第72話 決闘
「アルフレッド様! 止めて下さい」
リーリエが俺達の前に立ち両手を大きく広げる。
「リーリエ! 退くのだ。その男には貴族と平民の違いを教えねばならん」
俺の知る限り、貴族でリーリエ以外ろくな貴族はいない。
皆、権力を振りかざすばかりで民のことを考えているような人間には出会ったことがない。
「アルフレッド様に従いますからロディを傷付けるのは止めて下さい」
リーリエが俺を庇う。
しかし俺はこの男にリーリエを渡すつもりはない。
再びリーリエの前へと立つ。
「何のつもりだ? リーリエ本人が私について来ると言っているのだ。そこをどかぬか! ん? リーリエよ。その男物の衣服はどうしたのだ?」
「え?」
アルフレッドに言われてリーリエは自分が着ている服が男性用の服だと気付いたようだ。
色々あって自分の格好にまで頭が回っていなかったのだろう。
「見たことがない服だわ...ひょっとしてこれはロディの?」
「そうだよ」
俺の言葉を聞いたアルフレッドが俺の喉元に剣を突き付ける。
その剣はかなり高級感があり、その辺の冒険者が簡単に買えるような代物ではないだろう。
「何故、リーリエが貴様の服を着ているんだ!?」
別にやましいことは何もない。リーリエが裸だったので自分の持っていた着替えを着せただけだ。
その話をするとリーリエは恥ずかしそうな顔をするだけだったが、アルフレッドの方は違った。
その顔には怒りの表情が現れ今にも俺に剣を突き刺しそうな勢いだ。
「この私も見たことがないというのに! 貴様! 絶対に許さんぞ!」
許さないと言われても、俺から言わせて貰えば完全に不可抗力だ。
キレられてもどうすることも出来ない。
「決闘だ! 貴様は正式な決闘を持ってこの私が葬ってやる」
ラウンドハールではお互いの合意の元でなら決闘が認められている。
その決闘によって相手が死ぬことになろうと、罪に問われることはないが平民が貴族を殺したとなれば絶対に問題が起こることは目に見えている。
剣を向けられた時にアルフレッドの能力値を確認したが、決闘になれば負ける気がしない。
実戦経験がない貴族のボンボンと言った言葉がピッタリの能力値だった。
「別に俺に決闘をする理由はないのですが、貴方がそれで納得すると言うのでしたらお受けします」
ここにいる男達全員を相手にするよりは、アルフレッド1人を相手にする方が良いに決まっている。
「ロディ...アルフレッド様は侯爵様の子息なの...だから...」
侯爵の息子だからあの態度か...。侯爵家となればパント男爵もリーリエも何かを強く言うことは出来ないんだろうな。
「大丈夫だよ。命を奪ったりはしないから。危ないからリーリエは少し離れてて」
俺はリーリエをその場から遠ざけるとアルフレッドと少し距離を開け正面に立った。
それにしても俺達が吸血鬼を倒したことは伝えた筈なのに、俺に勝てると思っているんだろうか? それとも吸血鬼を倒したのはマリスの実力だと思っているのだろうか...。
「それでは決闘の取り決めをさせて貰う。私は決闘で魔法を使うことを邪道としている。よってこの決闘は剣と剣のみで行うものとする」
なるほどな。俺を見れば明らかに武器を持っていないことがわかる。
その俺が吸血鬼を倒したとなれば俺が魔法職だと考えるのが普通だ。
近接職が魔法職を相手に魔法を禁止した近接戦闘を行うなら、余程の実力差がなければ負けることはない。
そして魔法を使うのを邪道と言っているが、単純にアルフレッドのMPは0で魔法を使うことは出来ない。
というか俺の中で1つの疑問が生まれた。この状況ならアルフレッドは俺の能力値を確認する筈だ。それをしないということは...。
まぁ、この疑問は決闘が終わった後にマリスに聞いてみることにしよう。
「それで構いませんが、生憎と俺は剣を持っていませんが...」
別に素手でも充分なのだが、アルフレッドが剣と剣でと言っている以上、素手で戦って後から文句を言われるのは避けたい。
