第108話 敗北した者の運命
アルバス軍の数が半数程にまで減る。
前後から挟撃している状態で逃げる敵を攻撃することでこちらに被害が出ることは殆どない。
即死さえしなければ即座にマリスの回復魔法で回復させることも出来る。
初回の広範囲魔法以外、マリスには攻撃魔法を使わずに回復魔法に専念するように伝えてある。MPにはまだ余裕があるだろう。
「こ、降伏する! 攻撃を止めてくれ!」
アルバス軍の司令官らしき男が両手を上げて叫ぶ。
退却することも無理だと思った上での判断だろう。
確かにこのまま攻撃が止まらなければアルバス軍の全滅は時間の問題だ。
「全軍、攻撃を止めよ」
俺が指示を出すとアルバスへの攻撃がピタリと止まる。
「マリス、アルロン、付いてきてくれ」
俺はマリスとアルロンを連れ、司令官らしき男の元へ向かう。
男の周りにはアルバス兵がいるため、流石に1人で行くのは危険が多いと判断したからだ。
「お前がアルバス軍の指揮官か?」
「そうだ。俺はアルバス軍のシュタイナー。陛下よりケルティア軍討伐の命を受けて軍を率いてきた。だが、アルバスはそちらの戦力を過小評価していたようだ。このまま戦ってもいたずらに部下の命を失うだけだ。我等は降伏をする。ケルティア軍の代表には寛大な対応を求む」
シュタイナーと名乗った男はまだ40手前くらいの年齢に見える。
この若さでこれだけの兵を任されるとなれば、かなりの地位にいる男だとは思うが、この男からは強者から感じる独特の雰囲気は感じない。能力値を見るまでもないだろう。
「私はケルティア領主ロディ。寛大な対応を求むというのは何だ? 捕虜として丁重に扱い衣食住を用意せよと言うのか? それともこのままお前達を無事に帰せとでも言うのか?」
「解放して貰えるのならそれが一番だが、捕虜にというのであればそれも受け入れよう」
正直、ケルティアに数千の捕虜を作るだけの余裕はない。自分達の生活だけで精一杯だ。
アルバスとの戦争に勝利し、国王の財産を没収することが出来れば金には困らないかも知れないが、戦争が終わってしまえばアルバスの捕虜など必要がなくなる。
「それでもしもここでお前達を解放したらどうなるのだ? アルバス王の命でまた私達の敵となり戦場に現れるだけではないのか?」
「そ、それは...」
この場で解放したからといって、その恩義を感じ俺達の敵にならないということはない。結局、また戦うことになるだけだ。
「お前達に選択出来るのは私に服従しケルティア軍に加わるか、それともここで死ぬかのどちらかだ。全員に選ばせてやろう」
ケルティアに仕え力になるというのなら助けてやっても良い。しかしそれは同時に昨日まで同じ陣営だった人間と戦うということになる。
当然、親兄弟と戦いになる可能性だってある。
「バカな! 魔族に仕えるなど考えられん! そんなことをするくらいなら皆、死を選ぶだろう」
シュタイナーは剣を俺の方へ向けるが、それと同時にアルロンが剣を抜きシュタイナーの剣を払った。
シュタイナーの剣は空に上がり地面に突き刺さる。
「次にロディ様に武器を向ければ貴方を殺します」
アルロンの剣がシュタイナーの喉元に突き出される。
「くっ、くぅ...」
シュタイナーが両手を下げるとアルロンが剣を引く。
「その考えはお前の考えだろう? 部下にまで自分の考えを押し付けるな。少しだけ時間をやろう。どちらにするか全員考えるが良い」
服従か死か。俺はアルバス軍の全員に自らで選ぶ権利をやった。どちらを選ぶかは自分次第だ。
この話がアルバス軍に伝えられるとどよめきが起こった。
真剣に考える者。相談する者。ただ祈っている者。反応は様々だ。
当然、奴等が考えている間もこちらが包囲を緩める気はない。
むしろ数の上でもアルバス軍を上回っている今、周囲を完全に包囲している状態だ。
アルバス軍に通達をしてから10分程が経過する。
「答えは出たか?」
「ああ。私はケルティア軍に加わらない。ここにいる者達も私と意見を共にする者たちだ」
シュタイナーの周りには300人前後のアルバス兵がいる。
全体からすれば1割にも満たない数だが、死を覚悟している数となればそんなものだろう。
残りも一応ケルティアに従うことを決めた形は取っているが、実際には何を考えているかわからない。
命が惜しくて取り敢えず従っている者。逃げ出すことを頭に入れて従っている振りをしている者。戦場で裏切ろうとしている者。様々だろう。
「マリス。彼等に出来る限り苦しみのない死を与えてやってくれ」
「わかりました」
マリスがシュタイナー達の方に手を向ける。
シュタイナーや周りの兵士達は目を閉じる。
『氷固凍結』
シュタイナー達は冷気に包まれるとそのまま身体が凍り付く。
300人前後の人間が1つの大きな凍りの中に閉じ込められる。
まるで人間の冷凍保存のようだ。とは言っても閉じ込められた人間が生きていることはないだろう。
「命惜しさにケルティアに加わった者も居るだろう。しかし私は裏切り者を絶対に許さない。もしも裏切った人間が居れば安らかな死など与えない。死んだ方がマシだと思える程の苦痛を与えてやる。裏切りを考えている者がいればそれを頭に置いておけ」
俺の発言を聞き、アルバス軍に戸惑いの色が見える。ここまで脅しておけばそう簡単に裏切ることは出来ない筈だ。
こちらの軍は殆どの者が表情を変えることはないが、一瞬シーダとエアリの顔が強張った気がする。
マリスのやり方がどんなやり方だったかはわからないが、敵に対しそれ程情けを掛けていたとは思えない。マリスは味方に優しく、敵に厳しくの精神だと個人的には思っている。
「再びアルバス城を目指して進軍をする。アルバスからケルティアに加わった兵達を先頭に進め」
後方にケルティア軍がいれば裏切られたところで背後から攻撃を受けることはない。それに総指揮官が討たれたことで、アルバス全員の意思を統一するのも難しいだろう。
加わったアルバス軍の部隊数は10。マリスの超熱爆発の被害が多かった部隊もあり、人数は一定ではないが多い部隊でも800人程だ。部隊規模で裏切られることはあっても蹴散らせば良いだけだ。
アルバス軍との初戦を完勝に終えた俺達は、降伏したアルバス兵を加え総数11000を越える軍勢になっていた。




