第55話 過小戦力
村長の家の前に着くと、そこには村長の姿があり、その前には多数の人間の姿とガラムの姿があった。
周りには多数の魔族が倒れている。
倒れている魔族の身体には無数の切り傷があり、残念ながら生きている者が居るとは思えない状況だ。
「ガラム...」
「おやおや...ロディ様ではないですか。その節はどうも」
「ガラム。これは何の真似だ?」
「何の真似? この村の魔族を皆殺しにするつもりですが何か?」
ガラムがニタニタと笑う。かなり燗に触る笑い方だ。
今のガラムの姿は魔族の姿の状態なので、カナンの人々はガラムのことを人間だとは気付いていないだろう。
「初めからそれが目的でこの村に潜り込んだのか? その姿は目障りだ。元の姿に戻るがいい」
「この村の魔族は全滅させる予定なので別に戻っても構いませんがね。それから魔族の皆殺しは目的のついでですよ」
ガラムが擬態を解除する。前に見た人間の姿へと戻る。
「ガ、ガラムが人間だと!?」
ガラムの正体を知り村長が驚きを見せる。
俺がガラムの正体を知っていた上でこの村に住むことを許可したと知ったら、村長はどう思うだろうか。この惨劇を招いた原因は間違えなく俺なのだから...。
「貴方がお人好しで助かりましたよ。まさか私が人間と知っていて、この村に住むことを許してくれるとはね。私に監視を付けるように命令したのも知っています。お陰で中々タイミングが合わせられなくて苦労しましたよ」
「完全に私のミスだ...。せめてお前の命で弔いをさせて貰おう」
ガラムの能力値を確認したが、俺よりも若干低い程度の能力値だ。
コイツだけは俺がこの手で倒さなければ気がすまない。
「私の後ろの人間が見えませんか? もしも強い魔族が現れても問題がないように、冒険者ギルドでAランク以上の冒険者を傭兵として雇っているのですよ?」
8.9.10...ガラムの後ろには10人の冒険者の姿がある。
流石Aランク以上と言うだけあって、全員が俺よりも高能力値だ。
「ガラムさん。コイツがケルティアの領主ですか? 全然大したことがなさそうに見えるんですけど?」
既にケルティアという名称が他国にも伝わっているらしい。だが、今そんなことはどうでも良いことだ。
「ああ、そうだ。この男を殺せばケルティアはアルバスのものになったようなものだ。お前達にも追加報酬を支払ってやるぞ?」
「やりー!」
「こんな簡単な仕事で追加報酬とか、俺達は運が良いぜ!」
ガラムに雇われた冒険者達はテンションが上がっているようだが、残念ながら運が良いところかコイツらの人生はここで終わりを告げることになるだろう。
倒れている魔族達を殺ったのはコイツらの筈だ。領民の命を奪った人間を俺は許すわけにはいかない。
「マリス。ガラム以外の冒険者達はマリスに任せても良いか?」
「もちろんです。ガラムも私にお任せ下されば、ロディ様のお手を汚すことはございませんよ?」
確かにマリスに任せればガラムは1秒でこの世界から消え去ることになるだろう。
だが、コイツだけは俺がこの手で始末しなければならない。
初めて人を殺すことになるが、今の俺に迷いはない。
「アイツだけは私がこの手で殺る。お前は他の者を倒してくれるだけで良い」
「...わかりました」
マリスが冒険者達の方へゆっくりと歩いて行く。
能力値の隠蔽をしているのか、冒険者達に焦りは見られない。
「姉ちゃん1人が俺達の相手をするっていうのか? 冗談は止めてくれよ」
「かなりの美人だし、殺さずに傷め付けた後で楽しむとしようぜ!」
「じゃあ俺に任せな」
冒険者の中から1人がマリスに近付いて行く。
大柄の男で武器は棍棒のような物を持っている。
「一撃で終わらせてやるよ!」
男は棍棒を振り上げるとマリスの頭上に振り下ろした。
普通の人間ならあんな一撃を頭に食らえば、痛め付けるどころか即死してしまう。
普通の人間ならの話だが...。
「何!?」
マリスは左手で男の棍棒を受け止めた。
「バ、バカな...ピクリとも動かねーぞ...」
「ロディ様のお心を痛めた貴方達は絶対に許しませんよ」
マリスが右手を手刀の形に変え、男の腹に突き出した。
「が、がはっ!」
マリスの右手は男の腹を貫き背中から顔を出している。
男は身体に鎧を身に付けているが、全く意味を持たないと言わんがばかりに簡単に貫通してしまっている。
マリスが男の腹から右手を引き抜くと、男はその場に崩れ落ちた。
「な、なんだコイツは...」
「ハートがこんなに簡単に殺られるなんて...」
「だったらこれでどうだ!」
後方にいた男が右手をマリスに向ける。
格好からするにこの男は魔法職だろう。
『火球』
男の右手から炎の玉が放たれる。
「おいおい! 燃やしちまったら楽しめないじゃないか!」
炎の玉はマリスの身体に直撃する。しかしマリスの身体が燃え上がることはなく、全くの無傷に見える。
『火球』
男が放ったものよりも遥かに大きな炎の玉がマリスの右手から放たれると男に直撃する。
「ぎゃぁぁぁ!」
男は大きく燃え上がると一瞬で燃え尽きた。
「ヤバイぞ...この女、相当な実力の持ち主だ。一斉に掛かるぞ!」
1人の男を残して全員がマリスに襲い掛かった。
襲い掛かってきた人間を武器も魔法も使うことなく、一瞬でマリスが倒していく。
その手刀はまるで切れ味の良い剣の様に簡単に首を落としていく。
時間にして1分も経っていないだろう。襲ってきた7人の冒険者達は全員が命を落とすこととなった。
「ふふふ。相当な強さだな。だが、そいつらと俺を一緒にするんじゃないぞ? 俺はSランク冒険者のラウル...ぐふっ!」
マリスは1人残っていた男に一瞬で近付くと、右手を伸ばしてその胸を貫いた。
男の名前がラウルなのか、その続きがあったのかはわからないが、俺がそれを知ることはこの先一生ないだろう。
「バカな...Aランク以上の冒険者達がこんなにアッサリ殺られるなんて...」
ガラムがマリスの戦いを見て怯えている。
明らかに過小戦力だと気付いたところで、時既に遅しだ。
「あ、あんな女に勝てる筈がない...」
ガラムが少しづつ後退りする。
「安心しろ。お前の相手をするのは私だ」
俺は拳を握り締めガラムに殴り掛かった。