やぎのくに ⑥
真珠を持っていくと、黒山羊は目を丸くし、上機嫌になった。
「いやァ!まさか本当に持ってくるとはなァ!大したもんだ!」
そういうと、彼は早速と言わんばかりに真珠の一粒<<つぶ>>にかぶりついた。真珠の中には見た目以上の実<<み>>が詰まっていたらしく、黒山羊はすぐさまそれに夢中になった。
「いやァ美味ェ、美味ェ!この濃厚さときたら干し草なんぞとは比べ物にならん!それにこの圧縮された量!こりゃア、いつまで時間があっても保つだろうゼ!」
真珠の汁と、緑色のよだれが飛び散る、少女と山羊はそれを避<<よ>>けながら
「じゃあ干し草は持って行っていいのね?」
そう聞くと、黒山羊は上機嫌で返した。
「応!二言はねェよ!好きなだけ持っていきな!こいつがありゃァ干し草なんざいらねェ!むしろ真珠以外の臭いがして邪魔なくらいサ!」
それを聞いて、少女と山羊は顔を見合わせて喜んだ。それからは二人で黒山羊の下にある大量の干し草を最初にある平原に運んだ。
干し草を与えると、四足<<よつあし>>の山羊たちは、すぐにそれに群がった。
「ありがとう、全部君のおかげさ」
山羊が少女に頭を下げる。
「違うわ、勇気を振り絞ってくれたのは山羊さんよ!それに、魂の半分だって……」
「そのことなら本当に気にする必要はないさ!僕は僕で、みんなが僕と同じに戻ったら、いろいろやってみることにしたのさ。今の状態を受け入れるだけじゃなくていろんなことをしてみるさ、君みたいにね」
その時だった。
今まで、月もなく、太陽もなく、ただ橙色<<だいだいいろ>>だった空がゆっくりと、そして次第に速度を上げて流れ始めたのだ。
そうして上ってきたのは燦々<<さんさん>>と照る太陽だった。
「今までの空は、夕方じゃなくて朝方だったのね……」
少女が思わず呟く。
「僕たちもどうやら長い時間の中で忘れてたみたいさ」
山羊も続いた。
続いて、また変化が起こった。
ごーん ごーん
あの鐘の音だ。少女がこの世界にやってくるきっかけになった音。
その音が、この世界に鳴り響いたのである。
「これは、きっと私の合図ね……」
少女はそう独りごちる。
「ばいばい、山羊さん、もう行かなきゃいけないみたい。とーっても楽しかったわ!」
それを聞いて山羊は、少し寂しそうな顔をしたが、少女に近づくと、一つの水筒の様な銀筒<<ぎんづつ>>を差し出した。
「これ、なあに?」
少女がきょとん、として尋ねる。
「あの真珠の中身さ」
「えっ、でもあの真珠は黒い羊さんに……」
驚きを隠せない少女に、羊はにっこり笑って言った。
「真珠は三粒<<つぶ>>あったから一つ持ってきたのさ。『そうしたい』をするのは悪い仔じゃないさ。だから僕たちも、君も悪い仔じゃないさ。最初の母山羊の乳<<ちち>>……きっとなにかの役に立つはずさ!」
その瞳はまっすぐで、らんらんと輝いていた。
「……ありがとう!山羊さん!」
少女は、山羊を抱きしめた。山羊は少女の身体を抱きしめ返す。
そうしてから、少女が山羊の身体を離すと、彼女の背後に、両開きの扉状<<とびらじょう>>の光の塊<<かたまり>>のようなものが現れる。少女の身体は、その扉に取り込まれていく。
「山羊さん!どうかお元気で!きっとあなたたちも幸せになるわ!さようなら!」
そうして少女の身体は光の先に消えた。
これにて「やぎのくに」はおしまいです。
少女に待ち受ける次の世界は、どんなものなのでしょうか。
おたのしみに!