第73話 貴族の妻
転移門を抜けた先はパント男爵と会見をした部屋の中だった。
部屋の中にはパントの姿しかなく、俺達3人がいきなり目の前に現れたことで、パントはとても驚いた顔をしている。
「お父様。ただ今戻りました」
リーリエがパントに一礼をする。
「リ、リーリエ...本当にリーリエなのか?」
パントは未だにこの状況が受け入れられないようだ。
まぁ、転移魔法のことを知らない人間からすれば、突然何もない場所から人が現れれば理解に苦しむのもわかるが。
「はい。リーリエです。ロディが私を助けてくれました」
「し、しかし突然この場所に現れたのは一体...」
「それはマリスの使う転移魔法です」
俺はパントに転移魔法のことを説明した。
やはり転移魔法自体はそれほどメジャーなものではないため、パントくらいの人間にはその知識がなかったようだ。
「そうか...それは良かった。お前が無事に帰ってきてくれて何よりだ。ところでその格好はどうしたのだ?」
「あ! 直ぐに戻りますので少し待ってて下さい」
リーリエが駆け足で部屋を出て行く。
部屋の外から兵士が歓喜する声が聞こえてくる。
リーリエの無事を確認して兵士達も喜んでいるんだろう。
「この度はご苦労だったな。流石はエレン殿の息子だ。私はそなたが吸血鬼を倒せると信じておったぞ」
よくもそんな嘘が吐けるな。どう見ても俺が吸血鬼を倒せるなんて思ってなかった筈だ。
「私だけの力ではありません。マリスの力がなければ倒すことは出来なかったと思います」
「吸血鬼に対抗する力を持ち転移魔法を使うことも出来るとは...どうだ? そなた私に仕えぬか? 給金は弾んでやるぞ?」
「ありがとうございます。ですが、私は一生ロディ様に支えると決めておりますので」
当然のようにマリスは即答だった。そもそもマリスは金で動く様な女性じゃない。
「そうか...残念だが仕方あるまい。そなたが達成したことはギルドに報告しておくので、ギルドを通して報酬を受け取ってくれ」
「ありがとうございます」
念のためにパントにもアルフレッドのことを話しておくか。
アルフレッドはリーリエを妻にしたいようだし、流石にパントに何かをするということはないと思うが、用心しておくに越したことはない。
俺は吸血鬼を倒した後で、アルフレッド達が現れてそこから起きた出来事をパントに説明した。
「そうか...アルフレッド様が...」
「はい。私に恨みを抱いているようなので、パント男爵に何かをすることはないと思いますが...」
「まぁ、何かあればリーリエをアルフレッド様に嫁がせるとしよう。出来ればリーリエは公爵家に嫁がせたかったのだが、無理ならば侯爵家でも良いだろう」
貴族の最高位が公爵でその次が侯爵だった筈だ。男爵家の娘が侯爵家に嫁げるなら充分だとは思うのだが、リーリエ本人はアルフレッドの妻になることを望んでいる感じはしなかったな...。
この世界では愛のない結婚など普通のことなので、その件に関しては俺が口を出す問題ではないが。
リーリエが部屋を出て行ってから10分程経過しただろうか。ドレスの様な格好に着替えたリーリエが部屋へと戻ってきた。
「ロディ。これありがとうね」
リーリエが脱いだ俺の着替えを差し出す。
リーリエから着替えを受け取った瞬間に鼻に良い匂いが漂ってくる。
1時間くらい着ていただけだと思うが、俺の着替えにはリーリエの良い香りが染み付いていた。
何故、女性はこんな良い匂いがするんだろうか。転生前からずっと思っていたことだ。
俺は匂いが残った着替えを異空間収納袋へと収納した。
リーリエが更に俺に近付き耳元に顔を近付ける。
「ねぇ? 裸でいたってことは私って汚されちゃったのかな?」
リーリエがパントに聞こえないくらいの小さな声で俺に問いかける。
その表情は明らかに不安な顔へと変化している。
リーリエには操られていた時の記憶がない。裸でいたとなれば何かをされたと思うのが当然だ。
「大丈夫だよ。リーリエの身体は綺麗なままだから」
「本当に? だったらロディで確かめさせてくれる?」
「なっ!?」
リーリエが見たことのないような妖艶な顔をする。
俺で確かめるとは...つまりそういうことだよな...。
リーリエがニッコリとした笑顔を見せる。
「冗談よ。ロディの言うことを信じるわ」
「ビックリしたなー。焦らせないでよ」
「半分は本気なんだけどね...そう遠くない未来私は誰かの妻になることになる。出来れば自分が好きになった人と結婚したかったけど、男爵家の娘となればそんなこと言ってられないしね...」
リーリエが悲しそうな顔をする。
だが、そんなリーリエに対して俺は何を言えば良いのかわからない。
俺が貴族ならまだしも、ただの冒険者なのだから。
1つ方法があるとすればそれは俺が八竜勇者になることくらいだ。
八竜勇者ともなれば場合によっては貴族を越える程の地位や名声を手に入れることも出来る。
幸いにもこの国は一夫多妻制度が認められている。
ハーレムを作ることだって夢じゃない。
「リーリエは誰か好きな人が居るの?」
「私はロディが好き」
「え...?」
リーリエから返ってきた言葉は予想外の答えだった。
今までにリーリエと会ったのは一度だけしかなくて、今日会ったのが2回目だ。
初めて俺に会った時に一目惚れしたってことだろうか...。
「何で俺なの...? 初めて会った時から...?」
「ううん。昨日までロディのことは何とも思ってなかったよ。さっき好きになったの。えへへ」
リーリエが嬉しそうな顔をする。
リーリエの様な可愛い娘に好きと言われて嫌な気はしない。
「私をロディの奥さんにして貰える? ロディに決めた人が居るなら私は第2夫人でも第3夫人でも良いよ」
突然の出来事に俺が呆然としているとリーリエが俺の背中を軽く叩く。
「そんなに困った顔をしないでよ。実際にはそんなこと無理だから大丈夫だよ...」
そんなこと無理か...。可能性は0じゃないがそのことをリーリエに伝えるのは止めておこう。
ぬか喜びさせてしまっては申し訳ないし、俺自身がリーリエを妻にするという考えを持っている訳じゃない。
「それじゃあ俺達はそろそろ行くね。もしも困ったことがあればまたいつでも来るからさ」
「ロディ...うん。わかった。困った時はロディに助けて貰うから」
リーリエを救出するという依頼を達成した俺達は、パント男爵の屋敷を後にしてクレイアへと向かうことにした。
俺達がクレイアに着く頃にはパント男爵からギルドへの報告も完了していて報酬が貰える筈だ。
トゥリアを出て数分歩いたところで、ローゼンブルク城から去る時に感じた魔力の話をマリスに切り出した。