第37話 魔水晶の行方
「4匹倒して全部欠片とは本当についてねーな。もうこっちも残って居ないよな?」
スレイブは左手で4つの水晶の欠片をジャラジャラとさせている。
俺の手にある魔水晶を確認するとこっちへ走ってくる。
「魔水晶じゃねーか!? まさか魔水晶をドロップしてるとは...」
Bランクの冒険者となればそれなりに稼ぎも良い筈だ。
そんなスレイブにとっても魔水晶は魅力的に見えるようだ。
「ロディとか言ったな? それを俺に渡せ」
「えっ? どういう意味ですか?」
ドロップアイテムに関しては基本的にはその魔物を倒した者に権利がある。
予め全てのドロップアイテムを山分けにするという取り決めをしていない限りはこの魔水晶は俺に権利がある筈だ。
とは言っても俺に1人締めをするつもりはない。
一応、売ったお金をヘクトル、ミラ、ファンナと4人で分け合う予定なのだが。
「どういう意味もねーよ。この依頼で一番上級の冒険者は俺だ。だからドロップアイテムは俺の物ということで良い筈だ」
そんな話は聞いたことがない。魔水晶を6人全員で分けると言うのならまだしも、1人で全部持って行くとか理不尽過ぎる話だ。
「スレイブさん。流石にそれはおかしいんじゃないか? ロディが倒した水晶スライムからドロップしたのなら、その魔水晶はロディの物の筈だ」
流石はクレーべ。俺の言いたいことを代わりにスレイブへと伝えてくれた。
「一番活躍している人間が一番良いドロップアイテムを得るのは当然だろう!」
スレイブが俺の手から魔水晶を奪い取る。
「あっ!」
魔水晶がスレイブの手へと移る。
「おい! それはロディのだろ! ロディに返せよ! 泥棒!」
ヘクトルが怒りを見せる。もちろん自分の取り分が減るということからの怒りではない。
「クソガキが...口の聞き方には気を付けないと早死にするぞ?」
「子供でも大人でも悪いことは悪いことだろう!」
ヘクトルがスレイブに殴り掛かろうとしたところを俺が止める。
俺にもスレイブに対して怒りはあるが、ヘクトルが傷付くようなことになるのは絶対に嫌だ。
「わかりました。その魔水晶はスレイブさんにお渡しします」
悔しいが仕方がない。こんな物の為に誰かを傷付けたり、傷付いたりするのは俺の望むところではないからだ。
「話がわかるじゃないか。残りのドロップアイテムはお前達の好きにしてくれて良いからな。優しい俺に感謝をするんだぞ?」
そう言うとスレイブは馬車の方へと戻って行った。
俺は4つの水晶の欠片を拾い集めると、その内の1つをファンナに差し出す。
「えっ? これは?」
「4つあるから1個はファンナのだよ。本当は魔水晶も4人で山分けにしたかったんだけど...それは無理になっちゃった。ゴメンね...」
「でもこれはロディとヘクトルが倒した魔物のドロップアイテムだから私に貰う権利はないよ?」
「そういうのは良いんだ。一緒に戦った仲間だしさ」
俺はファンナに欠片を握らせる。
「ありがとう。ロディ...ヘクトルもね」
「へへっ!」
ヘクトルが鼻の下を指で擦る。
俺は残り3つの水晶を異空間収納袋へと収納した。
今、俺が恐れているのはマリスの状態だ。
スレイブに魔水晶を取られるまで、マリスは一言も発することはなかったが、俺があれだけ理不尽な行いをされて何も思っていない筈がない。
おそるおそるマリスの顔を見ると、物凄く怖い顔をしながらじっとスレイブの方を見詰めていた。
一応、釘を指しておかなければ。
「マリス。言っておくけどスレイブさんに何かするとか止めてよ?」
「はい。私からあのゴミ男に何かするということはございません」
呼び方がスレイブ様からゴミ男に降格している。
これは相当怒っているんだろう。
しかし自分からは何もしないと口言をしているんだ。
スレイブがマリスに下手なことをしない限りは大丈夫だろう。
「ロディ。良かったのか? あれだけの大きさの魔水晶なら相当な金額になるぞ? 誰がどう見てもあの魔水晶はお前の物だからな」
水晶スライムを全てスレイブに持っていかれたというのに、クレーべは俺のことを考えてくれている。
「良いんです。魔水晶はドロップしなかったと思って諦めることにしますから」
「そうか...。お前がもし、スレイブさんと事を構えるというのなら、俺はお前に力を貸すからな」
「ありがとうございます。でも本当に大丈夫ですから」
仮にクレーべの力を借りたとしても、スレイブから魔水晶を取り戻すのは難しいだろう。
元々水晶スライムは予定外のことだったし、今回は運が悪かったと思って諦めることにしよう。
魔物を全滅させたことで、再び馬車はバストールに向けて出発する。
1時間程歩くと前方にバストールの街が見えてきた。
街の入り口に着くとジムスが馬車を止める。
「皆さんありがとうございました。護衛はここまでで大丈夫です」
流石に街の中で盗賊や魔物に襲われることはない。依頼はこれで達成と言えるだろう。
「マリスさんには本当にお世話になりました。ギルドからは4人分の報酬をお受け取り下さい」
「ですが、マリスは...」
「命を救って頂いたのです。それくらいは受け取って下さい」
「わかりました。ありがとうございます」
ジムスは全員と挨拶を交わすと馬車に乗り、街の中へと消えて行った。
「それじゃあ俺も行くぜ。また会うことがあれば宜しくな」
ジムスに続きクレーべも街の中へと消えて行く。
「なぁ、マリス? 俺と一緒にパーティーを組まないか? 丁度、回復魔法を使える人間が欲しかったんだよなー」
スレイブが俺の目の前でマリスを勧誘する。
別にパーティーに入っている人間を引き抜くことは禁止とされていない。
「いえ。結構です」
マリスは丁重にお断りをしている。
スレイブは本気でマリスが一緒に来ると思っているのだろうか。
「何故だ? こんなガキどものパーティーに居るよりも、俺と一緒にいた方が良いに決まってるじゃないか!?」
「言わないとわかりませんか? 私、貴方のことが大嫌いなんです。と言うか嫌いじゃなくても、私がロディ様以外の方とパーティーなんて組む筈がありません」
「何だと!?」
スレイブがマリスの肩に掴み掛かる。
汚い手でマリスに触れるな。心の底からそう思った。
「ロディ様...この状況は私にとって貞操の危機と感じます。と言うことは私が自衛の為に行動を起こしたとしても、エレン様との約束を破ることにはなりませんよね?」
正直、スレイブごときがマリスをどうこうするなど、天地が引っくり返っても無理なことだ。
だが、マリスに寄ってくる男がいれば好きにして良いとエレンも言っている。
俺もスレイブに対しては怒りがあるし、マリスに任せることにしよう。
「うん。マリスは身を守らなくちゃいけないね。でも、くれぐれも殺しちゃわないようにね...」
「わかりました」
マリスがニッコリと微笑む。
その瞬間...。
スレイブの首がねじれて身体が大きく横に吹き飛ぶ。
「がっ、があっ...」
地面に身体を着けたスレイブがピクピクと痙攣している。
どうやらマリスがスレイブの顔面を殴ったようだ。