第35話 盗賊
馬車は順調に進み、バストールまでの距離が半分程に迫ると、ジムスが馬車を停止させた。
「バストールまでは後、半分程です。一旦ここで休憩にしましょう」
歩き続けていた俺達にとって休憩はありがたかった。
正直、これだけの距離を歩くことに慣れていない俺にとって、バストールまでノンストップというのは不安だったからだ。
それぞれが馬車の周囲に適当な場所を見付け座り込む。
「ロディー、何か護衛依頼って退屈なんだな」
ヘクトルが暇そうにしている。
正直、最初に魔物と遭遇した時は全てスレイブが倒してしまったので、俺達はここまで何もすることがなかった。
「護衛依頼なんてこんなものだと思うよ。盗賊に襲われたり強い魔物に遭遇することに比べたら全然良いよ」
「盗賊って会ったことないけど、悪い奴等なんだろ? もし会ったら俺が懲らしめてやるんだけどなー」
盗賊に襲われた場合、仮に盗賊を殺したとしても罪に問われることはない。
それどころか盗賊を討伐したということで報償金が貰えたりもする。
討伐した証しとして、その盗賊の顔が確認出来る死体が必要となるが、顔の確認が取れれば良いので、首だけを持って行くというのが一般的になる。
流石に今の俺に人の首を持ち歩く勇気はない。
それどころか実際に盗賊に出会した場合、盗賊を殺すことが出来るかさえ疑問だ。
もちろん盗賊を生きたまま憲兵に引き渡すことでも報償金を得ることは出来る。
憲兵というのはあっちの世界で言うところの警察だ。
テベルの様な小さな村にはないが、ある程度の規模の街などには必ず憲兵所と呼ばれる憲兵が滞在している施設がある。
「盗賊は人の命を奪うことなんて、何とも思っていないような人間達だからね。会わないのが一番だよ」
ヘクトルとそんな話をしていると、まるでフラグかの様にガラの悪い連中が現れる。
「お? ローレンス商会の馬車じゃねーか? こんな所で出会すとは運が良いな」
「護衛の数は7人か...少し多いがガキが多いし余裕だな」
盗賊達の数は5人。
数では俺達の方が上回っているが、そんなことはお構いなしに襲い掛かって来る。
「ヘクトル! 来るぞ!」
俺とヘクトルは立ち上がると、隣に立っていたマリスを残し、ミラの前に立つ。
盗賊達は二手に分かれると年齢で判断されたのか、少ない2人の方が俺達の方に向かってくる。
スレイブ達は馬車の向こう側にいるため、はっきりと様子を確認することは出来ない。
「ガキばかりかと思ったら綺麗なねーちゃんも居るじゃねーか。コイツらを殺した後で可愛がってやるからな!」
盗賊の1人が剣を振り上げて俺に接近すると、頭上に向けて剣を降り下ろす。
盗賊の剣速に全く速さは感じず、俺は身体を横に反らし回避する。
剣が空を切ると俺は盗賊の腹を目掛けて拳を叩き付ける。
「がはっ!」
盗賊は腹を押さえながらその場に踞る。
その気を逃さずに俺は盗賊の顔面を殴り付けた。
「ぐぼっ!」
盗賊の身体が横に吹き飛び、ズサズサと音を立てながら地面を滑っていく。
盗賊は顔を地面に着けたまま動く気配はない。
完全に気絶しているのだろう。
こちらに向かってきた盗賊は残り1人。
その1人がヘクトルに襲い掛かる。
『火球』
ミラがヘクトルの背後から火球を放つ。
火球は盗賊の足下に着弾すると地面を少し燃やす。
放った魔法が外れたのではなく、敢えて足下に放ったように見える。
流石に身体に直撃すれば、場合によっては焼け死ぬこともある筈だ。それが嫌で足下に放ったのだろう。
火球によって足が止まった盗賊にヘクトルが飛び蹴りをする。
「とりゃぁぁぁ!」
ヘクトルの飛び蹴りが盗賊に直撃すると、盗賊が大きく後ろに飛ばされ地面に背中を着ける。
「こ、このガキが...」
それほどのダメージは入らなかったようで、直ぐに盗賊は立ち上がろうとする。
そこにヘクトルが走り込み飛び上がる。
「お、お前何を!?」
「悪者にはお仕置きだぁ!」
ヘクトルが膝を立てたまま盗賊の上に着地をする。
ボキッ!
「ぎゃぁぁぁ!」
盗賊の骨が折れた音がした。
相手が盗賊とはいえヘクトルは容赦ないな...。
流石にああなってしまっては完全に戦闘不能だろう。
こちら側にきた盗賊達を討伐した俺達は、馬車の向こう側で戦っていると思われるスレイブ達の元へ向かった。
スレイブ達の元へ着くと、馬車の側には盗賊1人の死体が転がっていた。
スレイブとクレーべは残りの盗賊2人と交戦中で、後方からフィンナが弓で支援をしている。
スレイブがいてもまだ勝負が付いていないということは、こちらの盗賊にはそれなりの実力者がいるようだ。
ソイツが俺達の元に来ていたら、俺達では勝負にならなかっただろう。
ふと馬車に目をやると、ジムスが馬車に背中を着けて肩で息をしている。
その腹からは大量の出血をしていて、明らかに致命傷のように見える。
「マリス!」
事態は一刻を争う。
俺は直ぐにジムスの元にマリスを呼びよせた。
「ぐっ、ううっ...」
ジムスは苦しそうな顔をしながら呻き声を上げている。
「ジムスさん、待ってて下さいね。直ぐにマリスに回復魔法を掛けて貰いますから」
「うっ、うう...いえ...これだけの傷です...。小回復程度の回復魔法ではどうにもなりません...。どうやら私はここまでのようです...せめて荷物をバストールまで...うぐっ!」
マリスがジムスに両手をかざす。
『完全回復』
マリスの両手が白く輝くと暖かい光がジムスを包み込む。
「気持ち良いな...暖かい光だ...。!? き、傷が治っていく...」
マリスが完全回復を使うと致命傷に近かったジムスの傷が完全に塞がっていった。




