第47話 炎の剣
「おいおい...いくら闇の勇者だからといって、流石に俺達を舐めすぎじゃないのか? 俺の名はリック。腕力だけならアレスよりも自信があるんだぜ?」
坊主頭の男の名前はリックというらしい。
まぁ、見た目からして明らかに脳筋タイプだろう。
「リック。下がってくれ。ここは私が1人でやる」
再びアレスがエレンに近付こうとしたところをローブの男が制止する。
「アレン。相手がああ言っているのです。ここは四人全員で相手をさせて貰いましょう」
「ハーヴェイ...しかし!」
ローブの男の名前はハーヴェイというらしい。
アレスにリック、それからハーヴェイとシルヴィア。アレスの仲間達の名前が全員判明したな。
「残念ながらアレスよりも闇の勇者エレンの方が実力は上なようです。私達が王から受けた任務は闇の勇者をバーナックへと連れて行くことです。ここは自重して下さい」
「くっ、くうう...」
アレスは歯を食い縛り悔しがっている。
同じ八竜勇者を相手に1対4で戦うなどプライドが許さないのだろう。
「シルヴィア。貴女は補助魔法と回復魔法での援護に専念して下さい」
「はい!」
リックがエレンに向かい走り出した。
「どぉりゃぁぁぁ!」
リックは大きな斧を右手一本だけで扱いエレンに向けて振り下ろす。
エレンが剣で斧を受け止める。
あれだけ大きな斧を受け止めているというのにエレンの腕に震えなどはない。
「ぐっ、くぅぅ...一体この身体のどこにこんな力があるって言うんだ...」
リックは青筋が立つほど力を込めて斧を押しているようだが、エレンの剣はピクリとも動かない。
「アレスよりも腕力があるって言ってたけど、大して変わらないよ」
エレンが右足を回しリックの横っ腹を蹴りあげる。
エレンの素早い動きにリックは全く反応出来ていないようだった。
「ぐはっ!」
もろにエレンの右足を食らったリックが横によろめく。
その状態から更にエレンが追撃をする。
「流石にこの一撃で死ぬとかはなしだよ」
剣を横に倒しながらリックの鎧に叩き付ける。
おそらくそのまま振ってはリックの身体を切断してしまう可能性があるからだろう。
「がはっ!」
エレンの剣がリックを捉えるとリックの鎧が砕ける。
相当な衝撃だったのかリックは白目を剥きながらその場に崩れ落ちた。
「リックさん!」
シルヴィアが心配そうな顔をしながらリックに近付く。
「良かった...。気を失っているだけです」
リックの生存を確認したシルヴィアはほっと肩をなで下ろした。
「こんなに簡単にリックを落としますか...ですが、距離を取って魔法で攻撃をすれば」
ハーヴェイが両手を頭上に上げると両手に魔力が集まっていく。
魔法が放たれるとわかっていてもエレンが何かをしようとする素振りはない。
「余裕ですね。大怪我をしても知りませんよ」
ハーヴェイの両手から炎が発生し始めた。
あれだけの炎を食らえば普通の人間なら間違えなく即死レベルだ。
ハーヴェイの両手が下ろされる。
『炎槍!』
槍を形取った炎がエレンに向かい飛んで行く。
エレンが拳を握り締めている。まさかな...。
俺の予想は当たっていた。燃え盛る炎槍に対してエレンが殴り付ける。
エレンの拳がぶつかると炎が拡散して炎槍が消滅する。
「そんなバカな...炎の勇者であるアレスでさえこんな真似は...」
「どうやら大怪我はしなかったようだね」
以前スフィーダの火球を握り潰したのは見たが、今回の魔法はあの時とは比べ物にならない程の威力の筈だ。
「くっ...仕方ありません...。貴女の命を奪ってしまうかも知れないと思って躊躇していましたが、使わせて貰いますよ」
「ああ。何でも使うと良い。それで私が死んだとしても気にすることはないよ。まぁ、残念ながら死なないと思うけどね」
再びハーヴェイの両手が頭上に上げられると、先程よりも更に強い魔力が集まっていく。
「闇の勇者である貴女は光の加護が低い筈です。私が使える最高の光魔法をお見舞いしましょう」
ハーヴェイの両手が光輝く。
そのままハーヴェイは両手を下げて手のひらをエレンへと向ける。
『閃光の一撃』
ハーヴェイの両手から一筋の光が発射される。
それはまるでレーザービームの様にエレンの身体を貫いた。
「母さん!」
魔法が放たれることはわかっていたのに、何故エレンは何もしなかったんだ...。
流石に高位の光魔法の直撃を食らえば、エレンだって無事では居られない筈だ。
「マリス! 急いで母さんに回復魔法を!」
慌てる俺とは裏腹にマリスは落ち着いた表情をしている。
「ロディ様。問題ありませんよ。あれくらいの光魔法など、クロード様の光魔法に比べたら...」
俺が落ち着いてエレンの方を見ると、エレンは涼しい顔をして立っていた。
確実に魔法はエレンを貫いていた筈なのだが...。
「死ぬかも知れないなんて言うから試しにノーガードで食らってみたけど、こんなものか...。少しガッカリだよ」
エレンがジリジリとハーヴェイに近付く。
「そんなバカな...。光魔法を受けてノーダメージだと...」
「ノーダメージじゃないよ。流石に光魔法だし、ちょっとだけダメージは受けたから」
「くっ、くぅ...」
これ以上エレンに対してハーヴェイに何かが出来るとは思えないが、再び両手を頭上に上げる。
「距離を取って魔法を放っていれば安全だと思っているみたいだけど、それは勘違いだから」
エレンが左手をハーヴェイに向けると同時に魔法が放たれる。
『風刃』
物凄い速度で放たれた風刃がハーヴェイの頬を小さく切った。
おそらく外れたのではなく外したと言うのが正解だ。
直撃していたら間違えなくハーヴェイの首は地面へと落ちていたことだろう。
魔法の発動速度も相当な早さだった。熟練の魔法の使い手でもあそこまでの早さの人間は中々居ない筈だ。
ハーヴェイは頬から垂れる血を拭うことなく、衝撃でその場で固まってしまっている。
「やはり私がやるしかないようですね」
アレスがエレンに近付くと大剣を背中へと戻す。
「どうやら使う気になったようだね?」
「貴女に勝つにはこの剣を使うしかないようですからね。炎よ! 全てを焼き尽くせ! 神器炎の剣」
突如空間に赤い裂け目が出来る。
その裂け目から炎が吹き出すと同時に1本の真っ赤な剣が現れる。
アレスが両手で剣を握り締める。
「神器炎の剣。まさか人間を相手にこの剣を使う時が来るとは思いませんでしたよ」
アレスは剣を振り上げエレンに切り掛かった。