第60話 闇の侵食
マリスの身体は全身に黒い模様が広がってしまい、普段の透き通るような綺麗な肌をしたマリスからは、かけ離れた姿になってしまっている。
あれだけデタラメの強さを持っているマリスがこんな状態になってしまうなんて闇の領域〖〗とは一体...。
マリスの生存を確認してみるが、かなり浅いが呼吸はしている。
良かった...生きてはいてくれているようだ。
どうやってこの状態を治せば良いのかわからないが、取り敢えず今出来ることは高位の神官に見せることくらいしかない。
当然テベルの様な小さな村にそんな人物など居る筈もなく、一刻も早くクレイアまで連れて行く必要がある。
俺は意識を失っているマリスの身体を抱き上げた。
「軽いな...」
マリスの身体は想像以上に軽かった。こんな細い身体で俺の為に戦ってくれていたんだな。
マリスを抱いたまま転移門を潜ると、そこは見慣れたわが家の中だった。
マリスの状態のせいか、使用後に転移門は直ぐに消滅した。
家に付いた俺は直ぐに邪神の仮面を外す。
仮面を外し視野が広がると部屋の中に俺達以外の人間の姿が確認出来た。
「いきなり現れるんじゃないよ! ビックリするじゃないか!」
そこには1ヶ月前にアレス達とバーナックに向かったエレンの姿があった。
「母さん! 俺のせいでマリスが、マリスが!」
慌てた俺の様子と抱き抱えているマリスを見て、エレンが何かを察したようだ。
「闇の浸食か...アンタ、力を暴走させたね?」
力の暴走...。言われてみればその言葉がピッタリかも知れない。
俺は〖闇の領域〗を発動させようと思ってさせた訳じゃない。
憎しみの感情が抑えられなくなり、勝手に発動してしまったものだ。
「ああ。母さんの言う通りだよ...。後でどれだけ怒ってくれて良いからマリスを助けてよ!」
エレンが珍しく難しい顔をする。数秒の沈黙をおいた後、口を開く。
「ここまで深く浸食してしまっていては、私じゃどうにもならないよ。もちろんクレイアにいる様な神官レベルでは話にもならないね」
「そ、そんな...」
マリスを助けることが出来ない? 俺が自らマリスの命を奪ってしまうことになるというのか...。
俺が泣きそうな顔をしていると、エレンが軽く溜め息を吐く。
「魔王になろうとしている者がそんな顔をするんじゃないよ。マリスを助ける方法がないとは言ってないだろ」
「マリスを助けることが出来るの!? マリスを助けられるなら俺は何でもするから!」
俺の言葉は本心だ。仮にマリスを助けるために自分の寿命が半分になるとしても俺は喜んで差し出すだろう。
「これだけの闇の浸食を消し去るには、これよりも更に強い光の力を注ぎ込む必要がある」
光の力で闇の力を消すということか。
それならばエレンには無理だというのも納得出来る。
闇の勇者であるエレンには強力な光の力を使うことは出来ないからだ。
「それで母さんはマリスを治せる人に心当りはあるの?」
エレンが少し考えてから答える。
「光の勇者ならおそらくマリスを治すことが出来る筈だよ。ただアイツが今どこに居るのかわからないし、私に強力をするとは思えないね」
光の勇者か。確かに光の勇者ならマリスを治すことが出来るかも知れないが、現在どこに居るのかもわからず、しかも協力してくれるかもわからないとなると、それは難しそうだ...。
「...他に治せそうな人は?」
エレンが何かを思い付いたような顔をする。
「そういえばアイツがいるじゃないか! アイツなら間違えなくマリスを治してくれる筈だ」
「アイツ...? それは一体...」
「クロードだよ。アイツなら一応光の魔王だし、マリスを治すためとなれば喜んで力を貸してくれる筈だ」
クロード。確かに光の魔王なら条件にピッタリだ。
クロードの名前よりも先に光の勇者が出てくるとか、エレンとクロードの関係はどうなっているんだ。
「確かに父さんなら絶対にマリスのために力を貸してくれる筈だ」
俺は思念通話を使ってクロードに語りかける。
(クロード様。お話があるのですが宜しいでしょうか?)
(ん? ロディか? 他の者の前以外では父と呼んでくれ)
今はそんなことに拘っている場合ではないのだが、クロードは事情を知らないのだから仕方がない。
(父さん。マリスのために父さんの力を貸して下さい!)
(ん? どういうことだ? 話してみるが良い)
俺はクロードにバーラン城で起きたことを説明した。
(なるほどな...。確かに私の力ならマリスの身体を治すことが出来るかも知れぬ。だが、お前に聞いたマリスの状態から判断するにマリスの身体は持って半日というところだ。私が半日以内ににマリスのところへ行くことは出来ぬのだ)
ディルクシアとラウンドハールは大陸の端と端。まともに向かえばどんなに早くても数十日は掛かってしまう。
半日以内となると転移魔法くらいしか方法はないだろう。
だが、肝心な転移魔法を使うことが出来るマリスがこの状態では、とても魔法を使うことなど出来ない。
(マリス以外でディルクシアに転移魔法を使える者は居ないんですか?)
(居ない訳ではないが、テベルに転移出来る者を半日以内となると、相当難しいだろう...)
転移魔法は一度行った場所にしか行くことが出来ない。
ディルクシアの者で、テベルの近くにきたことがある者となると0人かも知れない。
(マリスを助けることは出来ないということですか...)
(私以外にもマリスを救える者がいるではないか)
(光の勇者のことですか?)
(私がマリスを救うために勇者の力を借りようとすると思うのか? 私が言っているのはロディ。お前のことだ)
(私ですか...?)
クロードが放った意外な言葉に俺は驚きが隠せなかった。
(お前の持つ光の力ならマリスを救うことが出来る筈だ。逆に言えばマリスを救うことが出来るのはお前しかいない。お前がやるのだ)
俺の力でマリスを救うことが出来る? もしそれが本当ならどんなことをしてもマリスを救ってみせる。
(俺がマリスを救うことが出来るならどんなことでもやります!)
俺は意識のないマリスをマリスの部屋のベッドに寝かせると、クロードに教わったように自分の持つ光の力をマリスに注ぎ込んでいく。
「頼む...マリス目覚めてくれ! 俺にはマリスが必要なんだ...」
自分の持つ全ての光の力をマリスに注ぎ込む。
マリスを救うためなら俺の全てが空っぽになってしまっても良い。
「ロディ。アンタ自分の生命力も注ぎ込んでいるね? そのまま続けるとアンタが死ぬことになるよ?」
エレンの言葉を聞いても俺は力を注ぎ込むのを止めなかった。
例え俺が死んだとしてもマリスを救えるなら良い。本気でそう思った。
「くっ、くぅぅ...」
俺の意識が遠くなっていく。
それと同時にマリスの身体が閃光を放った。
「マ、マリス...」
マリスの身体の黒い模様が消えていく。
完全に模様が消えるとマリスが目を開いた。
「...ロディ様?」
「マリス...良かった...」
マリスが目覚め安心すると、そのまま俺の意識は遠くなっていった。