「部下の剣を貸してやろう。おい」
「はっ!」
男の1人が剣を抜き俺に手渡す。
どこでも買えそうな鉄製の剣でアルフレッドの剣とは差があり過ぎる代物だ。
「それでは立会人は一歩前へ」
「マリス。立会人を頼むね」
「はい」
マリスが一歩前に出る。
アルフレッドの方は男達の中で一番年長に見える男が立会人をするようだ。
「開始の合図はこのジェイコブが出すが問題はないか?」
「問題ありません」
立会人の男の名はジェイコブというらしい。
別に開始の合図はこの男が出したとしても不利になることはないだろう。
「それでは開始!」
ジェイコブの合図と同時にアルフレッドが切り込んでくる。
正直こんな遅い速度の攻撃など当たる筈がない。
俺は横にステップしてアルフレッドの身体を目掛けて剣の腹を叩き付ける。
「がはっ!」
アルフレッドが後ろに吹き飛ぶ。
刃の部分だったらこの一撃で勝負は終わっていた筈だ。
「き、貴様ぁー!」
アルフレッドが直ぐに起き上がりこちらに向かい走り込んでくる。
「死ねー!」
そのまま剣を真っ直ぐに突き出す。
俺が剣を下から振り上げるとアルフレッドの剣は手から離れ上空へ飛んでいった。
「ぐっ、ぐぅぅ...貴様...絶対に許さんからな! 侯爵家の全ての力を持って貴様を潰してやる! もちろん貴様の家族も一緒だ!」
「どうぞお好きになさって下さい」
俺は再び剣の腹をアルフレッドの腹に叩き付けた。
「ぐはっ!」
アルフレッドは白目を剥きながらその場に崩れ落ちた。
「アルフレッド様ー!」
男達が倒れたアルフレッドに近付いてくる。
「決闘は終わりました。意識を失っていますので連れて行って貰えますか?」
男達は顔を見合わせた後で、1人がアルフレッドを背中に担いで全員がこの場から立ち去って行く。
「ロディ!」
決闘が終わるとリーリエが俺の方へ走ってきた。
「ロディ...ごめんなさい...私のせいでアルフレッド様を怒らせることになっちゃって...」
リーリエが申し訳なさそうな顔をする。
アルフレッドが親の力を使って何かをしようとするなら、エレンが黙っていないだろう。家族も一緒と言っていたが俺の家族は最強のエレンとマリスだ。
エレンに至っては王に対してでさえあの態度だ。侯爵家なんかに押さえられる筈がない。
何かをすれば潰されるのはアルフレッド達の方だろう。
「気にしなくても大丈夫だよ。俺はリーリエをパント男爵の屋敷に連れて行くっていう依頼を果たしたかっただけだから」
「ロディ...ありがとう」
リーリエが少し笑顔になる。
「マリスに聞きたいことがあるんだけど、もしかして俺の能力値を隠蔽してくれている?」
「はい。余計なことかとは思いましたが、ソロでの依頼ということもあり掛けさせて貰いました」
「だから吸血鬼もアルフレッドも俺の能力値を知らなかったのか...」
「完全に数値が見れなくなる隠蔽魔法を掛けていましたから。余計なお節介をすみません...」
「いや。マリスのお陰で助かったよ。本当にありがとう」
「はい!」
マリスが嬉しそうにほほ笑む。
「それじゃあ改めてゲー...!?」
一瞬だが、下の方から大きな魔力を感じた。
今までに感じたことがないような邪悪な魔力だ。
(マリス...今のは...?)
リーリエを不安にさせないように思念通話を使ってマリスに話掛ける。
(おそらくリーリエ様に精神支配を掛けた吸血鬼の魔力かと思われます。いかがいたしましょう?)
...気になるが、今はリーリエをパント男爵の屋敷に送り届けることが最優先だ。
「パント男爵の屋敷への転移門を頼むよ」
「わかりました」
マリスが屋敷へと繋がる転移門を開く。
「これは一体...?」
転移門を見たリーリエが不思議そうな顔をしている。
「この門はパント男爵の屋敷に繋がっているんだ。さぁ、入って」
恐る恐るリーリエが転移門の中へと入って行く。
リーリエの姿が完全に消えたのを確認してから俺達も転移門の中へと入って行った。