第109話 アルバスの思惑
アルバス軍が敗北し、アルバス兵達がケルティアに降ったという知らせはアルバス城にも届いた。
アルロンの予想通り、ケルティア軍の一部がアルバス美術館へ向かったという報告を受け、アルバス国王はアルバス美術館に向け5000の兵を送っていた。
ケルティア軍撃退のために送られた兵が1万。
アルバス美術館に送られた兵が5000。
ここアルバス城に残っている兵は既に5000と少しの兵だけとなり、数の上でもケルティア軍に遅れをとることとなっていた。
【アルバス城王座の間にて】
「ええい! 魔族に従うとは何事か! ケルティアに加わったアルバス兵の家族どもを全て皆殺しにしろ!」
〖アルバス国王・アルバス7世〗
アルバス王国の国王でその性格は残忍。
己の目的のためなら他人が犠牲になろうとお構い無しで、美術品の収集家としても大陸で名を轟かせている。
「父上お止め下さい! 彼等も考えた末の決断です。家族を罰したところで父上の名を汚すだけです!」
〖エルディン〗
アルバス国王の長男で次期アルバス国王となる青年。
他人に対して優しく、民からの人望も厚い。
国民からの人望が薄いアルバス7世が国を治めていても民が見限らないのは、将来国王になるであろうエルディンに期待を込めているからだと言われている。
「うるさい! 見せしめにしなければ気がすまぬ! 命令だ。ケルティアに寝返った兵達の家族を殺し、その首を城の城壁にぶら下げておけ!」
「父上! お考え直し下さい! 今は国を守ることに全力を尽くすべきです! 他の城からの増援がくるまで何とかケルティア軍の侵入を防がなければ!」
「そのことなら問題はない。なぁサウロス?」
1人の男が国王に近付く。
人間ではあると思うがその顔色は青白く、今にも倒れそうな程不健康に見える。
身体には茶色いローブを羽織っているため、格好などを確認することは出来ない。
「はい、陛下。私の操る魔物数千を全て投入したいと思います。城下の人間には残念ですが、ケルティア軍を全滅させるなど容易いことです」
サウロスの発言に対してエルディンが反応をする。その表情は信じられないといった顔をしている。
「バカな! お前は城下にケルティア軍を引き入れると言うのか? そんなことをすればアルバスの民にどれだけの犠牲が出るかわかっているのか!?」
エルディンはサウロスに対して激しい怒りを見せている。
サウロスが魔物を操るのであれば、魔物がアルバスの民を襲うことはないかも知れないが、数千の魔物が暴れれば建物や住民にも相当な被害が出る筈だ。
「ある程度の犠牲が出るのは仕方がありません。勝利の為です。このことは陛下にもご理解して頂いております」
エルディンがアルバス7世に迫る。普段は温厚なエルディンがここまで怒りをあらわにするのは珍しいだろう。
その腕はアルバス7世の肩を掴み、身体を揺らした。
「父上! お考え直し下さい! 魔物を使うのであれば、せめて城下の外で使うべきです! そうすれば民に犠牲が出ることはありません!」
アルバス7世がニヤリと笑う。気持ちの悪い不気味な笑みだ。
「お前は何もわかっていないな? 魔物を使うのであれば広い場所ではなく、狭い場所の方が有利に決まっているだろう? 仮に竜が炎のブレスを吐けば、何十人というケルティア兵を一瞬で焼き尽くすことが出来るのだぞ?」
「それは街に住む人間や街の建物にも犠牲が出るということですよ?」
アルバス7世を掴むエルディンの両手に力が入ると、アルバス7世が苦痛の表情を見せた。
「痛いではないか! 離さぬか!」
アルバス7世がエルディンの両手を払い退ける。
「お前には何故わからぬのだ? 民に犠牲が出ればそれは魔族のせいでアルバスの民に犠牲が出たということになる。これにより兵達の士気は奮い立つだろう。殺された者の仇を取ろうとな。それを利用しケルティアに攻め入る。そして最終的にはディルクシアを手に入れる。全ては計算された計画なのだ」
