第59話 闇の領域
「何だお前は?」
「ア、アイツは!?」
兵士の1人が俺のことを知っているようだ。
「あの仮面...。ザリオン様。多分あの男が新しくケルティアの領主になった男だと思います」
「何だと? お前がケルティアの領主なのか?」
「ああ...そうだ。その者達は私の民達だ。返して貰おうか」
ザリオンがニヤリと笑う。俺の首を取ることが出来ればアルバス内でも相当な手柄になる筈だ。
「ロディ様!」
マリスが俺の側に近付いてくる。
マリスの姿を見たアルバス兵達にざわめきが起こっている。
「元四魔将のマリスだ...」
「あんな化け物を連れてきているなんて...」
「あれが噂の...」
マリスを見てアルバス兵達の中で怯えている者がいる。アルバスの人間なら当然マリスの実力を知っている者も多い筈だ。
兵士達の動揺がマリスのことを知らない兵士にも広がっている。
身体変化を使ってないことが逆に良かったのかも知れない。
「ちっ! おい! ケルティアの領主よ。お前がこちらへ来たら代わりにこの娘を解放してやるぞ? どうする?」
マリスに対抗するために俺を人質にでもするつもりか。
「わかった。だが、私がそちらに行く代わりにその者達は全員解放しろ」
ここはティナだけではなく全員の解放を要求する。ケルティアの領主ということを考えればそれくらいの価値はある筈だ。
「良いだろう。こんな奴等解放しても何の害もないからな」
俺は一歩づつザリオンの元に近付く。
「ロディ様! いけません!」
マリスが俺に近付こうとする。
「マリス! 動くな!」
俺が声を上げるとマリスの足がピタリと止まる。
取り敢えずはティナ達の救出が最優先だ。
マリスを恐れている奴等には俺を簡単に殺すことが出来ない筈だ。自分のことはティナ達を助けてから考えれば良い。
「ロディ様...」
マリスが俺の指示を無視したらどうすることも出来なかったが、何とか聞いてくれたようだ。
本当に俺が危機の時には何があろうと行動を起こすと思うが、今はまだそれだけの状況ではないということだ。
「さぁ、これで良いだろう? その者達を解放しろ」
俺はザリオンの目の前に立つ。正直剣を持った男の前に無防備で立つなど、相当の恐怖だ。
いつザリオンの剣が俺に降り下ろされてもおかしくないのだから。
「お前達! コイツを捕らえろ!」
ザリオンの指示で4人の兵士達が俺を押さえ付ける。
完全に身体の自由を奪われ、自力で抜け出すことは出来ない。
「ロディ様...ごめんなさい...」
ティナが俺を見つめながら申し訳なさそうな顔をする。
自分のせいで俺が捕まったとわかっているようだ。
「大丈夫だ。こんな状況など何てことはない。直ぐにカナンに返してやるからな」
「くはははは!」
突然ザリオンが笑い出す。
「ケルティアの領主の身柄を確保出来て、更には飛空石も手に入るとなれば、私はアルバスの中で陛下に次ぐ地位を手に入れることが出来るかも知れぬ。笑いが止まらんぞ!」
ザリオンはガラムが作戦に失敗したことを知らないようだ。
暫くすればこの城に飛空石が届けられると思っているのだろう。
「さぁ、約束だ。全員を解放しろ」
「約束? 人間である私が魔族との約束を守る必要があるのか?」
「ううっ!」
ザリオンの剣がティナの胸に突き立てられた。
「ティナー!」
ティナの胸が赤く染まり血液が地面に滴り落ちる。
「ロ...ロディ様...」
「小娘よ、安心しろ。この男もどうせお前の元へ逝くことになるのだからな。お前達! 残りの魔族達も全員殺せ」
ザリオンの指示で兵士達が残りの魔族達に剣を向ける。
「止めろぉぉぉ!」
俺の叫びも虚しく兵士達の剣が降り下ろされる。
