第107話 アルバス軍との初戦
本体とは離れ美術館に向かう部隊だが、早すぎては意味がない。
アルバス国内に入るまでは共に行軍をしている。
ルクザリアからアルバス城までの距離は歩行で5日前後という話だ。騎兵なら2日も掛からないだろう。
当然これは食事や睡眠を考えての日数で、不眠不休で向かえば徒歩でも3日で辿り着けると思うが、そんな状態でアルバス城に着いたとしても戦力にはならないだろう。
ちなみに俺を徒歩で歩かせないために馬が用意されていたのだが、それに付いては丁重にお断りさせて貰った。
何故なら俺は馬に乗ることが出来ないからだ。
無理矢理乗って落馬でもしようものなら目も当てられない。
マリスに操ってもらい俺が後ろに乗るということは可能だが、勇者の時ならまだしも魔王の時にそれは流石にしたくない。
城を出発して2日が経過し、俺達はアルバス国内へと足を踏み入れた。
ここから一番近いのはバーラン城だ。今となっては元バーラン城というのが正しいだろう。
「それではロディ様、これから私達は第2軍を率いてアルバス美術館の方に向かおうと思います」
ここからはゼクスの部隊が本体から離れてアルバス美術館へと向かう。
行軍速度を調節して本体がアルバス城に到着するよりも1日早くアルバス美術館に到着する予定だ。
アルバス国内に侵入したことは当然、アルバス城にも伝わっている筈だ。こちらの動きに対してどう対応するかを考えていることだろう。
「ゼクス、任せたぞ。一番重要なのはお前達の命だ。けして無理はしないようにな」
「はっ!」
第2軍が本体を離れアルバス城へと向かって行った。予定通りに行けば第2軍がアルバス美術館に到着するのが2日後、本体がアルバス城に到着するのが3日後になる筈だ。
ゼクス達が抜けてから2日目の昼過ぎ。前方の方にアルバスの大軍が待ち構えていると、先方隊から報告があった。
「敵の数は約1万。数の優位を活かして我らを迎え撃つつもりのようです。こちらは6800ですが負けることはありません。逆に1万の兵を減らせる絶好の機会です」
アルロンの指示を受けて俺はそれをそのまま部下達に伝える。
先頭にトゥエントの第1部隊を置き、その左右には第3、第4部隊と配置。
その後方から第5、第6部隊、魔流族のアズナが率いる遠距離攻撃部隊。アズナの率いている部隊は弓兵と魔法兵が大半を占めている。
バトウとトウマの2部隊には大きく迂回して敵軍の後方に回る指示を出した。当然俺の指示のように伝わってはいるが、実際に指示を出しているのはアルロンだ。
2人の部隊は騎兵のみの部隊となるため、後方に回り込むこともそれ程難しくはない筈だ。
「マリス。始まりの一撃を頼む」
「お任せ下さい」
マリスが部隊の先頭に立ち、両手をアルバス軍に向ける。初撃の広範囲魔法でいくらか数を減らせたら、その後の戦いを優位に進められるだろう。
『超熱爆発』
マリスの放った広範囲魔法によりアルバス軍に大爆発が起こる。
「ぐぁぁぁ!」
「うわぁぁぁ!」
爆発に巻き込まれたアルバス軍が次々と数を減らしていく。
魔法は以前モンスターに使った時よりも広範囲に広がり、その分威力は低くなっているように見えるが、人間相手にはこの威力で十分だ。
身体が吹き飛び形が残っていない者。上半身が吹き飛び下半身だけしか残っていない者。
辺りは凄惨な現場となった。
「な、なんて魔法なんだ...」
「あれをまた放たれてはかなわぬ。全員突撃! あの魔法を放った女を必ず殺せ!」
今の魔法でアルバス軍は1割くらいの兵を失ったようにみえる。
それこそ連発すればマリスだけでアルバス1万を壊滅させられるかも知れない。
当然、その恐怖は相手が一番感じていることだろう。マリスに向かって全軍が突撃してくる。
「迎え撃て!」
マリスが俺の元へ戻るのと同時に他の部隊が前進を始める。
一瞬でお互いの軍が衝突する。
「うぉぉぉ!」
「叩き潰せー!」
ここまで敵と接近してしまっては、もうマリスの広範囲魔法を使うことは出来ない。
仮に先程の魔法を放とうものなら味方にもかなりの犠牲が出てしまうだろう。
ただ、マリスの放った魔法の効果は兵の1割を奪っただけではなかった。
指揮官の命令で突撃をしてきてはいるが、明らかに先程の魔法に怯えているのがわかる。
互いの士気は雲泥の差、まるで兵力差の優位など忘れてしまったかのようだ。
「俺に仕掛けてくる奴は命が惜しくない奴だけにしとけよ!」
トゥエントの暴れっぷりが凄まじい。
槍に凪ぎ払われ一瞬で数十人のアルバス兵達が地に伏していく。
「兄貴ばかりに活躍させるもんかよ!」
破壊力だけならトゥバイトの斧も負けてはいない。
斧に潰されて、人の顔が見たことのない形に変形させられてしまっている。
「私にはお二人のような力はありませんが」
トゥエントの振る槍が力の槍なら、ヴァンの振る槍は技の槍といった表現がしっくりくる。
力任せに振るうのではなく必要最小限の動きで敵を捉えていく。
後方のシーダとエアリの部隊も流石だ。
混戦になっているため味方に被害が出ないよう後方の敵に攻撃を集中させている。
30分くらいが経過しただろうか。
約1万のアルバス兵が3割程減っているように見える。
こちらの損耗は1割にもみたないだろう。
これに関しても特にマリスの広範囲回復魔法の活躍が大きく、1割と言っても死亡者はかなり少ない。
トゥエントや魔空の実力は当然のことながら、兵士一人一人の実力もアルバスよりはかなり優っているように見える。
少し前から魔流族達の背後からの攻撃も始まり、完全に敵を手玉に取っている。
当然、この状況で勝機があるとはアルバス軍も思っていないだろう。
「て、撤退だー!」
ようやくアルバス軍の指揮官らしき男が撤退の指示を出す。
しかし時は既に遅しだ。背後から攻撃を受けている状態で撤退するなど相当な困難を伴う。
「敵は逃げ出したぞ。追撃をかけ全滅させるのだ」
物語に出てくる主人公なら「逃げる敵は追わなくても良い」とか格好いいセリフを吐いたりするものだが、現実はそれ程甘くない。
今、逃がしても結局後から戦うことになるだけだ。
それによって、こちらの犠牲が殖えるなどあってはならないことだ。
敵兵10人の命を奪うことで仲間1人の命が助かるなら、俺は喜んで受け入れよう。
仮面のせいでこんな考えになってしまうのか、俺の本心がそうさせているのかはわからないが、情けを掛けるつもりはない。
戦いは完全にケルティア有利となって進んでいった。




