第77話 意思持つ剣
「剣に必要なミスリルの素材だけでも2万コルはするんだぞ! 1万コルで作れとは流石にあの女の息子とはいえ、無茶が過ぎるわ!」
材料費だけで2万コルするものを1万コルで作れとはファヴァルが怒るのも当然だろう。
ミスリルの剣が高いというのは知っていたが、それ程高いとは知らなかったな...。
材料費だけで2万コルということは販売価格でいえば3~4万コルというところだろう。有名な鍛冶師が作った物ならその倍すると言われても不思議はない。
それを1万コルというのは流石にヤバ過ぎるな...。
「す、すみません...ミスリルの相場とかを全く知らなかったので...」
ファヴァルが俺の方をじっと睨む。
この状況で流石にエレンの魔剣の話を切り出すのは無理すぎる...。
「まぁ、あの女に1万コルでも出せば十分だとでも言われたんだろう。あの女が言いそうなことだ」
まさにその通り! 俺はエレンの言葉を信じただけだ。
「失礼ですが、母さんとファヴァルさんはどんな関係なんですか?」
エレンのことをよく知っているということは、ただの知り合いということはないだろう。
「あの女にはチョイと借りがあってな。それ以来武器の修復などを頼まれるんだが、流石に1万でミスリルの剣を打てというのはムチャな話だ」
確かに俺もムチャな話だと思う。仮にファヴァルが良いと言っても俺が申し訳ない気持ちになってしまう。
「本当にすみませんでした。それじゃあ俺達はもう行きますね」
ファヴァルに背中を向けて工房から出ようとすると、背中を誰かに掴まれる感覚を感じた。
「ちょっと待て」
振り返ると俺の背中を掴んでいるのはファヴァルだった。
「お前は剣が必要なんだろ? ちょっと待ってろ」
ファヴァルが工房の奥へと姿を消す。
ミスリル製の剣は無理でも1万コルで買える剣を売ってくれるのだろうか? 確かに1万コルを使って適当な剣を買うよりは、ファヴァルの作った剣を使った方が良いかも知れない。
暫く待っているとファヴァルが鞘に入った1本の剣を持って戻ってきた。
何故だろう。あの剣から不思議な力を感じる。
「この剣を鞘から抜くことは出来るか?」
ファヴァルが俺の前に剣を差し出す。
剣を鞘から抜くことが出来るかって、そんなこと誰でも出来ると思うのだが...。
俺は左手でファヴァルから剣を受け取ると、右手を柄に掛けて引き抜いた。
「おぉ...」
やはり剣は簡単に鞘から抜くことが出来た。何故ファヴァルが驚いた表情をしているのかが俺にはわからない。
「何かこの剣良い感じだ」
俺はその場で剣を振ってみたが、妙にしっくりと手に馴染む感覚があった。
今までにも剣を使ったことはあったが、こんな感覚は初めてだ。
「その剣の名前はセルンクルード。剣自身が持ち主を選ぶ剣で別名ゴーレム殺しの剣とも呼ばれている」
「持ち主を選ぶ? ゴーレム殺し?」
「その剣はミスリルだろうと簡単に切り裂く程の切れ味を持っているが、剣が自らの意思を持ち認めた人間にしか鞘から抜けないようになってるんだ。その剣を抜けた人間はお前が2人目だ」
なるほど。ミスリルですら簡単に切り裂くことが出来るなら、ゴーレムのように硬い身体を持つ魔物でも簡単に倒せるということか。
だが、それならミスリル製の剣よりも遥かに良いものなんじゃ...。
抜けない=使える人間がいなくて需要がないから1万コルで売ってくれるということなのだろうか...。
「この剣を売って頂けるんですか?」
「セルンクルードの価格はミスリル製の武器の10倍はするぞ? お前に手が出る代物じゃない」
「それではこれは?」
「その剣を貸してやるからミスリルをお前自身の力で手に入れてこい。そうしたら無理でお前の為の剣を打ってやろう」
ファヴァルは一体何を言ってるんだ? 俺にはファヴァルの言っている言葉の意味がわからないのだが。
「どういう意味でしょうか?」
「この街の西にマロウ鉱山という鉱山があるのだが、最近その鉱山にミスリルゴーレムが出現してな。その剣を使えばゴーレムからミスリルを手に入れることが出来る筈だ」
〖ミスリルゴーレム〗身体の外部がミスリルに覆われていて、物理攻撃にも魔法攻撃にも強い耐性を持っているゴーレムで、かなり強い部類に入る魔物だった筈だ。
というか以前も鉱山でゴーレムを討伐したというのに、今回も鉱山でゴーレムと戦闘とか、これが漫画やアニメだったらネタ被りで叩かれてるぞ。
「この剣を使ってミスリルゴーレムを倒せということですか?」
「仮に倒せなくとも剣1本作るくらいのミスリルなら手に入れることは出来るだろ?」
ミスリルゴーレムの腕1本切り落として、それを持って逃げてこれば素材を手に入れることが出来る。
本当にこの剣がミスリルでも簡単に切れるなら、それ程難しいことではない筈だ。
「わかりました。マロウ鉱山に行ってきます。ヘクトルとミラも良いかな?」
「おう!」
「大丈夫だよー」
俺の剣の為に2人を危険な目に合わせる訳にはいかない。道中は2人の力を借りたとしてもミスリルゴーレム自身は俺が1人で戦わないとな。
「ちなみに行くならギルドでミスリルゴーレムの討伐依頼を受けてから行かないと、マロウ鉱山に入ることは出来ないぞ。今、鉱山はギルドの管理下におかれているからな」
それは不味いな...。ミスリルゴーレムの討伐依頼となるとDランク以下の依頼とは思えない。
仮に鉱山内の魔物が雑魚しかいないとしても、ミスリルゴーレムだけでランクが羽上がってしまう。
「では今からギルドに行ってきますね」
「これも貸してやる。セルンクルードを腰に付けられる筈だ」
ファヴァルから受け取ったのは腰に巻くベルトのような物で、セルンクルードの鞘が取り付けられるようになっていた。
俺はそれを腰に付けセルンクルードを取り付けた。
「ありがとうございます」
パントの時のように、何かの間違えで依頼がDランク以下で出されていないだろうかという一部の望みに賭けて冒険者ギルドへ向かう。
過去にきた記憶を辿ると確か冒険者ギルドは街の中央辺りにあった筈だ。
街の中央に向かうと記憶通りの場所に冒険者ギルドが建っていた。
クレイアのギルドに比べると半分くらいの大きさの建物だ。
ギルドの中へ入ると、人の数はまばらで全員合わせても10人にも満たない。
依頼の張り出されている壁へ向かいミスリルゴーレムの討伐依頼を探す。
依頼は直ぐに見付かったが、残念なことにDランクどころかAランクの討伐依頼だった。
「やっぱり今の俺達じゃ無理か...」
「君? その剣はもしかしてセルンクルードじゃないかい?」
俺が大きく溜め息を吐いていると、ギルドにいた剣士風の男が声を掛けてきた。