「いやぁぁぁ!」
「がはっ!」
次々と魔族達の命が失われていく。
「止めろ...止めてくれ...」
魔族達の命が尽きていく中、ティナの目が虚ろになっていく。
「ティナ。死ぬんじゃないぞ。直ぐにマリスの回復魔法で治療してやるからな」
俺の声が聞こえたからか少しだけティナの顔に笑顔が戻った気がする。
だが、その直後にティナが大きく目を見開いた。
「かはっ!」
ザリオンが剣をティナの胸に更に侵入させたのだ。
ティナの顔から完全に生気が失われる。
「ティ...ティナ...」
ティナの身体が前に倒れ、俺の足にティナの頭が触れる。
「はっはっは! 小娘のくせに中々しぶとかったな」
ティナを殺したザリオンは嬉しそうに笑っている。
一体何がそんなに楽しいんだ? こんな幼い子供の命を奪うことがそんなに嬉しいのか? 結局俺は1人も助けることが出来なかった...。
ケルティアの領主だというのに俺には何の力もない...。
少女1人救うことすら出来ない...。
何も出来ない自分が憎い。ティナを殺したザリオンが憎い。何もかもが憎い。
自分の中で今までに感じたことがない感情が生まれてくるのがわかる。
何だこの感情は? 全てが無くなってしまえば良いと思える感情。
「うぁぁぁ!」
身体が震え出す。自分の中から何かが解放されるのがわかる。
「急に何だ? たかが民を殺されただけで気でも狂ったのか?」
「ロディ様! いけません!」
俺の身体から闇が生まれる。闇は周囲に広がり全てを飲み込んでいく。
「う、うわぁぁぁ!」
「た、助けてくれぇぇぇ!」
闇は俺を掴まえていた兵士達を飲み込んでいった。
俺に起こった異変を見るや否やザリオンが俺から離れて行く。
これは...《闇の領域》だ。俺の意思とは関係なくスキルが発動している。
でも良いんだ...。何もかも全て闇に飲まれてしまえば良い。
「ば、化け物が!? 一体何をしたのだ!? う...うぁぁぁ!」
闇はドンドンと広がり続けザリオンも飲み込んだ。
闇に飲み込まれた人間はその場に居なかったかのように完全に消滅する。
闇が触れた建物は一瞬で消え去り、えぐられた様な形に城が変化をしていく。
闇は広がり続けこの場にいたアルバス兵達を全て飲み込んだ。
人の命を何とも思うことのない奴等には良い死に様だ。
「ロディ様! ロディ様!」
マリスの声が聞こえてくる。気付けばマリスが必死で俺の身体を揺さぶっている。
耐性が関係しているのか、マリスが闇に飲まれることはなかったようだが、身体には黒い模様が浮き出ており、その表情はかなり苦しそうな顔をしている。
「ロディ様! このまま続ければ闇は全てを飲み込んでしまいます! どうか心を強くお持ち下さい」
マリスが俺を抱き締める。
暖かい...マリスの温もりを感じる...。
「マ、マ...リ...ス...」
「ええ。そうです! マリスですよ」
頭の中でマリスの存在と憎しみがぶつかり合う。
このままでは俺がマリスの命を奪ってしまうかも知れない。
マリスの存在を強く感じると俺の身体から生まれた闇が身体へと戻っていく。
闇は全てを飲み込み周囲は更地と化している。
この場にあるのは俺とマリスの存在だけだ。
「マリス!」
「はい...ロディ様...正気に戻られたのですね...この場から離れましょう...今直ぐに家へと繋がる転移門を出しますね...」
この惨状を俺に見せないようにするためか、苦しそうな表情を浮かべたままマリスが転移門を発動する。
「ロディ様...申し訳...ありません...」
転移門が発動するのと同時にマリスがその場に崩れ落ちる。
「マリスー!!」
周囲に俺の声だけが響き渡った。