ、柄までミスリルにはしないということか。
俺がミスリルの入手に成功するかわからないというのに製作を始めるというのは、俺がミスリルを手に入れて来ると確信していたのだろうか。
「これがミスリルです。ギルドの職員さんが加工してくれました」
異空間収納袋からミスリル鉱石を取りだし床に積み上げていく。
流石に20キロもあれば足りないということはない筈だ。
「これだけの量を手に入れたのか? お前に作る剣にはこの半分もあれば十分だぞ?」
「では残りはファヴァルさんへお渡ししますので、自由に使って下さい。それが剣を作って頂く代金ということで」
名工といわれるファヴァルに対しての相場として適正かはわからないが、元々ミスリルさえ手に入れれば無料で打ってくれると言われていたので、そこは気にしなくても良いだろう。
仮に払い過ぎだとしてもミスリルの使い道なんて、金に変えるくらいしかないのだから。
「元々無料で作ってやると言ってたんだ。流石にこれはやり過ぎだと思うぞ?」
「どうせ俺が持ってても使い道はありませんし、依頼を達成出来たのもお借りした意思持つ剣のお陰ですからね」
俺が意思持つ剣を返すため腰のベルトを外そうとするとファヴァルがそれを制止する。
「それは新しい剣にも使えるし、お前が持っているといい。剣だけ返してくれればいい」
ファヴァルに言われたとおりベルトから鞘を外し、鞘に入った意思持つ剣をファヴァルに渡す。
「この剣が欲しいか?」
意思持つ剣が欲しいかと言われれば欲しいに決まっている。
たが、今の俺には身の丈に合ってない武器だというのは間違えないし、それに...。
「いえ。俺にはファヴァルさんに打って貰う剣がありますから」
ファヴァルがニヤリと笑う。
「そうか。ではミスリルの方は貰っておくが、もし何か武器が必要になれば遠慮なく言いにこい。俺が出来る範囲なら力になってやる」
ありがたい。戦いを続けていればこの先武器が必要になる機会は必ずある筈だ。ファヴァルに力を貸して貰えるならこれ以上に心強いことはない。
そう言えばエレンから修復を頼まれていた剣があったな...。
「ありがとうございます。実はもう1つファヴァルさんにお願いしたいことがあるのですが」
俺はエレンから預かった剣を異空間収納袋から取りだし、ファヴァルに差し出す。
「母さんに頼まれたんですが、この剣の修復をお願い出来ますか?」
ファヴァルが俺の手から剣を受け取るとじっと見詰める。
「これは...魔剣か...」
魔剣の修復を頼まれて良い顔をする鍛冶帥はいない筈だ。
魔剣の取り扱いには常に危険があるイメージがある。
「まぁ、これくらいなら2時間もあれば終わるだろう。ミスリルの件もあるし料金は必要ないぞ。2時間後に取りに来るといい。お前の剣が完成するのは明日以降になるが問題はないか?」
「お願いします」
「それじゃあ早速始めるとするか」
ファヴァルは魔剣を持って工房の奥へと姿を消して行った。
「3人とも待たせることになってゴメン。剣の修復に2時間くらい掛かるみたいだ」
「別に問題ないぞ。その間に美味い飯でも食べてれば良いしな!」
「私も大丈夫よ。少し見てみたいお店があったから、行ってみたいな」
「それじゃあ2時間は自由行動にしようか? 2時間後にこの工房に集合で」
「了解!」
話が終わるとヘクトルは直ぐに工房を飛び出して行った。
間違えなく食べ物屋に向かったのだろう。
「それじゃあまた後でね」
ミラも工房を出て行く。
この場には俺とマリスの2人だけが残ることとなった。
「マリスもどこか行きたいところがあったら行っても良いんだよ?」
「私はロディ様のお側を離れませんよ」
「それじゃあ軽く食事でもしようか?」
「はい」
俺達も工房を後にし、街の中を適当に歩いていると小さなレストランを発見した。
レストランで1時間程潰してから外に出ると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
声の聞こえた方に向かうと、大怪我を負った冒険者の姿があった。
街の人間だろうか? 冒険者の回りには10人近い人間が集まっている。
「うっ...うぅぅ...」
「誰か急いで治療師を呼んでこい!」
「この傷じゃあ...」
事態は一刻を争いそうだ。
あの傷では治療師が来るのを待っていられる余裕はない。
それに治療師が間に合ったとしてもあれだけの傷は...。
「マリス!」
「はい。ロディ様」
マリスが怪我を負った冒険者に近付きその手をかざす。
冒険者は身体のいたるところに爪で引き裂かれた跡や、噛み千切られたような跡がある。
左腕は肩から20㎝程を残して切断されてしまっているのだが、その傷は他の傷とは違い綺麗な切断面をしていた。
『完全回復』
マリスが回復魔法を掛けると身体中の傷がふさがっていき、切断されていた左腕が生えてきた。
「痛みが...なくなっていく...」
「すっ、凄い...あの傷が治るなんて...」
この場にいる人間が皆驚いている。
切断された腕を再生させる程の回復魔法を使える人間など、そうそういるものではないからだ。
「本当にありがとう。俺の名前はクラーク。Cランクの冒険者だ」
治療が終ったクラークは何があったかを話し出した。
どうやらクラークの話では街から近い場所で魔物に襲われたそうだ。
だが、スタンリス周辺にCランクの冒険者で太刀打ち出来ないような魔物は居ない筈だ。
仮に100匹の群れとかなら話は変わるが、襲ってきた魔物は1匹で、しかも銀狼らしい。
〖銀狼〗
その名の通り銀色の体毛に覆われた狼で、素早い動きを生かしその爪や牙で攻撃をする。
確かにスライムなどに比べれば強い魔物だが、Dランクの冒険者でも倒せる程度の強さで、Cランクの冒険者なら正直、目を瞑ってても勝てるような相手だ。
「Cランクの冒険者が銀狼にそんな目に合わされたっていうのかい? バカを言うんじゃないよ」
「そうだよ。銀狼くらいならDランクの冒険者にだって倒すことが出来るぞ。何か別の魔物じゃないのか?」
別の魔物だとしたらそれこそ問題だろう。
街の近くにCランク冒険者でも敵わないような魔物が出現するということになる。
その危険度は相当なものだ。
「いや...見た目は真っ黒な見た目をしていたが、あれは絶対に銀狼だった。能力値を確認したし間違えない。ただ...」
クラークの顔が凍り付く。襲われた時の記憶が甦っているのだろう。
「あの銀狼は風の魔法を使ったんだ...俺の左腕はその魔法でやられた...」
銀狼が魔法を使うなんて話は聞いたことがない。
そもそも見た目が黒という時点で銀狼を否定している筈なのだが...。
普段なら俺も銀狼以外の魔物だと疑うところだが、今は1つの心当たりがある。
そう。朝に遭遇した一角ウサギだ。
あの一角ウサギも本来ならば使えない筈の魔法を使用していた。
街の周辺にたまたま特殊魔物が2匹も出現するなんて考えにくい。
気になった俺はクラークから詳しい話を聞いてみることにした。