1日目(Ⅳ)
ありえない。そう思いながら、ωは障子を乱暴に引き開け、部屋を脱出した。後ろから斬撃を放ってくる敵に背中を向け、木目の入った床の上を走る。
「くれぐれも、目は狙わないでねー」
ˇは口を手で押さえながら、クスクスと笑っている。その様子からは、一種の余裕が見て取れた。
行きのときにも感じたが、この店の廊下はやたらと長い。このような戦闘が、日常茶飯事だとでも言うのだろうか。
ミナトの攻撃は、実に鋭い。ωは回避するのに精一杯で、剣を握る暇さえない。狭い廊下の障子に、刃の後が次々と刻まれていく。
「……鬼ごっこは、もういいや。ミナト、さっさと仕留めて」
飽きたと言わんばかりの彼女の指示を受けた瞬間、ミナトのスピードが一気に上がった。尋常ではないその速さに、ωは思わず目を見開く。
「ぐっ……」
――直後、隣の障子が開き、そこから出てきた客と嬢が、タイミング良くミナトとぶつかった。客は何のことかと驚き、嬢は「ちょっと!」と怒っている。
(今だ……!)
敵がひるんだその数秒で、ωは大剣を引き抜き、大きく旋回した。闇を纏うその刃で、長い太刀と打ち合う。
刃と刃がぶつかった瞬間、暗黒の片鱗がその場を覆った。その邪悪な気配に、太刀の持ち主は少し慄き、後ろのˇは目を細めた。
「ミナト、気をつけて!」
彼女は自分の操り人形に指示を出し、ωをすっと見据える。あの気配は、……ただ者ではない。
それと同時に、ωも密かに驚いていた。ディアボロスから与えられた力は、彼を容易に強くする。まるで自分が自分ではなくなったかのようだ。今まで戦闘経験などなかった彼が、あの力強い太刀を弾き返したのだ。
(これなら、いけるか……!?)
力を現出させた彼は、一気に敵の胸元にまで切り込んだ。目にも止まらぬ連撃を放ち、敵をじりじりと後退させていく。何度も繰り返される猛攻。ωは確実に、人ならざる敵と渡り合えていた。
「もー、仕方ないんだから!」
やや押され気味のミナトに痺れを切らしたのか、ˇは不機嫌そうな顔をして、ばっと右手を横に差し出す。その直後、今度は青いミディアムヘアーの少年が現れた。ミナトと同じ格好をした彼は、紫の瞳の右方を眼帯で隠している。
「アオイ、行って!」
ミナトの横に並んだ彼は、同時にωの方へと向かってくる。放たれる、大胆な剣技。二人の息はぴったりで、訓練された動きのようだ。
「――っ!」
――ωの肩に、刃の筋が入った。肉が裂けたその箇所からは、赤い鮮血が滴る。
一人で互角だったこの勝負。二対一になるとは思わなかった。
……こうなったら、隙を使って逃げるしかない。覚悟を決めた直後、飛んでくる連撃。ωはそれらを弾き返し、全力で闇を放出させた。軋む体を無理やり動かし、苦しい胸を抑えて口で息をする。
(頼む……!)
何という、禍々しい力。それを直視した敵は、思わずばっと顔を伏せた。少し離れたˇでさえも、表情を曇らせている。
ωは廊下を強く蹴って、急いでその場を後にした。とにかく、こんな物騒なところからは、早々に離れたかった。