第71話 貴族
「な、何故だ...。光属性に強い加護を持つ人間が闇の極炎を受けて無傷でいられる筈がない...」
光属性の加護が強ければ闇属性の加護は弱くなる。
それは常識であり誰もが知っているようなことだ。
俺みたいなイレギュラーな存在は稀なのだろう。
俺の加護は光りも闇も共にS。この2つの属性攻撃でダメージを受けることはない。
もしもシュトラウスが俺の能力値を確認していればわかったことだ。
「悪いね。俺は特殊な人間なんだ」
完全に腹を貫かれているというのにシュトラウスは俺の腕を掴み拳を引き抜こうとする。
「ぐっ、ううっ...」
腕が少しづつシュトラウスの腹から抜けていく。
流石は吸血鬼。凄い生命力だ。
だが...。
『火球』
俺はシュトラウスの内部から魔法を発動させる。
腹から全身へと炎が広がっていく。
「ぎゃぁぁぁ!」
いくら吸血鬼と言えど内部から身体を焼かれては無事には済まないだろう。
シュトラウスの身体は焼かれ崩れ去っていく。
「ふぅ、ふぅ...よっし!」
俺は勝利の喜びで右手を頭上へと突き上げた。
「お見事です。ロディ様」
戦闘が終わるとマリスが俺の側に近寄ってくる。
「マリスの魔法のお陰だよ。俺だけだったら決定的なダメージを与えることは出来なかったからね。それにマリスの魔法がなければ俺もシュトラウスに操られていただろうし」
「ロディ様のお力になれてマリスは嬉しく思います」
マリスが嬉しそうな顔をする。
いつまでも勝利の余韻に浸っている場合じゃない。リーリエの安否を確認しなければ。
倒れたリーリエに近付き安否を確認する。どうやら意識を失っているだけで命の危険は無さそうだ。
シュトラウスを倒したことでリーリエの精神支配も解けている筈だ。
俺はリーリエが意識を取り戻した時に恥ずかしくないよう異空間収納袋から予備の着替えを取り出した。
男物しかないが、流石に裸でいるよりはマシだろう。
リーリエを着替えさせようとしたところで俺の手が止まる。
意識のない裸の美女に服を着せるというシチュェーションなど現世はおろか前世でもなかったことだ。
俺が戸惑っているとマリスが俺の手から着替えを取る。
「リーリエ様の着替えは私が致しますのでロディ様はお下がり下さい」
マリスがリーリエに服を着せていく。勿体なかったという気持ちとほっとした気持ちが半々だ。
丁度着替え終わったタイミングでリーリエが目を覚ます。
「あ...あぁぁ...シュトラウス様ぁー! シュトラウス様ぁー!」
突如リーリエがシュトラウスの名前を叫び出す。
シュトラウスが死んだことをリーリエは知らない筈だ。
「シュトラウス様ぁー! どこにおられますかぁー! 私のシュトラウス様ぁー!
暴れるリーリエをマリスが押さえ付けている。
シュトラウスが死んだというのにリーリエに掛けられた精神支配が解けない。そんなことがあるのか...。
「マリス。一体リーリエは...?」
「おそらくリーリエ様に精神支配を掛けた者が先程の吸血鬼以外にもいると思われます。先程の吸血鬼よりも遥かに強い力を持つ存在です」
「だったらそいつを倒さない限り、リーリエはこのままってことかい?」
「いえ。ご安心下さい」
マリスがリーリエの頭の上に右手をかざす。
『全状態異常回復』
そうか。全ての状態異常を回復出来るということは、精神異常も回復出来るということだ。
リーリエの表情が変化していく。
「ん...んー...ここは...?」
リーリエが身体を起こして回りを見渡す。
「リーリエ。大丈夫かい?」
「...貴方は一体...!? もしかしてロディなの!?」
リーリエが一度会っただけの俺のことを覚えていてくれた。嬉しいことだ。
「そうだよ。パント男爵の依頼を受けて君を助けに来たんだ」
「...確か...私はあの男にここへ連れてこられて...うっ! 頭が痛い...その後のことが思い出せないわ...」
どうやらリーリエは精神支配によって操られていた時の記憶はないようだ。
リーリエにとって良い記憶ではないので思い出す必要もないと思う。
「無理に思い出さなくても大丈夫だよ。それよりも今はゆっくり休んで体調を元通りにすることを考えないとね」
シュトラウスの奴に毎日血液を吸われていたんだ。いくらマリスが全状態異常回復を使ったからと言っても万全な状態の筈がない。
「ありがとうロディ。手を貸して貰えるかしら?」
リーリエに右手を差し出すとその手にしがみつきリーリエが立ち上がる。
「あっ...」
立ち上がったリーリエが少しふらつく。血液が足りてないことで貧血状態になっているのだろう。
俺はリーリエの背中に手を回して倒れないように支える。
「マリス。流石に歩いて街まで戻るのは厳しそうだ。転移門を開いて貰っても良いかな?」
「今、城の入口の方で気配を感じました。何者かがこの城の中に入ってきたようですが、直ぐに転移門を使用しても大丈夫ですか?」
「誰かがこの城に入ってきた? それは人間なのかい?」
「はい。数名いるようなので、おそらくはリーリエ様を救出にきた人間ではないでしょうか」
そうか。かなりの数の冒険者がこの依頼を受けているんだ。
この城にくる人間がいたって不思議じゃない。
このまま俺達とリーリエが居なくなっては、何が起こったのかわからなくなってしまうだろう。
「転移門を使うのは少し待ってて。城にきた冒険者達にリーリエを救出したことを伝えておくよ」
「わかりました」
暫くすると部屋の入口から武装をした8人の男達が入ってくる。
格好からするに冒険者というよりは兵士といった男達だ。
「おお! リーリエ無事だったか!」
男達の後ろから派手な衣装を身に付けた男が姿を現す。
格好からするに貴族だろう。
「アルフレッド様...」
どうやら男はリーリエの知り合いのようだ。
年齢は20代後半くらいに見え、少し長めの金髪をしている。
「お前が吸血鬼に拐われたと聞き、居ても立ってもおれず助けに参ったぞ。吸血鬼の姿は見えぬようだが、そこの男女は一体...?」
「お父様からの依頼を受けて私を助けにきてくれた人達です」
「ほう。それで吸血鬼はどうしたのだ? お前達が倒したというのか?」
「はい。吸血鬼は俺達が倒しました」
「それはご苦労だったな。リーリエは私が連れて行くので、お前達はギルドに達成報告をすると良い」
アルフレッドがリーリエの手首を掴み連れて行こうとする。
2人がどんな関係なのかは知らないが、リーリエは明らかに嫌そうな顔をしている。
「待って下さい」
俺の言葉でアルフレッドが足を止める。
「何だ? 何か用でもあるのか?」
「俺の受けた依頼はリーリエをパント男爵の屋敷まで連れて行くことです。勝手に連れて行かないで下さい」
例えこの男が貴族であろうと俺の依頼を邪魔する権利はない。
「パント男爵には私から人をやって伝えておく。リーリエは今から私の屋敷へと行くのだ」
「痛い!」
アルフレッドが無理やりリーリエを引っ張ろうとする。
「止めて下さい」
俺はリーリエの手首からアルフレッドの手を引き離した。
「貴様。平民の分際でこの私に触れるとは! お前達! この男に身分の違いというものを教えてやれ」
アルフレッドの指示で男達が俺達を取り囲んだ。




