第6話 宝の持ち腐れ
祈りの間に入ると中央には赤い絨毯が引かれており、絨毯の先には女神アルテミアの像が置かれていた。
もちろん実際に女神に会ったことがある人間などいるはずもないので、想像で作られている。
腰まで届く程の長い髪の毛。羽織ったローブの背中の部分からは2枚の羽を生やしている。
女神と言うよりは天使と言った方が相応しい気がする。
女神像の前には、おそらくこの場では一番高位であろう立派な法衣を身に付けた神官が立っている。絨毯の両サイドにそれぞれ1人づつ神官が立っているが、女神像の前の男に比べれば質素な法衣だ。
「待っていたよ。天礼を受けに来た子供達だね? こちらへ来なさい」
男にそう言われ、俺達は女神像の前まで足を進めた。
「さっそく始めるとしようか? 先ずは...」
そう言うと男は1枚の書類を取り出し、何かの確認を始めた。
おそらく今日、天礼を受けることになっている俺達の名簿だろう。城には事前に天礼を受ける者の情報が届いている。
名簿に名前がなければ天礼を受けさせてもらうことは出来ないのだ。
「先ずは誰から受けるのだ? 天礼を受ける者は自分の名前と、どこから来たのかを言ってくれ」
「先ずは俺が先に受けるぞ! ロディもミラもそれで良いよな?」
実際に天礼を受けるところを見てからの方が問題なくこなせるかも知れない。ヘクトルが先にやりたいと言うのならやらせてやろう。
「俺は構わないよ」
「私も大丈夫よ」
「よし。先ずは俺がやります! 名前はヘクトルでテベルから来ました」
「ふむ...」
男は書類を見てヘクトルの名前があるかを確認しているようだ。
「ヘクトルよ。その場にひざまずき目を閉じて、女神アルテミアよ。その全能なる力を持って私に天礼をお授け下さいと唱えるのだ」
「そんな長い言葉覚えられるかなー、...女神アルテミアよ...ブツブツ...」
ヘクトルは男に言われた言葉が中々覚えられないようで、ずっとブツブツと口ずさんでいる。
男は呆れたような顔をしながらその様子を見ている。
5分程経ち、ようやくヘクトルが天礼を始める様だ。ヘクトルはその場に膝まずき、そっと目を閉じた。
「女神アルテミラよ。その全能なる力を持つ、私に天礼をお授け下さい」
...ヘクトル...。それじゃあお前が全能なる力を持っていることになってるぞ...。しかも女神の名前も間違えてるし...。
流石に失敗だろうと思っていると、突如女神像が輝きだした。
名前を間違えられて女神が怒ったのか!? 俺が焦っていると徐々に輝きは収まっていった。
輝きが収まるとヘクトルの前にはいくつかの文字が表示されていた。
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職業欄 2
戦士 適正A
狩人 適正B
拳闘士 適正B
狂戦士 適正B
重騎士 適正B
商人 適正F
学者 適正F
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言葉を間違えたヘクトルが無事に天礼を受けられたということは、天礼の時に唱える言葉はあまり関係ないみたいだな。
「うむ。お主の職業欄は2つ。よってこの7つの職業から2つの職業を選ぶことが出来るのだが、お主の能力値からいくと拳闘士や狂戦士が向いていると思うぞ? 下級職が1つ欲しいと言うのなら戦士を選ぶのも良いかも知れん。それにしても上級職が3つとは、かなりの逸材だな」
どうやら男は天礼を受ける者の能力値を確認しているようだ。それを見て相応しいアドバイスをくれるのだろう。
職業には下級職と上級職があり、上級職の方が優れた職業となる。
ただ、その分上級職だと職業LVが上がり辛いという欠点がある。
仮に同系統にあたる狂戦士と戦士では、同じ職業LVなら狂戦士の方が補正値は高いが、職業LVが1の狂戦士と職業LVが10の戦士では補正値も戦士の方が高く、使えるスキルなども戦士の方が優れたものが多くなる。
上級職をLV10まで上げるのにはかなりの苦労が伴うので、それならば下級職でLV10を目指そうとする者も少なくはない。
ヘクトルの職業では狂戦士、拳闘士、重騎士が上級職で残りが下級職になる。
「別に今すぐに決める必要はないぞ。天礼さえ受ければ、後はいつでも職業決定と唱えた後に就きたい職業を言えば、好きな時にその職業に就くことが出来るからな。お前の将来にとって大切なことだ。両親と話合って決めるのも良いと思うぞ。職業を2つ決めた後は職業変更と唱えれば、自由に職業を切り替えることが出来るから覚えておくと良い」
なるほど、天礼さえ受けてしまえば後は好きなタイミングで職業を選べるのか。
だったら微妙な職業しかなかった場合は家に帰ってから、エレンと話し合いじっくりと決めることにしよう。
「職業決定商人! 職業決定学者!」
「え...?」
「おぉぉ! 本当に職業が学者になってるぞ! 職業変更商人! おぉぉ! ちゃんと商人にも切り替わるぞ!」
...本人は嬉しそうにはしゃいでいるが、ヘクトルは自分がやらかした過ちに気付いていない。
適正がFというのは、その職業には向いていないということだ。
よりにもよって何故、商人と学者なんだ...。頭の悪い商人や学者なんて致命的じゃないか...。
1度選んでしまえば、今更どうにもならないことなので、せめてヘクトルがこの先、無事に暮らしていけることを願おう。
「ヘ...ヘクトル...。何故、その2つを選んだのか聞かせてもらっても良いかね?」
男の顔が引きつっている。それもそうだ。戦闘系上級職が3つも選べるなど、かなり貴重な逸材の筈だ。
それをヘクトルの奴は数秒で台無しにしたんだ。
「いやー、学者とか商人って頭が良さそうに見える職業だなーと思ったんで」
「う、うむ。そうか...お前がそう言うのなら私はこれ以上何も言わぬ...」
男の顔には明らかに落胆の色があった。
国の逸材になれるべき可能性があった男が、一瞬で全く使えない人材に変わればこうなるのも仕方がない。
「それでは次の者の天礼を始めるぞ」
「ロディ。次は私がやっても良いかな?」
「わかった。俺は最後で良いよ」
ミラは少し魔法に寄った能力値なので戦士系などは避けた方が良いが、へクトルと違いミラならそんなことを伝えなくても大丈夫だろう。
「ミラです。テベルから来ました」
再び男が書類を確認する。
「うむ。先程のを見ていたならやり方はわかるな?」
「はい!」
そう言うとミラはその場に膝まずいた。