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第39話 リカバリー

「こっちは今月分の利子1000コルだけで良いから払えって言ってるんだよ!」


「約束の期限は明日の筈です。お客様にもご迷惑が掛かりますので、今日のところはお引き取り頂けませんでしょうか...」


 どうやら男は借金取りのようだ。現実世界でもドラマや漫画の中でしか見たことがない光景が目の前に広がっている。


 実際にこんなベタな借金取りが居るんだな...。


「他のお客様? どこにそんな奴が居るんだ? こんな宿に泊まるような客が居る筈ないじゃないか! ハッハッハ!」


 確かに宿屋の中に2人以外の気配はない。


 もちろん部屋の中に居る人間の数まではわからないが...。


「それは貴方が頻繁に来ては騒ぎを起こすからじゃないですか...」


「は!? 俺のせいだって言うのか!? とっととこんな宿屋は閉めて、俺達にこの土地を渡せば良いんだよ!」


 借金のカタに土地を要求する。これも相当ベタなパターンだ。


「お母さん!」


 ファンナが男から庇うように女性の前に立つ。


 どうやらこの女性がファンナの母親のようだ。


 おそらくファンナを産んでいるということは、年齢的に40近いとは思うが、見た目は30代前半くらいに見える可愛らしい女性だ。


「利子は必ず明日お支払いします! 私達も約束を守りますから、貴方も約束を守って下さい! 今日はお客さんを連れて来たので、貴方が居ては迷惑になります!」


 ファンナは男に怯むことなく、強い口調で話している。


 マリスを庇ったことといい、見た目とは裏腹に勇気を持った少女なのだろう。


「ちっ! また明日来るが、利子を払えなかったらこの場所を頂くからな!」


 男はテンプレ的な発言をしながら宿から出て行った。


「ファンナ。お客さんを連れて来てくれたのね?」


「お客さんと言えばお客さんだけど...」


 ファンナが母親に俺達のことを説明すると、母親からもかなり感謝をされてしまった。


 借金がある身としては、それなりの大金が手に入ればかなり助かるのだろう。


「ファンナ。あの男が言ってた利子って...?」


「恥ずかしいところを見せてゴメンね...私の家、あの男に1万コルの借金があるの...」


 1万コルか...。確かに大金だが、流石にこの土地の価格としては安過ぎるだろう。


 少なく見積もってもその10倍くらいはする筈だ。


 借金の理由に関して突っ込むのは、プライバシーのことを考えて止めておこう。


「お母さん。今日のアルの治療はまだだよね?」


「そうよ。貴女が帰って来たら宿を任せて連れて行こうと思っていたから」


「じゃあロディ達を部屋に案内した後で私が連れて行くよ」


「アルって誰のこと?」


 突然ファンナから出た名前が気になり、ついウッカリと聞いてしまった。


「アルは私の弟よ。昔は元気だったのに、3年くらい前に重い病気にかかっちゃって...。毎日治療師のところへ見せに行かなきゃいけないの...」


 治療師とは、魔法で治療を行う医者の様な存在だ。


 基本的には魔法を使って傷や病を治すことを専門としている。


 通常の医者が滞在する医院も存在するが、魔法による治療を行っている治療院の方が多い。


 もちろん保険なんてものは存在していない世界なので、治療費に関しては治療師の言い値になる。


 名の知れた治療師になると、1回の治療だけで何10万コル掛かることもあると聞いたことがある。


 毎日治療師に見せているとなると、相当な費用が掛かる筈だ。


 ファンナの家の借金はそれが原因なのかも知れない。


「治療師のところへは俺達も一緒に行って良いかな?」


 まともな治療師なら問題はないが、中には悪どい治療師もいる。


 友達の弟の問題なんだ。念のために俺も確認しておこう。


「大丈夫だよ。他の皆も一緒に来る?」


「おう」

「うん」

「はい」


「それじゃあアルを連れて来るから待っててね」


 ファンナがカウンターの奥へと入って行く。


 そこがファンナ達の住まいになっているようだ。


 ファンナが消えてから数分が経過すると、ファンナが背中に小さな少年をおぶって戻ってきた。


 少年の年齢は10歳くらいだろうか。顔には全く生気がなく、まるで魂を抜かれたかの様になってしまっている。


「お待たせ。それじゃあ行きましょう。お母さんは食事の準備をお願いね」


「わかったわ。アルのことを宜しくね」


 俺達は宿屋を出るとファンナの案内で治療師の元へと向かう。


 ファンナがアルを連れて来てから、マリスがずっとアルを見ているが、何か気になることがあるのだろうか。


 宿屋を出てから5分程歩くと、ウォルシュ治療院と看板に書かれた建物の前に着いた。


