第38話 バストールの街
「うっ、うう...」
スレイブは両手を地面に突き立ち上がろうとするが、バランスを崩して倒れてしまう。
再び両手を突き、やっと起き上がることが出来たようだ。
「な、何しやがるんだ! この女! 少し綺麗な顔してるからって調子に乗りやがって!」
スレイブが腰の剣を抜いてマリスに切りかかった。
武器も持たない女性に剣で切りかかるとか、Bランクの冒険者としての誇りはないのだろうか。
「スレイブさん! 何をしているんですか!?」
ファンナがマリスを庇おうとしている。
マリスの本当の実力を知らないファンナからすれば、マリスが殺されるかも知れないと思うのは当然だ。
「邪魔をするならお前から切ってやる!」
スレイブがファンナに向けて剣を降り下ろす。
切られると思ったファンナが目を閉じるが、剣がファンナに触れることはなかった。
「バ、バカな!?」
マリスが右手でスレイブの剣を受け止めている。
スレイブは力を込めているようだが、剣はピクリとも動かないようだ。
「ファンナ様はロディ様のお友達になられたお方です。そんなお方に刃を向けるとは、許しません!」
マリスが右手に力を込めるとバキッ! という音が響き、スレイブの剣が折れる。
ウィングソードって結構高い剣だと思うのに、勿体無いなと思ってしまった。
「バカな!? 一体どんな仕掛けなんだ!」
スレイブの驚きは相当なものだ。素手で剣を折るとか、誰が見ても人間技とは思えないだろう。
マリスは折れた剣を投げ捨てると、右手をスレイブに向けた。
するとスレイブの身体は強い衝撃が与えられたかのように、後ろに飛ばされる。
「がはっ!」
スレイブが背中を地面に着けると、マリスがスレイブの正面に立つ。
「た、助けてくれー!」
ここまでされれば流石に実力がわかったのか、スレイブはマリスの足にしがみつき命乞いをしている。
「私に触れないで下さい」
マリスは足を振り上げスレイブの手を振りほどく。
あれだけオラオラだったスレイブが今にも泣き出しそうだ。
「マリス。もう良いよ。それくらいにしてあげて」
スレイブから切りかかってきたんだ。例えマリスがスレイブを殺したとしても正当防衛になる。
だが、こんなクズな奴の為にマリスの手を汚したくはない。
「そうですね」
そう言ってマリスは地面に這いつくばるスレイブに手を差し出す。
別にスレイブが起き上がる為に手を差し伸べている訳ではないようだ。
「へ!?」
スレイブもマリスの真意が理解出来ないようだ。
「ロディ様から奪った魔水晶を返して貰えますか? あれはロディ様の物ですから」
「い、いや...でも...」
スレイブは素直に魔水晶を出そうとはしない。
この男はバカなのか? いくら高価な物だとしても、命より大切な物なんて何もない筈だ。
しかも魔水晶自体、元々俺の物だ。
「貴方を殺して死体から持っていっても良いんですよ?」
セリフはかなり物騒な物言いだが、マリスの顔はニッコリと笑っている。
怖い顔をされるよりも遥かに怖いやつだ。
「出します! 出します! だから命だけは!」
マリスの言葉を聞きスレイブが直ぐに魔水晶を差し出す。
マリスが右手でスレイブから魔水晶を受け取る。
「それでは10秒以内に私達の前から消えて下さい」
「ひっ、ひぇぇぇ!」
スレイブは物凄い速さで立ち上がると、クレイアの方に向かって走って行った。
2人のやり取りを見ていたが、マリスの実力を知っているヘクトルとミラの顔に驚きはない。
2人とは違いファンナは完全に目が点になっている。
「マ、マリスさん...貴女は一体...」
「私はただのロディ様のお世話係りですよ」
マリスはニッコリと微笑む。
先程、スレイブに見せた笑顔とは全く別物に思える。
「ロディ様。これを」
