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少女は「おはよう」と言った。  作者: 藍緒 弦
2.おおかみのくに
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おおかみのくに②

 少女は被告人席にあたる場所に座らせられる。両側には犬がそのまま座る。弁護人席に相当する場所には誰もいないが、検察官席には片目が傷で閉じている青犬がいて、少女を睨めつけていた。

 裁判員席、書記官席には似たような顔の犬が並んでいたが、相対する傍聴席側には、耳や、牙など体の大部分は青犬だが、肩口から先や、鼻や口など、一部が人間である奇妙な存在が押しかけていた。


「被告人、証言席へ」


 唸るような声で、裁判長が命じる。

 青犬が少女を引っ張り、証言席と呼ばれたその場所に立たせる。そこは裁判長と呼ばれた青い大狼たいろうの真正面であり、見下ろされる位置にあった。大狼がその身を前に乗り出し、更に少女を鋭い眼光で睨みつける。


「では、裁判を開廷する。被告人、お前は他の世界からやってきた、ということだったな」

「そうよ」


 ふん、と大狼は鼻を鳴らした。


「ならば、お前は魔女だ。死刑だ。火あぶりが相応ふさわしいだろう」


 さも当然、と言ったように、少女に向かって宣告する。


「そんなの納得いかないわ!他の国からやってきただけで死刑だなんて!それに火あぶりだなんて熱いじゃない!」


 少女は反論するが、大狼は聞く耳を持たない。


「黙れ。他の世界からやってきたというだけでお前が魔女であるという証拠は十分だ」

「わたしは、魔女じゃないわ」


 少女は頬を膨らせる。


「では、お前が魔女でないという証拠はあるのか?ないだろう?」


 それを聞いて顎に手を当てて考える。そうして考えてから、少女はこう答えた。


「……私が魔女だって言うのなら、本物の魔女に私が『魔女じゃない』って言ってもらうしかないと思うの。あなたがそういう風に言うからには、この国に、本物の魔女・・・・・はいるんでしょう?」


 傍聴席が一気にざわめき始めた。口々に思い思いのことを口走る。


「『本物の魔女・・・・・』だって?」「それって確か……あの魔女か……?」「馬鹿な!あの魔女はもう死んだんだ!」「そうだそうだ!」「青犬以外も生きられる世界にする、なんて馬鹿げてたからな!」「処刑された!」「処刑された!」「見つかるはずない!」


 彼らがざわめくたびに、身体の奇妙な部分が目立って見える気がする。


「静粛に!静粛に!」


 大狼が木槌を振った。


「では被告人。お前は『本物の魔女』とやらを連れてくるというのか」

「そいつはいいや、その魔女もそのまま火あぶりだ!」


 被告人席で快哉を上げた青犬を、大狼は睨めつける。青犬は蛇に睨まれた蛙のごとくしょんぼりとした。


「……いいだろう。ただし三日だ。お前には監視を一人つける。三日後の午後六時までに『本物の魔女』とやらがみつからなければ、お前は火あぶりだ。まぁあの魔女は処刑した!三日だろうが十日だろうが見つかるわけはないと思うがな!」


 大狼は少女に宣告した後、大きく息をついて高笑いした。




「ったく、とんだはずれクジを引いたもんだぜ」


少女の監視を任された青犬は、不満を垂れ流した。二人は青い霧が立ち込める道を歩いている。


「そんなこと言われたって、仕方ないじゃない!決めたのはわたしじゃないわ!」


 少女も、ロープで繋がれたまま頬を膨らせる。手錠は外されている。


「しかし、あの裁判長の前であんな大口叩く奴なんて初めて見たぜ、ケンケン」


 はずれクジを引いたと言いながら、青犬は面白そうに笑う。


「あの狼さんはそんなにえらいの?」

「偉いなんてもんじゃねぇ。あいつの決定は絶対みたいなもんだ。そりゃざわつくってもんさ、アイツらも。俺だってわからねぇ。あの裁判長があんなことを言い出すなんてなぁ……」


 少女は、ふと思ったことを口にする。同時に、青犬の顔をじろじろと覗き込んだ。


「あなたは、他の青犬さんとはずいぶん違うのね、喋り方とか、態度とか。ひょっとしてお顔も違う?やさしい目をしてる気がするわ」


 指摘されて、青犬は恥ずかしいのか、鼻先をぽりぽりと掻きながら答えた。


「まぁ、俺らの中にもいろいろいるからなぁ。一応俺も、あいつらの下に勤めてるけど、下っ端も下っ端だしな。裁判所でふんぞりかえってるような連中や、制服ピッチリ着て、お前みたいのを連行するような奴らとは違うのさ。情けねぇがな」

「情けないなんて、そんなことないと思うわ!青犬さんは青犬さんでお仕事を頑張っているんでしょう?いろいろ言ってるけど、こうやってわたしのことを見ていてくれるし、それって、この国を知らないわたしにとっては守ってくれてるのとおなじだもの!ありがとう、青犬さん!」