「何故、何度言ってもわかって頂けないのですか!? アルバスではディルクシアに勝つことは出来ません。手を出さないように何度も忠告をした筈です。ケルティアの前領主だった四魔将のマリスの時もこちらが手を出さなければ、攻めてくることなどなかった筈です。それなのに父上は...」
マリスが過去に他国を攻めたという事実はない。あっても軍単位ではなく少数によるアルバスに対する報復のみだ。
領土を増やそうとしていれば今のような小さな領土で留まっていることはなかった筈だ。
「あの女は化物だったが、新しく領主になった男はどこの馬の骨ともわからぬような男だ。この機会にケルティアを私の物とするのだ。そうすれば飛空石も自然と手に入るしな」
「飛空石の時も私は止めましたが、今回は話が違います! 多国の民ではなく自国の民を犠牲にしようとしているのですよ!? 国民を守れなくて何が国王ですか!」
アルバス7世がエルディンを睨み付ける。
エルディンの言葉1つ1つに苛立ちを見せているように見えた。
「毎回、毎回、お前は私のすることに反論ばかりしおって! もう良い。誰かエルディンを牢に入れておけ! バカ息子には暫く頭を冷やしていてもらおう」
王に命令されるが、その場に入る兵士達は誰も動こうとしない。
誰もやりたがらず、人任せにするためお互いに顔を見合わせている。
「命令に従わぬならお前達も罰することにするぞ?」
エルディンに害をなすことはしたくないが、自分が罰を受ける訳にもいかない。
王に言われ兵士達は渋々エルディンを連れていく。
「父上! お考え直し下さい!」
エルディンの叫びもむなしく、王座の間からエルディンの姿はいなくなった。
今起こったことに対して、その場にいた人間は誰1人口を挟むことはなかった。
「あのバカ息子の言葉は気にしなくても良い。頼むぞサウロス。ケルティアの連中を皆殺しにしてくれ」
サウロスはその場に片膝を突き跪く。
「お任せ下さい。必ずや私が陛下の望みにお答えしましょう」
エルディンが牢に入れられて1時間後。
アルバス城の地下牢にて。
「父上...」
牢の中で1人、エルディンは俯いて悩ましげな表情をしていた。
牢にはエルディン以外に閉じ込められている人間はおらず、看守なども付けられてはいなかった。
「ん...?」
静かな地下牢でエルディンの牢に向かい近付く足跡が聞こえてくる。
「お兄様!」
「エルザか...。こんなところまでどうしたのだ?」
〖エルザ〗
アルバス7世の長女でエルディンの妹。アルバス王国でも有名な美少女でまだ16歳という年齢だ。
「お話は聞きました。正しいことを言ったお兄様が牢に入れられるなんて納得が出来ません。今、私が出して差し上げますね」
エルザは衣服に忍ばしてあった牢の鍵を取り出すと、鍵穴に近付けた。
「やめろ、エルザ。そんなことをしたら益々状況が悪くなるだけだ」
「ですが! ですが...」
エルザは鍵穴に近付けた手をピタリと止め、泣き出しそうな顔をしている。
「私のことはどうでも良い。それよりも1つお前に頼みたいことがある」
「私に頼みたいことですか?」
「ああ。アルバス国民の命を救うためにやってもらいたいことがある。耳を貸してくれ」
エルザが牢の中にいるエルディンに耳を近付ける。
今、牢には2人しか居ないが誰か来ないとも限らない。絶対に他人に聞かれたくない話なのだろう。
「そんな!?」
話を聞いたエルザが驚きの表情を見せる。相当予想外な話だったのだろう。
「私の親友、アルバス騎士団のフォルスは知っているな? フォルスに協力を頼め。必ず力を貸してくれる筈だ」
戸惑いを見せていたエルザだったが、覚悟を決めたようだ。その顔は何かを受け入れたように感じる。
「わかりました。お兄様の考えは私が必ず実現してみせます」
決意を固めたエルザはエルディンを牢に残し、その場を後にした。