俺はマリスから魔水晶を受け取ると異空間収納袋に収納した。
「ありがとう。マリス。それじゃあ今からこれを売りに行って四人で山分けしよう」
「じゃあ私はこれで行くね。ロディ達と友達になれて嬉しかったよ」
「何を言ってるの? 四人って俺とヘクトルとミラとファンナのことだよ?」
「えっ!?」
俺が言った四人というのは、自分ではなくマリスだと思っていたようだ。
「流石にそんな高額な金額、受け取れないよ」
「皆で一緒に倒した魔物だから山分けで良いんだよ」
一時的とは言え、一緒に護衛を受けた依頼で手に入れた魔水晶だ。
どうせなら喜びも分かち合いたい。
クレーべには少し悪いと思うけど、流石にわざわざ探してまで分配する必要はないだろう。
「本当に良いの...?」
「うん。皆で山分けしよう」
「ありがとう...ロディ...」
ファンナは泣きそうな顔をしている。
もちろん悲しくてこんな顔をしているんじゃないことは、誰もがわかっている。
「バストールに魔道具を扱っている店ってあるかな? 多分、そこで買取りをしてくれると思うんだよね」
魔水晶を売るのに一番適している店と言えば、魔道具を扱っている店になる。
もちろん他の店でも買取りはしてくれるが、良い物の場合はしっかりと物の価値を理解出来る店で売るのが適切だ。
「あるよー、ジャスカさんって人がやっている店が魔道具を扱ってるから」
「その店まで案内して貰っても良いかな?」
「うん。案内するから付いて来て」
俺達はファンナの案内でバストールに入り、ジャスカという人物が営んでいるという店に向かった。
バストールはクレイアに比べると街の大きさは半分以下で、商店の数もかなり少ない。
ファンナの家は宿屋をやっていると言っていたが、あまり冒険者や旅人が立ち入る街ではないから、宿屋を利用する客も多くはないだろう。
街を少し歩いたところでファンナが立ち止まる。
俺達の前にはジャスカの道具屋と看板の書かれた小さな建物があった。
「ここがジャスカさんの店ですよー」
ファンナにそう言われ、俺達は店の中へと足を踏み入れた。
店内の周りは物が置かれた台に囲まれていて、人が歩けるスペースはかなり狭かった。
奥にあるカウンターの中には1人の少女が座っているが、この人物がジャスカだろうか。
年齢は俺達と変わらないくらいに見える。
「あらファンナじゃない。ファンナがこんな店に来るなんて珍しいわね」
「カシエ。お父さんの店をそんな風に言ったら駄目じゃない。ジャスカさんは居ないの?」
どうやらこのカシエという少女はジャスカの娘らしい。
俺は魔水晶をカウンターの上に出して買取りの希望を伝えた。
「うわー、凄いね。これだけの魔水晶なら2万コルくらいはするんじゃないかな。私じゃ判断出来ないから明日、父さんがいる時に来てもらっても良いかな?」
現在の時刻は夕方過ぎ、どの道、今日はバストールで一泊する予定だ。
買取りは明日になったとしても問題はないだろう。
「わかりました。それじゃあまた明日来ますね」
俺達がジャスカの店から外へと出るとファンナが口を開いた。
「ロディ達は今日、バストールに泊まるんだよね? だったらウチの宿屋に泊まってよ。魔水晶のお礼にせめてそれくらいはさせて!」
見返りが欲しくて魔水晶を山分けにした訳ではないのだが、折角こう言ってくれているんだ。
「じゃあファンナの宿で世話になろうかな」
「やった! それじゃあ早速案内するね!」
ファンナに案内され俺達は宿屋に向かった。
暫く歩き、到着した先は宿屋にしては少し小さな建物だった。
建物の前まで行くと、何やら男が叫んでいる声が聞こえてくる。
建物の中で揉め事でも起こってるのだろうか。
俺が急いで建物の中に入ると、カウンターの女性に詰め寄っている男の姿があった。