第40話 1億コルでもお断り
アルがベッドの上で身体を起こす。
「アル!? アルー!」
ファンナがアルに抱き付く。
その目には涙が浮かんでいる。
「お姉ちゃん...苦しいよ」
アルがファンナの身体を振りほどく。周りに人の目があることもあり、その顔は少し恥ずかしそうにしている。
「バカな!? 全状態異常回復を使える人間がこんなところにいるなんて!」
ウォルシュの驚きは相当なものだ。
マリスが全状態異常回復を使えることを俺は知っていた。
昔から風邪を引いた時なんかには、よく全状態異常回復を掛けて貰ったりしていたが、まさかそれほど凄い魔法だということは知らなかった。
おそらく戦闘で受けた状態異常に関しては、全状態異常回復よりも状態異常完全回復の方が効果的だとは思うが、全状態異常回復なら病に対しても効果を発揮することが出来る。
「アル。身体の調子はどうなの?」
「え? 全然何ともないけど、何かあったの?」
どうやらアルにはアルベト病にかかっていた時の記憶がないようだ。
完全に普通の状態ではなかったし、無理もないだろう。
「アル...ううん、何にもないよ。アルが元気で良かった」
再びファンナがアルを抱き締める。
だが、暫くすると直ぐにマリスのことを思い出したようだ。
「マリスさん。アルを治してくれて本当にありがとうございます。アルもマリスさんにお礼を言うのよ」
ファンナは深く頭を下げる。
何のことかわかっていないアルもファンナの真似をして頭を下げる。
「マリスお姉さん。ありがとう」
「いえいえ。それじゃあもうこんなところに用はないと思いますので、帰りましょうか?」
俺達が宿屋に帰るため治療院を出ようとすると、ウォルシュがマリスの前に立ち塞がる。
「待ってくれ! ぜひ、ウチの治療院で働いてくれないか? 貴女がいればこの治療院はラウンドハール1の治療院になることが出来る。給料は月に50万...いや、100万コル支払おう!」
一瞬、物凄く高額な給料に見えるが、リカバリー1回で30万コル請求するなら、月に10回掛けるだけで300万コルだ。
重い病気に掛かった貴族などで、金に糸目を付けないという人間はいくらでもいる。
月に10回どころではないかも知れない。
「1億コル支払って貰ったとしてもお断りします。私、お金には困っていませんので」
マリスはウォルシュの隣を通り抜け治療院の外へと出る。
ウォルシュもそれ以上は何も言えなくなってしまったようだ。
マリスに続き全員が治療院の外へ出ると、ファンナの案内で再び宿屋へと向かう。
ここに来るまではファンナにおぶられていたアルだったが、今は自分の足でしっかりと歩いていた。
「それにしてもマリスって本当に凄いよね。ジムスさんの傷も治しちゃうし、アルの病気も治しちゃうし、俺なんかよりもマリスの方が全然勇者って感じがするよ」
「ロディ様ならいずれは、私よりも凄い魔法を使えるようになるかも知れませんよ」
マリスは笑顔でそう言うが、流石に賢者のマリスよりも魔法の面で優れた存在になるのは無理な気がする。
「え? ロディの職業って勇者なの?」
「そうだよ。そう言えばファンナには言ってなかったね」
ファンナが俺の能力値を見れば、勇者だということは直ぐにわかった筈なのだが、わざわざ確認はしていなかったのだろう。
「凄いなー、やっぱりロディのお父さんが勇者だったりするの?」
「いや、違うよ」
父親は勇者どころか真逆に位置する魔王だ。
エレンが勇者ということは言っても問題ないと思うが、わざわざ言う必要もないだろう。
「そっか、でもロディならきっと有名な勇者になれると思う。ロディはこの先もずっと冒険者を続けるんだよね?」
「そうだね。ファンナは違うの?」
「私は出来れば宿屋の手伝いに身を入れて、母さんを楽させてあげたいの...。これからはもう治療費を稼ぐ必要もないから、冒険者をやる日は今よりも少なくなるかな。と、言ってもお金を返さなくちゃいけないから、ある程度は冒険者ギルドにも顔を出すと思うよ」
アルの問題は解決したが、まだファンナには1万コルの借金という問題が残っている。
月に3000コル支払っていた分がなくなることで、かなり楽にはなる筈だが、現状は利子の1000コルも払えないくらいカツカツな状態だ。
それに比べて俺達は誰1人、お金に困っている人間はいない。
だったらすることは1つだな。
「...皆に相談があるんだけどさ...」
「魔水晶のことか? 俺は必要ないから全然問題はないぞ」
ヘクトルの奴、頭は悪いくせにこういう時だけは勘が利くな。
「魔水晶をファンナにあげるんでしょ? 私も全然大丈夫だよ」
ミラの了解をとることも出来た。
俺は異空間収納袋から魔水晶を取り出して、ファンナに差し出す。
「これをファンナにあげるよ」
「え!? 何言ってるの!? 貰える訳がないじゃない。1/4を貰うだけでも申し訳ないと思ってるのに...」
「良いんだよ。俺達は特にお金が必要な訳じゃないし、また水晶スライムから手に入れれば良いだけだから」
そうは言ったが、水晶スライムを1000匹倒しても魔水晶が手に入るとは限らない。
そもそも水晶スライムに遭遇出来る機会自体が珍しいことだ。
「いや、でも...流石にそれは...」
「ファンナが受け取らないならその辺に捨てちゃうよ」
俺が魔水晶を遠くに投げ捨てようと振りかぶると、ファンナが俺の腕を握り必死に止める。
「駄目、駄目ー!」
もちろん俺には本気で捨てるつもりなどない。
「じゃあどうするの? ファンナが受け取ってくれる?」
「ロディ...ありがとう...。本当にありがとう...」
ファンナは魔水晶を俺から受け取ると、懐に抱え込んだ。
そのまま大事そうに抱え込んだまま歩き続ける。
そうこうしている間に俺達は宿屋へと戻ってきた。
アルが真っ先に宿屋の中へと入る。
「お母さんただいまー!」
「アル!? アル!?」
最初は元気なアルの姿を見て戸惑っていたが、直ぐにアルを抱き締める。
アルを抱き締めている母親の目からは大粒の涙が溢れ落ちていた。
その姿を見て、再びファンナの目からも涙が溢れていた。




