第48話 終末の炎
先程は剣で受け止めていたエレンだったが、今度は受け止めることなくバックステップして避ける。
「良い判断ですね。その剣で神器を受け止めようものなら、簡単に折れてしまいますからね」
エレンが使っているのはどこにでも売っているような鉄製の剣だ。
日によって様々な剣を使い分けているようだが、この剣を使っている日が一番多い気がする。
手頃に買えるし、エレンならこの剣でも十分なのだろう。
もちろん神器を相手にするのには荷が重すぎる剣だ。
「貴女の速さは相当なものですが、この剣にはこういう使い方も出来るんですよ」
アレスが剣を頭上に掲げると剣から無数の炎の玉が出現して、エレンへと向かって行く。
エレンは素早い動きで炎の玉を全て回避するが、そこへアレスの剣が襲い掛かる。
エレンが攻撃を避けるが、先程よりは余裕がなかったように見える。
気のせいかも知れないが、アレスの動きが速くなっているような気がする。
「ロディ様。気付かれましたか?」
「アレスさんの動きが速くなっているってこと? やっぱり俺の勘違いじゃないよね?」
「はい。神器には使う者に力を与えてくれる効力があるのです」
神器を使っている間は能力値が上昇するということか。
流石は神器、凄い性能だな。俺は闇の剣を手にした時の恐怖が残っていて使いたいとは思わないが...。
「神器相手にその剣で戦おうというのは無理があるんじゃないですか? 貴女も神器を使ってはどうですか?」
「アンタじゃないけど、私が神器を使ったらアンタを殺してしまうよ? 私としてはアンタが死んだところで、別に何の問題もないんだけど国同士での争いにでも発展して、私まで駆り出されることになったら面倒だからね」
ラウンドハールの八竜勇者がバーナックの八竜勇者を殺すようなことがあれば、2国間での争いに発展する可能性もある。
戦争になれば、この国の最強戦力であるエレンに招集が掛かるのは間違えないだろう。
基本的には八竜勇者となれば国からの指令には従う義務がある。
「嫌でも使わせてみせますよ!」
アレスがエレンに向けて連続で剣を降り下ろす。
その攻撃速度は先程よりも速くなっているが、何とかギリギリ俺にも追える速度だ。
エレンはアレスの攻撃を全て避けているが、剣から放たれる炎の玉も全て回避する必要があるため、単純に剣を避けるよりも苦労が伴う。
「神器を使った時の速さはボチボチだね」
「避けているだけでは貴女に勝利はありませんよ」
「そうだね。そろそろ反撃をさせて貰おうか」
エレンが剣を腰の鞘へと戻す。
「やっと神器を使う気になりましたか?」
エレンは右手を剣を握るような形に変える。
『魔法剣』
エレンの右手に魔力で作られた剣が出現した。
「魔法剣ですか...。魔法剣士としてもかなりの実力をお持ちのようですね」
「さぁ、今度はこっちから行くよ」
アレスは炎の剣を出して、エレンの素早い攻撃を受け止める。
魔力で作られた剣は物理的な武器で壊されることはない。
そこからエレンの激しい連続攻撃が繰り出される。
俺には目で追うことの出来ない速さだ。
「くっ、くぅぅ...」
何とか攻撃を防いでいたアレスだったが、堪らず少し後ろに下がる。
「うっ、うう...」
エレンの攻撃で意識を失っていたリックがシルヴィアの回復魔法により目を覚ました。
「リックさん。大丈夫ですか?」
「ああ...シルヴィアか...すまない。戦いはどうなった?」
「アレス様がエレン様と交戦中ですが、状況は良くありませんね...」
目覚めたリックにハーヴェイが近寄る。
魔法援護などをすることが出来る筈だが、エレンには通用しないと知ったのか、ハーヴェイはアレスの戦いを見守っていただけだ。
「リック...。闇の勇者には私の光魔法でさえ通用しませんでした...」
ハーヴェイが下を向いて悔しそうな顔をする。
自分の使える最高の光魔法を使ってもあの結果となればこうなるのも当然だ。
「あの女の強さは次元が違う気がする...。アレスの強さは俺が一番良く知ってるが、そのアレスでもあの女には勝てる気がしない...」
「ですがアレスにはアレがあります。アレスが人間相手に使うかはわかりませんが...」
ハーヴェイとリックの会話が聞こえてくるが、アレスには何か隠している力があるのだろうか。
当然2人の会話はエレンにも聞こえていることだろう。
「何か切り札でもあるのかい? だったら使ったらどうだい?」
「流石に人間相手に使う訳にはいきませんよ」
アレスが剣をかざす。
剣から無数の炎の玉が放たれる。
「無駄だよ」
エレンは向かってくる炎を玉を全て切り裂いた。
こんなことが出来るのも魔力で作られた剣ならではの芸当だろう。
「炎の勇者の実力はこんなものかい...ガッカリだよ...。もうアンタの実力はわかったから、さっさとバーナックに帰るといい」
エレンはアレスに背中を向けると、俺の方へ歩いてくる。
もう戦いは終わったとでもいっているようだ。
「私を舐めないで貰いたい! これを人間相手に使うのは初めてですが、貴女に勝つ為には仕方がありません...」
アレスの身体から物凄い力を感じる。
背後から感じる力に気付きエレンが後ろを振り返った。
「へぇー、それは少し期待出来そうだね」
アレスの身体から溢れ出る力が剣へと集まっていく。
「これで終わりにします!」
『終末の炎!』
アレスの剣から巨大な炎が放たれると、炎はそのままエレンへと向かって行った。
エレンは魔法剣を両手で握り、そのまま振り上げる。
「はぁーっ!」
エレンが剣を降り下ろし炎を切り裂く。
炎は中央から切り裂かれ、2つに分かれたままエレンの身体に襲い掛かる。
「くっ...」
一瞬にしてエレンの身体が炎に包まれていく。
「母さん!」
「はぁ、はぁ、はぁ、これなら流石に闇の勇者と言えども無事では居られない筈だ...」
アレスが肩で息をしている。
今の一撃で相当な消耗をしたように見える。
暫くして炎が収まっていく。エレンが無事で居てくれると良いが...。
「!? バ、バカな...」
そこには魔法剣を握り締めたエレンの姿があった。
流石に無傷という訳にはいかないが、大きな傷を負っている様子はない。
「流石に今の一撃は少しだけ効いたよ...。お返しさせて貰うよ!」
エレンが一瞬でアレスに接近すると、アレスの頭上にエレンの剣が降り下ろされる。
「母さん! 駄目だ!」
この一撃を食らえば確実にアレスは死んでしまうだろう。
だが、俺にはエレンを止めることなど到底無理だ。
「アレス様ぁぁぁ!」
シルヴィアの叫び声が辺りに響き渡った。