第54話 アルバスの侵攻
(今からカナンに向かうよ。もし何かわかったら連絡をするから、アルロンも何かわかったら連絡をして欲しい)
(わかりました。くれぐれもお気をつけ下さい)
アルロンとの話が終わったのを見計らったかのように、マリスが俺に近付いてくる。
「ロディ様...いかがなされたのですが?」
明らかに動揺している俺を見て、マリスが心配そうな顔をしている。
「アルロンからの連絡があって、カナンがアルバスの攻撃を受けているらしいんだ...。マリス...テベルへの転移門を頼むよ。ヘクトルとミラをテベルに送ったら次はカナンへの転移門を繋いで欲しい」
「カナンがアルバスの攻撃を...わかりました」
マリスがテベルへ繋がる転移門を発動させる。
周りに人は居ないし転移門を誰かに見られることもない筈だ。
見られたところで特に問題がある訳ではないが、マリスの実力を隠している現状では見られないに越したことはない。
「2人ともこの門を潜って。テベルに繋がっているから」
門を潜るように言っても2人は潜ろうとしない。未知の魔法に恐れているという訳ではないと思うのだが...。
「何かヤバイことが起こってるんだろ? 俺達も力を貸すぜ?」
「そうよ。ロディ。私もロディの力になりたいから!」
2人の気持ちは嬉しいが、これは魔王として俺がやるべきことだ。場合によってはアルバス王国の人間と戦闘になる可能性もある。そうなれば領地の民を守る為に俺は人間の命を奪ってしまうことになるかも知れない。流石にそんなことに2人を巻き込む訳にはいかない。
「2人の気持ちは嬉しいけど、これは魔王としての俺がやらなくちゃいけないことなんだ...。魔王として行動をする時に2人の力を借りる訳にはいかない。俺が戻るまでテベルで待ってて欲しい」
2人は中々納得してくれないが、こんなところで時間を掛けている訳にはいかない。一刻も早くカナンに向かわなければいけないんだ。
そんな俺の焦りが伝わったのかミラが口を開く。
「わかった...。ロディが戻ってくるまでテベルで待ってるね。その代わり...絶対に無事に戻って来てね...」
「うん。マリスも居るし、大丈夫だから安心して待ってて」
ミラがヘクトルの手を取り転移門の方へと引っ張る。
「ミラ。引っ張るなよー」
「ヘクトル。次の依頼ではどっちが沢山モンスターを倒せるか競争しよう」
「ああ。約束だぞ!」
2人は転移門を潜りこの場から姿を消す。
2人が転移門を抜けテベルに転移したのを確認すると、マリスは直ぐに転移門を閉じカナンへと繋がる新たな転移門を開く。
マリスが転移門を発動させているタイミングで、俺は異空間収納袋から邪神の仮面を取り出し、身に付けた。
「ロディ様。カナンへの転移門を開きました」
マリスが話終わるのと同時に俺は門を潜る。
門を抜けた先はカナンの入口だった。
「そんな...」
俺の前にあるのは村のあちこちから炎が上がっているカナンの姿だった。
入口から村の中を見ると血を流し倒れている3人の魔族の姿が見えた。
おそらく全員男性だ。
まだ転移門からマリスの姿は現れていない。俺は1人で村の中へと走って行く。
「おい、大丈夫か?」
1人目の魔族に声を掛けるが、どうやら絶命しているようだ。
2人目の魔族からも反応はなかった。
3人目の魔族に声を掛けると微かな声で返事があった。
「くっ、ううう...貴方は...」
「私はロディ。ケルティアの領主だ」
俺が領主になったことは皆知っていると思うが、俺の姿を知っている者は少ないだろう。
「ロ...ロディ様...皆を助けて下さい...」
「待っていろ。今、マリスに回復魔法を掛けて貰うからな」
男は首を振る。致命傷の傷で諦めているのかも知れないが、マリスならどれだけの重傷でも治すことが出来る筈だ。
「私のことより...皆を...ガラムの奴が人間を...大勢連れて村を...」
ガラム...。アルバス王国の人間で俺がこの村で生活をする許可を与えた男だ。
まさかガラムがこの村の攻撃に関わっていると言うのか...。
「ロディ様。危険ですからお一人で行かれないで下さい」
先走った俺にマリスが追い付いたようだ。
「マリス。この男に回復魔法を頼む」
マリスが男に近付き、状態を確認すると残念そうな顔をしながら首を振る。
「申し訳ありません...。私の魔法では死者を蘇生させることは出来ません...」
間に合わなかったのか...。目の前で失われようとしている命を助けることが出来なかった...。
俺が少しでも回復魔法を使えれば救うことが出来たかも知れない...。
だが、男の死を悲しんでいる時間はない。男は村の仲間を俺に託して死んでいった。まだ生きている魔族がいるなら必ず全員救ってみせる。
「マリス。村の奥へ進むぞ」
「はい」
マリスと2人で村の奥へと進んで行く。人間に火を放たれたのか燃えて煙を上げている建物がいくつもある。
村の中央辺りまで来ると魔族と人間による戦闘が行われていた。
魔族の数は3人。3人とも武器は手にしておらず、素手で応戦している。それに対して人間の方は武装をした兵士が10人だ。
「ハハハッ! 魔族は全員皆殺しだぁ!」
兵士の1人が魔族の1人に剣を降り下ろす。
俺は全力で走り、兵士の腕を掴んだ。
「何だテメェは?」
兵士は腕を降り下ろそうとするが、俺は全力で兵士の腕を押し返す。
「くっ、お前らコイツを切ってしまえ!」
残りの兵士達が一斉に俺に向かってくる。
流石にこの人数は不味いな...。
『火球』
マリスが放った大きな火の玉は兵士達に直撃して大きく燃え上がった。
「うぎゃぁぁぁ!」
その威力は相当なもので、普段ミラが使っている火球とは比べ物にならない威力だ。
俺が腕を握っている兵士以外の9人が一瞬で燃え尽きる。
「ちっ! 化け物が! だが、これだけ近い距離にいたらあんな強力な魔法を使うことは出来ないだろう。使えばコイツも巻き沿いだからな」
兵士の言う通り、この兵士に火球が当たれば俺も一緒に燃え上がることになるだろう。
だが、俺の近くにいれば安全だと思っているのは、マリスのことを知らなさ過ぎる。
『風の刃』
マリスの放った風の刃が兵士の首を落とした。
あまりの速度に兵士は自分の首が切られたことも知らずに死んでいっただろう。
この仮面のせいなのか、目の前で10人の人間が死んだというのに何の感情も沸いてこない。
「大丈夫ですか?」
マリスが3人に回復魔法を掛ける。幸いにも重傷者はおらず治療は一瞬にして終わった。
「マリス様。ありがとうございます。ガラムが大勢の人間を連れて村長の所へ向かいました...。どうか村長達をお助け下さい!」
やはりこの騒ぎの原因にはガラムが関与しているらしい。
もしそうであればマリスやアルロンが止めるのも聞かずに、この村で暮らすことを許した俺の責任だ。
「マリス。村長の所へ急ぐぞ」
「はい!」
俺は全力で村長の家へと向かった。