 少女は、満面の笑みで青犬に笑いかける。

 それを見て青犬は少し呆れたような顔をした。


「お前なァ……自分の立場、把握してるか?三日で『本物の魔女』を見つけなきゃ火あぶりなんだぞ?『本物の魔女』のアテはあるのかよ?」


 それに対し、少女は胸を張って答えた。


「ないわ!」


 青犬は本格的に呆れ顔をした。


「あのなぁ……ったく、まぁ『本物の魔女』か。話じゃあその昔捕まって処刑されちまったって話だが……ただ、下っ端には下っ端なりの情報ってのがあってな、いるかもしれねぇって噂なら聞いたことあるぜ」

「それって本当?」


 少女が爛々と目を輝かせる。


「いや、と言っても俺が直接知ってるわけじゃねェ。この世界は青犬ばっかりなんだが、『赤犬』ってェのがどっかに住んでるらしい。そいつは変わりモンらしくてね。まともな職業にはついてないんだが、そいつらは俺らの知らねェことを結構知ってやがるらしいのさ。そいつなら『本物の魔女』の場所も知ってやがるかもな」


 それを聞いて少女は難しそうな顔をする。


「じゃあ、その『赤犬』さんを探さなきゃいけないのね……どこにいるのかしら」


 ふと見ると、青犬が眉根まゆねに皺を寄せている。


「どうしたの?」と少女が聞けば、青犬はこう答えた。


「いやぁ、なんで自分でも、こんなこと喋ったのかなぁってな。あの裁判長に向かって思いっ切り立ち向かう嬢ちゃんの姿にアテられたかな」


 そうして二人は歩いて行く。

 情報を持っているかも確かではない『赤犬』。その存在を探すために。

 背中を丸めて歩く青犬と、ロープで繋がれながらもハキハキあるく少女。その並び姿は、なんだか奇妙な取り合わせだった。ただ、最初に少女とその青犬が出会った時より砕けた雰囲気があるのは、確かだった。

 時々鋭角に曲がる道を辿りながら、時には捻じれた塔の隙間を縫って、二人は歩いた。しかし、赤犬とやらの噂はどこに行っても聞くこともできず、時たま、町民の青犬とも出会ったが、青犬のガラの悪さからか、少女がこの町にとって異常であるからか、頑なに口を閉ざしたり、露骨に嫌そうな顔をしたり、時には青犬と少女を見た途端逃げてしまう者もいた。恐らくその中には傍聴席にいて、少女の発言を聞いたり、又聞きした者もいたのかもしれない。少女は悪い意味で、いまや有名人と言えた。

 そんなわけで、一日目の捜索は徒労に終わり、少女を監視する関係上、少女は青犬の家に招待されることになった。


「散らかってるが、適当に寛いでくれ。ベッドはお嬢ちゃんが使ってくれていいぜ。俺は床か椅子で寝るからよ」


 青犬の家は本当に簡素なものだった。古ぼけたレンガに、長年使ったであろうことが伺えるベッド、染みやへこみが目立つ机に、バランスの悪くなってしまった椅子。裁判所の整然とした綺麗さとはまるで違う、青犬がいうところの『下っ端』がどういう暮らしをしているのかうかがえるような雰囲気だった。


「ほんとうにいいの?床じゃ寒いわよ。風邪をひいてしまうわ」

「あぁ、いいのさ、お前は被告人だが、判決が出るまでは裁判長の客人みたいなモンで、俺よりは立場が上ってな感じだからヨ」


 ううん、と少女は唸りを上げた。


「青犬さん、良かったら、隣に来たらどうかしら?ほら、わたし、身体は小さいのだし」


 青犬は開いた口が塞がらなかった。


「お前……本気で言ってるのか?」

「本気よ?」


 少女は平然と答える。


「俺は、お前を捕まえた、青犬と同じ、青犬だぞ?」

「えぇ、わかってるわ」


 それがなにか?という顔をしている少女がそこにいる。


「あの裁判長だって、お前を見て逃げて行ったやつらだって、俺と同じだぞ?」

「そんなこと知っているけれど……?」


 少女はじっと青犬を見つめる。


「そもそも、俺はお前が死刑になるまで監視する役割なんだぞ?忘れてないか?」

「覚えているけれど……」


 少女の純粋無垢な瞳には何のよどみもない。ただただ青犬をじっと見つめていた。


「わかったよ、嬢ちゃん、俺の負けだ。ありがたくベッドを共に使わせていただきますよ。ただし、嬢ちゃんの体が小さくても、ベッドは平等に、二等分だ。それが飲めないなら俺は床で寝る」

「わかったわ」


 青犬はやれやれ、と言った感じでため息をつき、肩をすくませたが、どこか嬉しそうだった。こうして、少女は古いながらも一応は洗濯されてある柔らかいベッドで眠り、青犬は、身体の半分をベッドの外にはみ出して眠った。

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