第110話 アルバスからの逃亡者
エルディンが捕らえられてから数時間が経過し、アルバス城まで1日を切る距離にまでケルティア軍は到達していた。
時刻はまだ早朝。ロディ達は夜営地にてアルバス到着前の最後の朝食を取っていた。
「いよいよ今夜にはアルバス城に着くね」
最初の想定よりも遥かに有利な状況になっている。
まずアルバスに負けることはない筈だ。
食事を取る俺の周りにはアルロン、マリス以外にエアリの姿がある。
何故エアリが居るのかと言えば単純にエアリにご一緒して良いですかと聞かれたからだ。
断る理由もなかったので一緒に食事を取っているのだが、あまり会話はない。
「ロディ様ってそんなお顔をしているんですね?」
しまった...。基本的には素顔は見られないようにしているのだが、つい気を抜いて仮面を取って食事をしてしまっていた。
まぁ、別に素顔を見られたとしても今は問題ないと思うが...。
俺が勇者として有名になってしまっていたら色々と面倒になっていたかも知れない。
食事もほぼ終わっているし、今更遅いかも知れないが仮面を付ける。
「ロディ様ってまだお若いんですか?」
俺の見た目は人間にしたら歳相応だが、魔族目線で見たらわからない。
かと言って男が年齢をサバ読むのもどうかと思う。
「私は15歳だ。まだ至らぬところもあると思うが許してくれ」
別に15歳で領主だとしても問題はないよな? 人間の国なら早くに王が亡くなれば10歳に満たない年齢で王位についたりすることもあるが、魔族の国のことはイマイチわからない。
「15歳? ウィーネと同じ年齢なんですね」
ウィーネ? 聞いたことのない名前だ。名前的には女性だと思うが...。
「エアリの妹のことですよ。魔法の実力はケルティアでも3本の指に入るエアリにも匹敵すると言われています」
マリスはウィーネのことも知っているらしい。それだけの実力者なら当然と言えば当然か。
そもそも軍に所属している者なら全員記憶していそうだ。
妹が15歳ということはエアリは確定で俺より歳上ということか。
見た目は明らかに年下に見えるのに、やはり魔族の年齢はわからない。
「それだけの力を持っているということは、妹もケルティア軍に所属しているのか?」
「そうですよ。そう言えば今回の軍の中にウィーネの姿は見えませんね? どうかしたのですか?」
「ウ、ウィーネは体調が優れなくて家で休ませているんです。お力になれなくてすみません...」
「それは心配ですね。私が魔法を掛けに行きましょうか?」
マリスにはリカバリーがある。体調不良くらいなら一瞬で回復させることが出来る筈だ。
「だ、大丈夫です。直ぐに良くなると思いますので」
妹のことが心配なのか不安そうな表情をしている。今も転生前も一人っ子だった俺としては、兄弟の絆というものに多少の憧れはある。
「そうですか...。私で力になれることがあれば何でも言って下さいね」
「ありがとうございます」
エアリが少し笑顔を見せてくれた。
幼く見えることもあって可愛らしい笑顔だ。
全員の食事が終わり、そろそろ出発をしようとしたタイミングで、焦った顔をしたケルティア兵が走ってくる。
「ロディ様! 至急お伝えしたいことがあります!」
「どうしたのだ?」
緊急事態などアルバス軍が攻めてきたくらいしかないと思うのだが、数の上で不利になってしまったアルバス軍が攻めてくるとは考えられない。
「女性を連れて騎乗したアルバスの騎士らしき男が、100人弱のアルバス兵に追われてこちらに向かって来ます。どう対応致しましょうか?」
アルバスの騎士がアルバス兵に追われている? しかも女性を連れているとかどういう状況なのだろうか。
流石にカップルでケルティア軍に攻めてくるようなイカれた奴はいないだろう。
アルバス軍に追われているということは、それなりの理由がある筈だ。
「その男女を保護するのだ。追手のアルバス兵は蹴散らせ」
「はっ!」
俺の指示を受け取った兵士は他の兵士達の元へ戻っていく。
この軍に対して100にも満たない数で挑むなど、蟻の群れで象を倒そうとするようなものだ。
おそらくケルティア軍が向かってくるのを見た瞬間に逃げ出すことだろう。
「マリス。アルロン。その男女の元へ向かうぞ」
「はっ!」
俺は2人を連れてゆっくりと歩き出した。
夜営地から出たところで何かを囲うようにケルティア兵が輪になっていた。
おそらく中心地には問題の原因があるだろう。
「ロディ様。申し訳ありません。アルバス兵達に逃げられてしまいました...」
2人乗りとはいえ馬に乗った人間に追い付くくらいだ。当然、アルバス兵も騎馬兵が追ってきているだろう。
こちらは騎馬兵で迎撃に向かった訳ではない。相手が逃げるつもりなら簡単に出来る筈だ。
そもそも男女の保護が目的でアルバス兵を蹴散らすことが目的ではない。何の問題もないだろう。
「男女が保護出来れば問題ない。この2人か?」
輪の間から中に入ると傷だらけの騎士とその騎士にすがり付く少女の姿があった。
騎士は相当な深傷を負っており、普通なら明らかに致命傷だ。
普通ならばだが...。
「フォルス! フォルス! しっかりして下さい」
少女は目に大粒の涙を浮かべている。
こんな時に不謹慎だが相当な美少女だ。
転生前には話すことなどなかったような美女に、こっちの世界に来てからは何人も会うな。
「エルザ様...私はここまでのようです...貴女が無事で良かった...グフッ!」
男が大量の吐血をした。あまり時間の猶予はないようだ。
「少し離れていろ」
俺はマリスと男に近付く。マリスも俺の意思はわかっているようだ。
「貴方は...?」
「ケルティア領主ロディだ。マリス頼む」
『完全回復』
マリスが男に手を掲げ魔法を発動すると男の傷が一瞬で塞がっていく。
「あ...あれだけの傷が...」
男は驚きを見せている。
それはエルザも同様だ。
フォルスの傷が治ったのを確認すると、エルザがフォルスに抱き付く。
「フォルス! 良かったフォルス」
再びエルザの目に涙が浮かぶが、この涙は嬉し泣きだろう。
「お前達は一体何をしにここにやってきたのだ?」
周囲にケルティア軍がいることに気付きエルザがフォルスから離れる。
冷静になって周りに気が付いたようだ。
「フォルスを助けて頂きありがとうございます。私の名はエルザ。アルバス7世の娘です」
アルバス王国の王女ということか? 確かに身なりは高級そうな衣服で普通の街娘には見えなかったが。
「それでアルバスの王女がケルティア軍に何の用だ? アルバス兵に追われていたということは、まさか降伏宣言をしにきたという訳ではないだろう?」
「ケルティア領主様。領主様に大切なお話があってきました。アルバス王国に付いてのお話です」
王女自らがここまできてする大切な話とは一体何だろうか? ここにはケルティア兵も大勢いる。落ち着いて話が出来るように場所を変えることにした。




