第67話 ヴァンパイア
「何故、吸血鬼がリーリエを?」
「リーリエを妻に欲しいといきなり屋敷を訪ねてきた男が居たのだが、全く名も知らぬような者だったのでな。当然そんな男にリーリエをやる訳にはいかぬと断ったのだ」
今のリーリエの顔はわからないが、あのまま順調に育っていればかなりの美少女になっている筈だ。
妻に迎えたいという男が腐る程いることだろう。
この世界では15歳で結婚ということもそれほど珍しいことではない。
「リーリエ程美しい娘なら侯爵の妻になることも出来るだろう。そうすれば私も...」
パントとリーリエは父娘といってもかなり性格に違いがあり、パントという男は野心家だ。例え娘だろうと、利用出来るものは利用するだろう。
まぁ、パントに関わらず娘を政略結婚に使うことなど、この世界では当たり前なのだが。
「その男が吸血鬼だったということですか?」
「そうだ。私があしらうとあの男はこの屋敷から無理矢理リーリエを連れ去ろうとしたのだが、当然そんな真似を許す訳にはいかぬ。屋敷の兵に男を捕らえるように命令したのだが...」
下級の吸血鬼だとしても流石に屋敷の警備兵ごときでは相手にならないだろう。
「その男が兵士達に指示を出すと兵士達が男の言う通りに動いたのだ...」
「精神支配ですね」
黙って話を聞いていたマリスが発言する。
〖精神支配〗
吸血鬼にはこのスキルを使える者が多い。
このスキルを受けると精神を支配されてしまい発動者の意のままに操られてしまう。
精神異常攻撃に耐性の高い人間なら効果を受けることはないが、普通の人間なら簡単に操られてしまうだろう。
多分、受ければ俺も操られてしまうと思う。
「結局リーリエは連れ去られてしまった...。今頃何をされているかと考えると胸が痛くてな」
正直連れ去ったリーリエにその男が何もしていないとは思えない。
リーリエにも精神支配を使用すれば好きにすることが出来る。
「そんな吸血鬼が相手とわかっていて、ギルドへの依頼にはランク指定をしなかったんですか? 最低でもBランク以上の指定は出すべきなのでは?」
「や、奴が吸血鬼だということは知らなかったのだ! 奴が吸血鬼だということは救出に失敗して戻ってきた冒険者から聞いてわかったのだ」
パントの言っていることが真実なのかどうかはわからない。
男が吸血鬼だと知った上で大勢の冒険者を集めた可能性もある。
報酬を受け取ることが出来るのは依頼を達成した者のみ。
失敗した者に報酬を払う必要がないのなら人数は多いに越したことはない。
まぁ、FやEランク程度の冒険者が100人居ようと全く意味はないと思うが...。
ともかく敵の正体はわかった。
どれくらいの力を持つ吸血鬼かはわからないが、普通に考えれば俺に勝てるような相手ではない筈だ。
この依頼は継続するべきじゃない。それはわかっているんだが...。
「マリス。今の俺がその吸血鬼に勝つことが出来ると思うかな? 正直に教えて欲しい」
マリスが険しい表情を見せる。
「精神支配を使えるとなれば、それなりの吸血鬼の筈です。正直、今のロディ様では勝ち目が薄いかと思われます...」
マリスからの返答は予想通りだった。
まだ冒険者になって数ヵ月の俺が勝てると思うのが間違えだ。だが...。
「薄いということは0じゃないということだよね?」
「...はい」
魔王に職業変更して覇王のローブを身に付ければ、精神支配は一切受けなくなる。
だが、これは勇者としての俺がやるべきこと。魔王になる訳にはいかない。
「パント男爵。今、リーリエとその吸血鬼が居る場所はどこですか?」
「南東にある今は使われていない廃墟となったローゼンブルク城だ」
〖ローゼンブルク城〗
約30年前まではラウンドハールにある城の1つだったが、流行り病が広がり城に居た全員が命を落とすこととなった。
感染を怖れた国王からは周辺に近付くことを禁止する法が出され、国から完全に見放された城となった。
30年経った今となっては近付くことを禁止はされていないが、好き好んで城に近付く者は殆ど居ない。
盗賊達の住みかになっているという噂を聞いたことはあるが、真相は定かではない。
「今からローゼンブルク城に向かいます。吸血鬼を倒せる自信がある訳ではありませんが、出来るだけのことはしてみます」
「おお、そうか。そなたの代わりにエレン殿が依頼をこなしても構わぬからな」
パントとしては俺の代わりにエレンが行くことを望んでいるのだろう。
確かに確実にリーリエを救うためにはエレンに頼むのが一番良いかも知れない。
だが、それだと今後も自分が助けたい人が居た時、常にエレンの力を借りることになる。
守りたい人を守るためには俺自身が強くなるしかない。
「それじゃ行こうか。マリス」
俺達はパントの屋敷を後にし、ローゼンブルク城に向かうため街の入口へと向かった。
「マリスに言っておきたいことがあるんだけど、吸血鬼との戦いで魔王になるつもりはないから...。覇王のローブを装備すれば戦いが有利になることはわかってるんだけど...」
「わかってますよ」
マリスがニッコリ微笑む。マリスには俺の考えなどお見通しのようだ。
「精神支配を防ぐために何か良い方法はないかな?」
「私がロディ様への精神攻撃を防ぐ魔法を使用します。ただその魔法を使用している間は攻撃魔法を防ぐ魔法が使えません。魔法同士が干渉してしまうからです」
〖魔法の干渉〗
魔法の種類によっては同時に掛けることが出来ない魔法がある。
仮に魔法を吸収するような魔法と、魔法を反射するような魔法があるとすれば、当然同時に発動させることは出来ない。
「精神支配は気にしなくて良いけど、攻撃魔法に気を付けろってことだね?」
「はい。吸血鬼には強力な魔法を使う者も多いのでお気を付け下さい。一撃でも受ければ致命傷になりかねません」
相当厳しい戦いになりそうだが、やると決めたからには勝利してみせる。
街の入口に着いた俺達はローゼンブルク城へ向かうため、街を後にした。