 建物は治療院ということもあり、壁は真っ白な色をしている。


「こんばんはー」


 ファンナが一声掛けて建物の中へと入る。


 ファンナに続き俺達が建物の中に入ると、そこは8畳くらいのスペースに机と椅子。それからベッドが置かれた部屋だった。


 室内も白で統一されていて清潔感があった。


 椅子の上には40代前半くらいの男性が腰を掛けている。


 男性は白衣に丸い眼鏡を掛けていて、パッと見は優しそうな感じがする。


「やぁ、ファンナ。こんばんは。後ろの方達は?」


「私の友達です。一緒に来るって言ったから連れて来ちゃいました」


「そうか。皆さんこんばんは。私の名前はウォルシュ。この治療院の治療師だよ」


 ちなみに冒険者と同じく、就ける職業に治療師という職業は存在しない。


 僧侶や神官、賢者など、回復魔法に長けた者が治療師をしていることが多い。


「ファンナ。アルをベッドに寝かせてくれるかい?」


「はい」


 ファンナがアルをベッドに寝かせる。


 身体をベッドの上に乗せられても、アルは全くの無反応だ。


 ウォルシュはアルの枕元に立ち、両手をアルにかざす。


状態異常回復(キュア)


 アルの身体が薄い光に包まれる。


 状態異常回復(キュア)と言えば様々な状態異常回復に使える反面、毒状態回復(アンチポイズン)などの1つの異常に特化した魔法に比べれば、その効果は低い筈だ。


 もちろん使用者の魔力が高ければ状態異常回復(キュア)でも十分だが、能力値(ステータス)を見るまでもなく、ウォルシュからそれだけの魔力は感じられない。


 そもそも病に対して状態異常回復(キュア)を使って効果があるのだろうか。


「ふぅー、今日の治療はこれで完了だ。いつも通り100コルになるよ」


 状態異常回復(キュア)の様に、使える人間が多い魔法で100コルは高過ぎじゃないのか? これを毎日となると月に3000コルになる。普通の家からすれば相当な負担だ。


「ありがとうございました」


 ファンナがウォルシュに100コルを渡そうとしたところ、マリスがファンナの手を取り止める。


「マリスさん?」


「ウォルシュさん? この病はアルベト病ですよね? アルベト病に状態異常回復(キュア)などを使っても何の意味もない筈ですが、治療師の貴方がそれをご存知ない訳がありませんよね?」


「う!」


 ウォルシュの表情が変わる。アルベト病という病気は知らないが、流石に状態異常回復(キュア)を病気の治療に使うというのが、おかしいということは俺でもわかる。


「アルベト病ってどんな病気なの?」


「この病にかかった人間は、まるで魂でも抜かれたかの様に一切の感情をなくし、一生そのまま戻ることはないと言われています。命に関わることはありませんが、このまま元に戻ることもありません」


「そんな! ウォルシュ先生には毎日治療を続けなければ、アルが死んでしまうと言われました...。それに治療を続けていれば、いつかはアルが元に戻るとも...」


 ウォルシュは、何も知らないファンナ親子の弱味に漬け込み搾取していたのか。


 3年間ファンナ親子が苦しんでいたと思うと許せないな。


「私は私に出来る治療を行っただけだ。文句を言われる筋合いはない!」


 ウォルシュは完全に開き直っている。


 確かに効果はないとは言え、状態異常回復(キュア)を使っていたのは間違えない話なので、使ってしまった金額の返金を求めるのは難しいだろう。


「治療を続ける必要がないのはわかりましたけど、アルは一生このままなんですね...」


 ファンナが悲しそうな顔をする。弟に一生笑顔が戻らないと知れば、姉としては絶望しかないだろう。


「ファンナ様。大丈夫ですよ。アルベト病を治すことが出来る魔法に、全状態異常回復(リカバリー)という魔法がございます。全状態異常回復(リカバリー)さえ掛ければアル様は元気を取り戻されることでしょう」


「本当ですか!?」


 絶望をしていたファンナに一筋の光が灯る。


 もちろんウォルシュに全状態異常回復(リカバリー)が使えるとは思えない。だが...。


「貴女は何も知らないのですね。全状態異常回復(リカバリー)を使える人間など、世界に5人も居ないと言われています。それに、もしも使える人間を見付けられたとしても、掛けて貰おうとすれば30万コルは下りません。とてもあの親子に払えるとは思えませんが?」


「言いたいことはそれだけですか?」


 マリスがアルの枕元立ち、両手をアルにかざした。


全状態異常回復(リカバリー)


 マリスの両手から眩しい光が放たれアルの身体を包み込んでいく。


 光が収まると同時にアルの顔付きが変化したように思える。


「お、お姉ちゃん...」


 アルの口許が動くとそう呟いた。


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