第56話 初めての経験
「ちっ!」
ガラムは腰の剣を抜き俺に向けて突き出す。
剣をお構いなしに突き出した拳に剣が触れ、拳から出血する。
そのまま拳はガラムの腹を捉えた。
「ぐはっ!」
ガラムが腹を押さえて踞る。
俺の右手からはポタポタと血が滴り落ちる。
「ロディ様! 今、回復魔法を掛けます!」
出血を見たマリスが焦って俺に近付いてくる。
「必要ない。その場から動くな」
マリスがピタリと足を止める。
こんな出血など領民が流した血に比べれば遥かに少ない量だ。
「くっそ...例え、この男を倒したところであの女に殺されるのは間違えない...どうすれば...」
「マリスを恐れているのか? 良いだろう。お前が私を倒すことが出来ればこの場は見逃してやろう」
「そんな話信じられる訳がないだろう!」
腹の痛みが収まったのか、ガラムがその場から立ち上がる。
「マリス。もしもガラムが私を倒すことが出来たらこの場から見逃せ。例え私が殺されたとしてもだ。これは命令だ」
「わかりました...」
マリスにそうは伝えたが、俺が殺されれば命令に逆らってでもガラムを八つ裂きにすることだろう。
「だったら簡単な話だ。アンタを倒させて貰う!」
ガラムが剣を握り俺に襲い掛かってくる。
「見たところアンタは武器を持っていない。魔法を使って戦うつもりかも知れないが、接近戦に持ち込めば俺の勝ちだ!」
この男バカなのか? 俺の拳を受けても俺に格闘術が出来ると気付かなかったとは。
ガラムの突き出した剣を俺が横に避ける。
避けた先に再びガラムの剣が降り下ろされるが、俺はガラムの手首を掴み剣を止める。
「ぐっ、ぐぅぅ...」
手首を握り潰すつもりで更に力を込める。
「ぐぁぁぁ!」
ガラムの手が開き握っていた剣を放す。
剣はそのまま落下し地面に突き刺さった。
俺はガラムの手首を握っていない方の手で剣を拾い上げる。
「ま、待ってくれ! いや、待って下さい!」
剣を手にした俺にガラムが焦りを見せた。
今の俺はこの剣をガラムの胸に突き刺すだけで簡単に命を奪うことが出来る。
「何を待つんだ?」
「わ、私の命を助けて頂ければ貴方の力になりますよ!」
「私の力になるとはどういうことだ?」
「アルバスの情報をコッソリと貴方に流しましょう。その情報はケルティアに取って有益な物になる筈です」
ガラムがニヤリと笑う。本当に目障りな顔だ...。
「必要ない」
「...えっ?」
俺の剣がガラムの胸を貫いた。ガラムの胸からは真っ赤な血液が流れ出す。
「ぐっ...そんな...」
ガラムが正面から地面に倒れる。胸から流れ出した血が辺りに広がっていき地面が赤く染まる。
生まれて初めて人を殺した...。
だが、それに対して特別な感情は何も沸いてこなかった。
俺にあるのは村の皆を殺したガラム達に対する憎しみだけだった。
「ロディ様!」
戦いが終わったのを確認するとマリスが俺に近付いてきて、出血している右手に手を沿える。
「ロディ様。傷口の治療をしても宜しいでしょうか?」
「ああ。頼む」
『完全回復』
たかが軽い切り傷だというのに、マリスは高位の回復魔法を使用した。
一瞬にして傷が完治する。
さてと...俺にはこれからやるべきことがある。
俺はその足を村長の前まで進める。
「許せ...。ガラムが人間と知りつつ、魔族との共存を望むと言われ、この村での生活を許したのは私だ。今回の件は私の間違った判断が招いたことだ...」
俺は村長に深く頭を下げる。領主が民に頭を下げるなど本来なら間違っていることかも知れないが、そんなことはどうでも良い。
「いえ...ロディ様! 頭をお上げ下さい!」
俺に頭を下げられたことで、村長が両手を前に出してオロオロとしている。
俺は暫く頭を下げた後でゆっくりと頭を上げた。
「何故、アルバスの奴等がこの村を襲ったか、原因はわかるか?」
こんな村を手に入れたところでアルバスにとってあまり意味はない筈だ。
何か他にも理由がなければ納得が出来ない。
「おそらく奴等の狙いはこの村に代々伝わってきた飛空石でしょう...」
「この村には飛空石があるのか?」
飛空石とは魔道具に使われる素材の1つで、この石を元に作られた魔道具を使えば空を飛ぶことが出来るという。
当然小さな飛空石では複数の人間が空に浮かぶ程の力はなく、飛空石を使った物で一番多いのは飛空石が埋め込まれたブーツだ。
石に蓄えられた力がなくなると、自動的に補充されるまで一定時間は使用が出来なくなるので、制限はあるが便利な物であることに間違えはない。
ただ相当高価な石になるため、ビー玉くらいの大きさの物でも1万コル以上はする。
「この村の名前にもなっております英雄カナンが当時の魔王様に頂いた物で、この村の象徴として奉られている物なのです。その大きさは小さな子供程の大きさになります」
驚いた...。それだけの大きさの飛空石となれば1000万コルは下らないだろう。当然軍事利用することも可能だ。アルバスが狙うのも頷ける。
「それで、その飛空石はアルバスの奴等に奪われたのか?」
「いえ...ロディ様達のお陰で飛空石は無事でした。ただ...」
「どうした?」
「奴等の騎兵に村の魔族が何人か連れ去られてしまいました...。その中には私の孫娘であるティナもおります...」
ティナ...ケルパの実で作った首飾りをくれた少女だ。村長の孫だったのか。
しかしアルバスが魔族を連れ去る理由はなんだ? それを盾に飛空石を要求するつもりなのか。
だが、飛空石は元々手に入れる前提で考えられている筈だ。俺達か来なければ確実にガラムに奪われていたのだから。
マリスが俺の考えを察したのか発言をする。
「ロディ様。おそらく連れ去られた村の魔族はバーラン城に連れて行かれたのだと思います」
「バーラン城? 確か国境を越えてすぐにあるザリオンとやらが治めている城だな?」
「はい。愚かなザリオンは連れ去った者達を公開処刑することで、自分の力を見せ付けるつもりなのです」
「公開処刑だと? そんなことは絶対に許されることではない! 直ちに救出に向かうぞ」
「わかりました。アルロンに連絡をして直ぐに兵を送って貰います」
連れ去られた村人達を救うためには兵力を持って攻め入るのが一番確実なのは俺にもわかる。
しかしそれを待っていては助かる命も助からなくなるかも知れない。
救出をするだけならバーランの兵士全てを相手にする必要もないだろう。
「援軍を待っている時間はない。マリス...お前の力を私に貸してくれ」
「...わかりました。ロディ様の身は私の命に替えてもお守りします」
「村長...連れ去られた者達は必ず助け出してみせる。待っていてくれ」
「ロディ様...どうか宜しくお願い致します...」
今度は村長の方が俺に頭を下げる。
村長をその場に残し俺達は村の入り口へと向かった。