第41話 女神の生まれ変わり
「一体アルに何があったと言うの? ウォルシュ先生の治療の成果がようやく報われたと言うの?」
アルの元気な姿を見て泣き出したファンナの母親だが、少し冷静になったようだ。
さっき出ていった時は魂が抜けた様な表情をしていたアルが、今は何事もなかったかのように元気な表情をしている。
冷静に考えればおかしな現象だ。
「違うのお母さん。実は...」
ファンナがウォルシュの治療院で起こったことを母親に説明した。
話を聞き終えた母親がいきなりマリスの前で土下座を始めた。
「アルを助けて頂き本当にありがとうございます。貴女はまるでアルテミア様の産まれ変わりの様です」
マリスは女神の生まれ変わりどころか魔族なのだが...。
「お母さん。それだけじゃないの...実は...」
ファンナが魔水晶を取り出し母親に見せると、俺から貰った物だということを伝えた。
母親は魔水晶という物を知らなかったようで、最初は無反応だったが、ファンナからその価値を聞くと今度は俺の前に立った。
「ロディさんと言いましたね。流石にこんな物を頂く訳にはいきません...。金銭的に苦しいのは確かですが、マリスさんのお陰でアルも元気になりましたし、これから何とかなると思いますので」
アルの治療費が掛からなくなって、これから先はかなり楽にはなると思うが、現状は借金の利息も払えない状態だ。
決して安心出来る状況とは言えないだろう。
「それじゃあ今後、俺達がこの宿に泊まる時の料金を先に払ったということにして下さい。今日も含め今後、俺達がこの宿に泊まる時は料金を払いませんから」
「そんな...アルを助けて頂いたのです。元々あなた達から料金を受け取るつもりはありませんよ」
確かに全状態異常回復1回で30万コルだと考えると、普通にこの宿屋が買えてしまう金額だ。
しかしマリスは、俺の友達になったファンナの弟であるアルに魔法を使っただけで、そんなことを恩にきせるつもりは1㎜もない。
そんな話をしている時、不意にお腹が鳴る音が聞こえてきた。
「腹減ったー...」
音の主はヘクトルだ。
もう夜も良い時間だ。ヘクトルだけじゃなく俺もかなりお腹は空いている。
「お母さん。料理の準備は出来てる?」
「あ、ああ...出来てるわよ。ファンナは皆を食堂に案内してくれる?」
「それじゃあ皆を食堂に案内するね。お母さんの料理は本当に美味しいから期待しててね」
俺達はファンナの案内で宿屋の中にある食堂へと向かう。
食堂と呼ばれている部屋は4人掛けのテーブルが3つと、カウンターが設置された部屋で、カウンターの奥が厨房になっているようだ。
俺達はファンナの指示を受け、4人掛けのテーブルに腰を掛ける。
俺の隣にはマリスが座り、正面にヘクトル、その隣にミラだ。
アルも一緒に食事をするようで、隣のテーブルに腰を掛けた。
ファンナの方は厨房へ入って行く。
俺達とファンナ一家以外に客の姿は見られない。
やはり本日泊まっている客は他にいないのだろう。
俺達が席に着いて直ぐに、ファンナの母親が厨房の方へ入って行き、暫くするとファンナと母親により料理が運ばれてきた。
テーブルに料理が置かれるなり、ヘクトルが料理に飛び付く。
「美味い! モグモグ! この料理メッチャ美味いぞ!」
「頂きます」
俺もヘクトルに続き料理を食べ始める。
今夜のメニューはサラダ、スープ、ハンバーグに付け合わせ、そしてライスだ。
この世界の料理は俺が元居た世界と殆ど変わりがない。
違いがあるとすれば、牛や豚や鶏肉以外に魔物の肉が使われていることだ。
何よりこの世界にライスがあったことが一番嬉しい。
日本人だった者としてはライスのない世界など、耐えられないからだ。
「確かに美味しい...」
ヘクトルの言った通り料理はかなりの美味さだ。
サラダはシャキシャキで、スープは薄すぎず濃すぎず丁度良い味付けだ。
ハンバーグは何の肉かはわからないが、噛んだ瞬間に口の中に肉汁が溢れる。
これだけ料理が美味ければ、人気宿になってもおかしくない筈だが、今日来ていた借金取りの嫌がらせが相当酷いのだろうか...。
「この料理本当に美味しいです!」
「ありがとう。私、料理には自信があるのよ」
ファンナの母も、ファンナとアルと一緒に隣のテーブルで食事をしている。
「でしょー? お母さんの料理は本当に美味しくて、お父さんもそれが理由でお母さんと結婚したんだから」
「ファンナのお父さんは何をしているの?」
「...お父さんは死んじゃったんだ。お父さんはそれなりに名の知れた冒険者だったんだけど、5年前に魔物と戦って死んだんだって、お父さんのパーティーだった人に聞かされたんだ」
聞かされたという表現をすると言うことは、ファンナは父親の遺体を見ることは出来なかったということだ。
別に冒険者なら珍しくはない。
魔物に食べられてしまう人間もいれば、焼き殺されて灰になってしまう人間もいる。
冒険者の墓には本人の骨が埋められていない墓も多い。
「そうだったんだ...ゴメン...」
「全然大丈夫だよ。私はロディのお陰で、冒険者をやる理由がなくなったから、冒険者は辞めちゃうと思うけど、私が冒険者を辞めても友達でいてね」
「もちろんだよ。ファンナが冒険者でも冒険者じゃなくても関係ないから」
ファンナは嬉しそうに微笑んだ。
料理を食べ始めてから30分程が経過すると、全員が料理を食べ終わった。
誰も料理を残した者はおらず、全員が完食している。
「それじゃあファンナにはロディさん達を部屋に案内して貰おうかな。ロディさん達は4人部屋で良いかしら? それとも2人部屋を2つの方が良いかしら?」
冒険者になったからには、男女一緒の部屋は良くないなどと言ってられない。
ここは4人部屋で良いだろう。
「4人部屋でお願いします」
「わかりました。それじゃあファンナは部屋まで案内をお願いね」
「うん」
食事を食べ終わった俺達は、ファンナに部屋へと案内される。
案内された部屋はベッドが4つ置かれた少し広めの部屋だった。
「それじゃあまた明日の朝に食堂でね」
俺達の案内が終わったファンナが帰って行く。
おそらく受け付けカウンターの奥へ向かったのだろう。
「とりゃあ!」
部屋に入るなりヘクトルがベットにダイブする。
ヘクトルが勝手にベッドを選択したため、残りの3人がそれぞれベッドを選び上に腰掛ける。
暫く皆と会話をした後、眠気が襲ってきたので俺は眠ることにした。
俺が眠りについてから何時間くらい経過しただろうか...。
かなり大きな声が聞こえてきて、俺はその声で目を覚ました。




