第113話 罠
「ロディ様。しっかりと掴まっていて下さいね」
エアリが馬を一気に加速させる。
俺は振り落とされないように必至にエアリの腰に掴まるが、回りから見たらどんな風に見えているのだろうか。
少女の後ろに乗る怪しい仮面を付けたローブの男。
どう考えても普通の状況ではないだろう。
「エアリ。くれぐれもロディ様が落ちないように気を付けるのですよ」
マリスが俺達の馬の隣で並走する。
その後ろからトゥエントが付いてくる形だが、間違えなく俺とエアリを合計した体重よりもトゥエントの体重の方が重いだろう。
更には装備に関してもトゥエントの方が明らかに重装備で、下手をしたら3倍くらい差があるかも知れない。
トゥエントの乗る馬は俺達の乗る馬よりも二回りほど大きく、トゥエントを乗せて走っても平気な顔をしている。
「はい。速度を抑えながら走っているので大丈夫です」
このスピードで速度を抑えているとか、全力で走らせたらどれだけのスピードが出るのだろうか。
馬から振り落とされないように必至でエアリに掴まり、1時間程が経過したところでマリスが俺達の前に出て速度を緩める。
「どうしたのだ?」
「ここからは認識阻害魔法を使い進みたいと思います。大きな力を使えば気付かれる可能性が上がってしまうので、気を付けて下さい」
大きな力か。戦闘になれば不味いということだが、見られないのであればその心配もないだろう。
こちらを探知出来るようなモンスターでもいれば別だが。
『認識阻害』
マリスが魔法を使用するが特に何かが変わった感覚はない。
俺からはマリスやトゥエント、エアリの姿が見えるし、みんなからも俺の姿が見えているようだ。
「これで私達の姿はアルバス兵に見えないのか?」
「はい。実際に姿が消える訳ではありませんが、他の者からは私達の姿が消えているように見えます。この魔法の効果ですが長時間は持ちません。サウロスとの戦闘に入るまではギリギリ持つと思いますが、急ぎましょう」
更にスピードを上げながらひたすらアルバス城を目指す。
その甲斐あって目の前に街を取り囲む城壁が姿を現した。
3頭の馬が全てスピードを落として停止する。
止まった場所のすぐ側には大きな木が何本も生えて、湧き水のようなものがある場所があった。
「馬はここにおいていきましょう。流石に中に入って馬で行動するのは難しいと思いますから」
それぞれが馬を木々へと繋ぐ。
ここからなら城壁まで徒歩でも5分掛からないだろう。
「それじゃあ行きましょうか。ロディ様。なぁに仮に見付かったとしても全員蹴散らせば良いんですよ!」
脳筋トゥエント...。まぁ、流石に見付かったとしても俺達4人だけのために魔物の大群を使うことはないと思うが、マリスやトゥエントの実力を知っていれば、その可能性は0ではない。
馬をこの場に残し、城の入り口に近付くとケルティアとの戦争中だからか入口付近には10人程の兵士達がいた。
「これは声を出しても問題はないのか?」
小さな声でマリスに聞いてみる。例え声がそのまま出ているとしても兵士達には聞こえない筈だ。
「はい。魔法の効果により私達の声が他人に聞こえることはありません」
兵士達の間をすり抜けて城下街へと入って行く。
いくら見えていないとはいえ、こちらの方を見ている人間の前を通り過ぎるのはかなり緊張する。
何かの間違えで魔法が解除されれば即取り囲まれてしまう。
「無事に街の中に入れたな」
街には大勢の人の姿が見え、皆何事も起こっていないかのように普通に生活をしている。
「ケルティアとの戦争が起こっているというのにどうなっているんだ? まるで戦争など起こっていないかのように生活をしているではないか」
直ぐ側にまでケルティア軍が迫ってきているというのに、いくらなんでも平穏過ぎる。
「おそらく民にはケルティアと戦争になっていることが伝わっていないのでしょう」
1万の兵がこの城から出陣している筈だ。
それを見ても何も気付かないのは流石に異常な話だ。
この光景を横目にしながら俺達はエルザから聞いたサウロスのいる屋敷へと向かう。
サウロスの屋敷が見えてきたところで突然地面が揺れ始める。
地震などというレベルではなく、一気に大地が盛り上がる。
「これは一体何だ? 私達の存在がサウロスに気付かれたのか?」
「この位置ならまだ気付かれることはないと思うのですが...」
盛り上がった大地が破裂すると中から2匹の巨大な魔物が姿を現した。
2匹とも犬を10倍くらいのサイズにしたような魔物で、1匹は頭が2つ付いており全身が赤い体毛に覆われている。
もう1匹は3つの頭に全身は青い体毛で覆われている。
「何だこの魔物は...」
2つ首と3つ首の魔物のコンビと言えば...。
「ロディ様、お気を付け下さい。この魔物はケルベロスとオルトロス。かなり強力な魔物になります」
やはりその2匹か。俺は魔物に視線を合わせ2匹の能力値を確認してみる。
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ケルベロス
職業なし
LV100
HP1200
SP300
MP100
力600
技380
速さ290
魔力130
防御510
[装備]
なし
攻撃力600 守備力510
[加護]
炎A 水F
風E 地D
聖E 魔D
光E 闇D
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オルトロス職業なし
LV100
HP900
SP400
MP300
力490
技390
速さ480
魔力330
防御390
[装備]
なし
攻撃力490 守備力390
[加護]
炎F 水A
風D 地E
聖D 魔E
光D 闇E
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強いことは強いが、闇竜に比べればそれ程ではない。
「ははははっ! まんまとやってきましたね」
声が聞こえた方に視線を向けると、屋敷の中から茶色いローブに身を包んだ不気味な男が出てくる。
「ロディ様。あの男が地の勇者サウロスです」
勇者というよりはどう考えても悪役に見える。
顔色は青白く明らかに普通の人間とは思えない。
「貴女方がくるのをお待ちしていましたよ。ほーら」
サウロスが指をパチンと鳴らすと地面に無数の魔法陣が浮かび上がる。
「さぁ、絶望に震えながら死になさい」
魔法陣から物凄い数の魔物が出現する。
正確な数はわからないが、余裕で1000匹は越えていそうだ。
その中にはケルベロスクラスの魔物の姿も見える。
「うわぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁ!」
突然の魔物の出現により街中はパニックになっている。
魔物の下敷きになった人間。潰れてしまった家。辺りは悲惨な状況だ。
「街中に魔物を放つとは愚かな...。それに私達がくるのがわかっていたかのような口振りだな」
「はい。貴女方4人がくることはわかっていましたよ」
もっとヒルダを疑うべきだったか...。
嘘を言ってるようには見えなかったが、信じた結果がこうだ。
「お前達はこちらに向かってくるケルティア軍を蹴散らすため、街の入り口で待機しなさい」
魔物の半数程が街の入り口へ向かい始める。
街の人間や建物などは一切気にせず一直線だ。
他国の人間を守る義理はない。しかし、このまま人間が死んでいくのを黙って見ていることも出来ない。
「トゥエントとエアリであの魔物達を少しでも減らしてくれ。残りは俺とマリスで何とかする」
相手は人間ではなく魔物の大群だ。
かなり厳しい状況での戦いが始まる。




