第31話 魔族に扮する人間
「一体何があったのだ?」
「1人、私の見たことがない村人が混ざっているのです。村人の数が増えた時などはアルロンから情報が入ってきているのですが、その情報とも一致致しません。それに...」
「それにどうした?」
ディルクシア内なら他の領土の魔族が俺の領土に来たとしても不思議はないだろう。
同じディルクシアに所属する魔族間の行き来を制限する様な法はない。
「その村人からは魔力の放出が感じられます。本人は隠そうとしているようですが、隠しきれていません。この魔力は人間のもののように感じます」
人間!? 別に人間がこの村に居たとしてもそれ自体には問題はない。魔族と共存を望む人間が居るなら俺はそれを否定するつもりもない。
だが、人間であることを隠し、魔族の姿をして潜り込んでいるとなれば話は別だ。
人間の姿では身が危ないと感じて魔族に扮している可能性もあるが、しっかりと確認をしておく必要がある。
「そいつは誰だ?」
「あちらの男です」
マリスが指を指した先には黒髪の男が立っていた。
少し長めの黒髪に長い耳。皮膚の色は少し紫掛かっていて、見た目からはどう見ても魔族に見える。
「付いてこい」
俺が男の方へ向かうとマリスも付いてくる。
男の前まで行き足を止めると男からは動揺が見られた。
「お前はこの村の人間か?」
「は、はい。最近この村にやってきた者で、ガラムと申します」
俺の後ろに居たマリスが一歩前へと足を踏み出す。
「おかしいですね? カナンにいる村人は528人全員把握していますが、ガラムという名前の村人は居ない筈ですが?」
「そ、それは...」
ガラムは明らかに焦っている。何かやましいことがあるのは間違えないだろう。
「少し向こうで話すぞ」
「は、はい...」
俺達はガラムを村人達から離れた場所へと連れて行く。
村人達の前では言いにくい話もあるだろう。
「貴方は擬態を使っていますね?」
「な、何故わかったのですか!?」
擬態? マリスの身体変化とは別の魔法やスキルなのだろうか。
「擬態とはお前の身体変化のようなものか?」
「はい。身体変化は自分以外の者に使用することも出来ますが、擬態は自分の身体のみ変化をさせることが出来る魔法です」
なるほど。擬態は身体変化の劣化版と言ったところか。
マリスが人間の魔力を感じて、男が擬態を使っていると言うことは答えが出たな。
この男は間違えなく人間だ。何故、魔族の姿をしてこの村に紛れ込んでいるかはわからないが、理由によってはそれなりの対応を取らなければならない。
「擬態を解除せよ。それからお前がこの村に居る理由を述べるが良い」
「わかりました...」
ガラムの姿が変化をしていく。魔族だったガラムの姿は完全に人間の姿へと変化をした。
変化したと言う表現はおかしいか。元の姿に戻ったと言うのが正しい表現だろう。
人間の姿に戻ったガラムは、おそらく年齢30代前半くらいで、少し長めの黒髪にパッとしない地味な顔付きをしている。
「それがお前の本当の姿か? この村には何の為に来たのだ?」
「わ、私は...人間ですが、魔族と仲良くしたいと考えています...。魔族のことを良く知る為に、この村の暮らしを学ぼうとしておりました。人間である私が魔族に混ざることは出来ないかと思い、擬態を使用しました...」
ガラムの言っていることが真実ならば、俺にとっては嬉しい話だ。
人間と魔族の混血である俺としては、人間と魔族が共存して生きていければそれが一番良いと思っているからだ。
実際には不可能なことだというのは俺も理解している。
「ロディ様。その男はこの場で始末しておくべきかと思います。何か嫌な予感が致します...」
嫌な予感がするというだけで人を殺す理由にはならない。
ガラムがこの村で暮らすことを望むのなら、俺はそれを許してやりたいと思う。
「いや、ガラムがこの村に住むことを許してやろうと思う。ガラム1人がこの村に居たところで問題はないだろう」
「ロディ様...命を奪わないにしても、この村に住まわせることは考え直した方が良いかと思うのですが...」
「しつこいぞ。私が良いと言っているのだ!」
マリスが俺のやることに反対をしたのは初めてかも知れない。
マリスの嫌な予感というのが何なのかはわからないが、流石にガラム1人がこの村に居たところで、大きな問題が起こるということはない筈だ。
「申し訳ございません...。ロディ様に従います...」
マリスが悲しそうな顔をする。マリスのそんな顔は見たくないが、今更意見を変えるつもりもない。
「ガラムよ。お前がこの村に住むことを許そう。くれぐれも問題を起こすことがないようにするのだぞ?」
「ありがとうございます。擬態の方は使用しても宜しいでしょうか?」
「構わん。流石に村の中に人間が居れば、他の村人が混乱するだろうからな。話はそれだけだ。もう行っても良いぞ」
「失礼します」
領主の俺から許可も貰い安心したのか、ガラムは擬態を使い先程の姿に変化すると、村人達の方へと戻って行った。
「マリス。この村の案内を頼むぞ」
「はい」
マリスの顔はいつも通りの表情へと戻っている。
マリスの案内で村の中をグルッと一周する。
村の中にはいくつもの畑があり、多くの作物が育てられていた。
カナンはラグーアとは違い、漁などをすることは出来ない。
山で取れる山菜や植物、畑で取れた作物などを販売することで生計を立てているようだ。
ラグーアと同じ様に、村を一周した後は村長の所へと向かう。
カナンの村長もラグーアの村長と同じく70代くらいの老人で、名前はボルと言った。
村長と言えば老人というのはテンプレになっている気がする。
ボルもシダムと同じく感じの良さそうな老人で、俺とマリスを色々ともてなしてくれた。
領地を回った結果、俺の領地には何の問題も起きていないようだ。
まさに平和そのものと言った感じだった。
領地の民も良い魔族ばかりで、俺は改めてこの領地の為に力を尽くすことを誓った。
「それではルクザリア城へ戻るぞ」
「はい」
マリスがルクザリア城への転移門を開く。
領地の視察が終わった俺達は転移門を潜りルクザリア城へと帰還した。