2日目(Ⅱ)
:がアジトと呼ぶ場所は、路地裏の簡素な酒場だった。
「注目ー!!」
建てつけの悪いドアを開けると同時に、:が大きな声で叫んだ。仲間の視線が、一斉に二人の方を向く。
「例の人間を連れて来たっす!」
獣の耳を生やしたいかつい男や、鹿の角を持ったガラの悪い女性、化け狐同様の尾を揺らす青年などが、ωに対して冷たい視線を送った。
「えーっと……、とりあえず、よろしく頼むっす」
「よろしくだぁ? 何でおれらが人間によろしくしなきゃなんねぇんだよ」
カラスのような黒い翼を生やした男が、:の言葉に突っかかった。バサバサと羽を散らしながら、ズカズカを歩み寄ってくる。
「{}のやつが認めたんだか知らねぇが、おれは認めねぇからな」
黒い瞳を見開いた直後、彼はωの胸ぐらを掴んだ。
「神に可愛がられてるからって、調子に乗ってんじゃねぇよ! おれのダチだって、人間がいなけりゃ――」
「よしな、()! あんたのダチを殺したのは人間だ。そいつじゃないだろ?」
鹿の角を持った女性が、後ろから彼をたしなめる。彼女のヒールの音を聞いて、()は舌打ちをして手を離した。
「だけど、()の言い分も最もだ。あたしらは、人間のことを嫌ってる。いや、あたしたちだけじゃない。ここら辺に住んでるやつらはみんな、あんたみたいなのを嫌ってんだ。よろしくって言われたって、無理な話だね」
彼女がそう言うと、他の仲間たちもそれぞれ席を立ち、奥へと消えてしまった。空の瓶が大量に転がったその酒場には、:とωだけが残される。
「……やっぱ、こうなるっすよねー」
:がボリボリと頭を掻いている横で、ωは呆気に取られていた。転生者である彼には、人間がこれほどまでに嫌われている理由がよく分からない。
「……何だ、これは」
「あれ、統括区ζには、こういうのないんすか? もしかしてζって、おれらみたいな亜人はいないんすかね?」
:はωを統括区ζの出身だと思い込んでいるらしく、その体で話を進めている。
「混沌のε神が、混沌から無尽蔵に色んなものを生み出したじゃないっすか。人間も亜人もその他の何もかも、全部εが創ったって話らしいんすけど、神は人間ばっか贔屓するんすよ。特に、εのお膝元であるここはその差が半端なくて、人間が何やっても放置って感じで……。さっきの()が言ってたように、亜人を殺しまくるやつも多いんすよ。風俗の天女みたいなやつも、みんな人間じゃないすか。あれだって、εが可愛がってるからっすよ」
彼の話を聞いて、ωは動揺を隠せなかった。これが、世界の真実なのだろうか。
「……神は、無責任だな」
「あんたがそんなこと言うなんて、おかしいっすよ。人間のくせに」
棘のある言葉を吐くと、:はさっさと奥へと行ってしまった。
「……人間、か」
誰もいなくなった部屋の中で、ωはぼそっとつぶやく。見知った世界には、亜人などと呼ばれる者はおらず、彼は自分が人間だということを強く意識したことはなかった。
もしかしたら、元の世界に亜人がいなかったのは、神が亜人に平穏な地を与えなかった結果なのかもしれない。この薄汚い天界に閉じ込めて、苦しむ姿を見て冷笑しているのかもしれない。あるいは、別の薄汚い世界で不遇を背負わせて、足掻く姿を見て嘲笑しているのかもしれない。そう考え始めると、ωは気分が悪くなってきた。