第80話 ミスリルゴーレム
「一体何が...」
未だに俺には何が起こったのかがわからない。
地面に垂れる血液から背中に傷を負ったのだと気付き後ろを振り返る。
「えっ...?」
そこには剣を握り締めているザックの姿があった。
その剣にはベットリと血液が付いていて俺はザックに背中を切られたのだと気付く。
「ザ、ザックさん...何故...?」
「何故って? それはこの剣を手に入れるためだよ」
ザックが俺の手から意思持つ剣を奪う。
傷を負い身体に力の入らない俺にはそれを阻止することが出来ない。
「鞘から抜かれさえすれば俺でもコイツを使うことが出来るからな。異空間収納はお前を殺した後で頂くとして、先ずはミスリルゴーレムを倒すとするか。お前達! コイツらを逃がすんじゃないぞ!」
帰り道にバーツとジェニーが立ち塞がる。
この狭い道では2人を避けて通ることは出来ない。
「ミスリルゴーレムを倒した後で全員まとめてあの世に送ってやるから待ってな!」
ザックが1人ミスリルゴーレムの元へと向かう。
「ロディ様!」
マリスが俺の元に近付き背中に手をかざす。
『完全回復』
切られたのは背中なので自分で傷口を確認することは出来ないが、痛みが引いていくことから治療されているのを感じることが出来る。
「助かったよ。マリス。でも意思持つ剣が奪われてしまった...」
「愚かな男です。あの剣を手に入れたところで、あの男にミスリルゴーレムを倒すことは出来ないでしょう」
どういうことだ? ミスリルゴーレムには意思持つ剣でも通用しないということだろうか...。
「バーツさんもジェニーさんも何でこんなことをするんですか!?」
ミラの大きな声が聞こえてきた。
ミラとヘクトルが立ち塞がる2人と対峙している。
この状況にミラは泣きそうな顔をしている。
「何言ってるの? もうすぐBランクに上がれるっていう私達が本気でEランクのパーティーなんかとパーティーを組むと思っていたの? そんな筈がないじゃない。笑っちゃうわ」
「酷い...」
「恨むなら意思持つ剣を抜くことが出来たあの子を恨むことね」
コイツら全員、最初から俺の意思持つ剣が目当てか...。
当然こんな行いがギルドに知られれば相応の処分を受ける筈だが、俺達を殺してミスリルゴーレムに殺されたということにすれば、悪事がバレることもない。
「ミラ。コイツらは悪い奴なんだろ? ぶっ飛ばしてやろうぜ!」
ヘクトルが斧を構えるとそれに合わせてバーツも槍を構える。
バーツはCランクの戦士。能力値的にもヘクトルより優っているし、まともに戦えばヘクトルに勝ち目は薄い。
「威勢が良いガキだな。今直ぐに殺してやっても良いんだが、最後にザックがミスリルゴーレムを倒すところを見ておくと良い」
全員の視線がザックへと向く。
「さぁ、一発で決めてやるぜ!」
『剣強打!』
剣強打は通常攻撃よりも更に強力な一撃を与えるスキルだ。
俺も使えるスキルだが、ずっと素手で戦ってきたので使う機会は今までになかった。
「先ずはその腕を貰ったぞ」
ザックの攻撃がミスリルゴーレムの左腕を捉える。
だが...。
「な、何故だ...」
ミスリルゴーレムの腕にはかすり傷1つ付いていない。
『剣強打!剣強打剣強打!』
ザックは剣強打を連発してミスリルゴーレムの身体や足。頭などを切りつける。
「はぁ...はぁ...はぁ...」
先程同様ミスリルゴーレムの身体にはかすり傷1つ付いていない。
ザックの力は俺と大差ない。俺が剣強打を使ったとしてもミスリルゴーレムに傷1つ付けることは出来ないということだ。
「くっそ...何がゴーレム殺しの剣だ! 全く役に立たないじゃないか!」
一方的に攻撃を受けていたミスリルゴーレムだったが、ザックの攻撃が止まると右腕を振りかぶり、拳をザックに叩き付けた。
モロにミスリルゴーレムの攻撃を受けたザックは握っていた剣を手放し、大きく後方に飛ばされる。
「がはっ!」
背中で地面を滑ると俺とマリスの前で身体が停止する。
「ぐっ、うぐぅ...」
「残念生きてましたか...。ロディ様のお身体に傷を付けるとは、許しません」
マリスの右手がザックの頭にかざされる。その右手には大きな魔力が集まっていく。
「ヒッ...ヒィィィ...」
魔力を感じたザックの顔が青ざめていく。
「マリス! 駄目だ!」
おそらくマリスはザックを殺すつもりだろう。殺されかけたとはいえ、こんな男の血でマリスを汚したくはない。
「ロディ様...ですが...」
「そんな男、マリスが殺す価値もないよ! 止めるんだ」
「...わかりました」
マリスがザックに向けていた右手を顔から離す。
直ぐ様ザックは立ち上がりバーツとジェニーのところに走る。
「お前ら! 撤退するぞ」
「なんで? アイツから異空間収納袋を奪わなくて良いの?」
「あの女の魔力はヤバイ...明らかに力を隠していたんだろう。下手をすればAランク並みの実力を持っているかも知れんぞ」
「だけどコイツらはどうするんだ? このまま放置すれば俺達がやったことがギルドに報告されちまうぞ?」
ザックが上を見上げてニヤリとする。
「ジェニー。天井に魔法を放って崩すんだ」
ザックの言葉を聞いたジェニーがニヤリとすると、右手を天井に向ける。
『火球』
炎の玉が天井にぶつかると天井が崩れ落ちてくる。
「ミラ!」
崩れ落ちてくる天井からミラを庇うためにヘクトルがミラに覆い被さる。
崩れた天井は2人の目の前に落下し道を完全に塞いでしまった。
「はっはっは! 俺達はここで撤退させて貰うぞ。お前達はここでミスリルゴーレムの餌食となるが良い」
姿は見れないが、崩れた天井の向こう側からザックの声が聞こえてくる。
「ミラ。大丈夫だったか?」
「ありがとうヘクトル。私は大丈夫よ」
ミラを庇っていたヘクトルが立ち上がる。
「道が完全に埋まっちゃってるな。どうする?」
「取り敢えずはあれを何とかしないとね...」
ザックが居なくなったことでミスリルゴーレムの目標は俺達に切り替わったようだ。
ゆっくりとこちらに歩いてくる。
この狭い道に居ればミスリルゴーレムが入ってくることはないと思うが、下手に暴れられれば回りが崩れ、完全に生き埋めになってしまうかも知れない。
「ロディ様。これを」
マリスが俺の前に意思持つ剣を差し出す。
ザックが手放した物を拾ってくれたようだ。
「ありがとう。でも...ザックの攻撃でかすり傷1つ付いてなかったんだ。俺が攻撃したとしても通用するとは思えないよ...」
「意思持つ剣は剣が使う者を選ぶのです。鞘から抜くだけで使えると思っているのは、あの男の認識不足です」
選ばれた人間以外が使ったとしても装備出来ない武器を使っているのと一緒ということか。
「何故マリスはあの剣にそんなに詳しいの?」
「ロディ様以外に抜けたもう1人というのがエレン様だからですよ」
なるほど。そういうことか。
現状では意思持つ剣を抜くことが出来た人間は、俺達親子だけということだ。
「マリスは俺ならミスリルゴーレムを倒せると思うかい?」
「もちろんです」
マリスがやれると言うのなら何の心配をすることもない。
「よし。やってやる」
俺はミスリルゴーレムの前に立ち意思持つ剣を握り締めた。