はなのくに ⑤
その日、花の国に雨が降った。
といっても、自然の雨ではない。女王が根っこを少し改造して、まるでシャワーのように国中に蜜を混ぜた雨を降らせたのだ。それから、その根っこを花たちにもつなげて、花からも水と蜜を振りまいた。
少女はあの後、こう言い放ったのである。
「水のお祭りをしましょ!そうすれば、町の人たちも水と蜜をとることができるし、楽しそうな水のお祭りで目が覚めると思うの!」
果たして、水の祭りは開催された。もちろん、湖の水の量は女王の能力によって適切な量を保っている。
少女と女王は根っこに乗っかって「みんなー!水のお祭りよ!」と楽しそうに叫んで回った。
すると、水と蜜を浴びた町の人々は、目をこすりながら立ち上がり、少女と女王に注目した。
「水のお祭り……?」「なんだからわからんが楽しそうだぞ!」「わーい!お祭りだー!」
そうして水の祭りは一気に大盛況となった。
先頭を行く少女と女王について、町の人々は次々に目覚め、後をついていく。
それは、この国の、文字通り華やかな目覚めであり、長いトンネルの出口だった。
祭りがひと段落した後、女王は町の人々を広場に集めて言った。町民の身体にあった茶色の斑点のようなものも、濃淡のまだら模様も、もはやなくなっている。
「みなさん、ごめんなさい!みなさんが眠ってしまっていたのは、私が、みなさんに水が必要だって気が付けずに、ただ怖がってお城の外から出なかったからなの!だからこれから、水をちゃんと探してみんなに配っていくわ!それに、ほとんどが晴れのこの国だけれど、国の総力をあげて、その問題にも取り込んでいこうと思うの!」
その声に町の人々たちは口々に言う。
「女王様は何も悪くないですぜ」「お祭り楽しかったよ!またやってくれよな!」「力になれることがあったら頼ってください!」「起こしてくれて、ありがとう!」
女王はその声は、その町の人の声を一つ一つ噛み締めるように受け止めてから、言った。
「みんな、ありがとう。でも、今回のことであなたたちの優しい声をちゃんと受け止めて、この花の国をつくっていくために、今回、私の一番の力になってくれた友達を紹介しなきゃいけないわ!」
そう言って、女王は少女を前に歩み出させた。
町の人々は「女王様にそっくりだ」「双子の妹か?」などと一瞬戸惑いの声を上げたが、
「みなさん、この子に精一杯の感謝を、お願いします!」
と女王が頭を下げると、すぐに歓声を上げた。
少女は照れ臭そうに笑っていた。
城の中、少女と、そしてよく似た顔の女王が手を取り合って並んでいる。
「まさかこんなにうまくいくなんて!ありがとう!全部あなたのおかげだわ!」
女王は自分の立場も忘れたようにきゃっきゃとはしゃいでいる。
「そんな!女王さんの勇気があったからだわ!女王さんがちゃんと町の人々たちを思っていたからよ!」
少女も釣られてはしゃぐ。
「あのね、あのね」
とまだはしゃいだ雰囲気を引きずりながら女王は言った。
「あなたがあの水晶を使っていた時、突然のことで呆然とみていたけれど、私たちもその、少しではあるけれど、魔法のような力を持っているの。だからね、これをあなたに差し上げたいの!」
そうして女王が取り出したのは紫色のラベンダーと橙色のマリーゴールドの花だった。それぞれの花が薄ぼんやりと輝いている。
「この花には、私の力を少し込めたわ。きっと、あなたの力になってくれる!」
「わぁ……綺麗!ありがとう!女王さん!」
その時だった。
ごーん ごーん
例の鐘の音が鳴り響いた。
「あ……」と少女は寂しそうな顔をする。
「どうしたの?」
「この音はね、私が別の国に行く合図なの……」
女王もそれを聞いて寂しそうな顔をしたが、
「なら、なおさら言っておかなくちゃいけないことがあるわ。私たちの顔が似ている理由。私なりに考えてみたの」
「え?わかったの?」と戸惑う少女に対し、女王は首を縦に振り、
「きっと、私と同じで、あなたはなにかを『目覚めさせたい』んじゃないかしら?」
少女は「あっ」という顔をする。
「どうやら、正解、みたいね。といっても私のその願いはもう叶ってしまったけれど、あなたの願いも叶うように、遠い場所かもしれないけれど、私、祈っているわ」
「うん、うん……わたしきっと、わたしの願いを叶えて見せるわ」
二人の似たような顔の少女は、大きく手を振り合った。
そうしていくうちに、少女の身体が背後にある扉上の光の塊のようなものに飲み込まれていった。
「きっと、あなたが幸せな世界に辿り着けますように」
残された少女は、差し込む光に向かって、そう願った。
はなのくに。これにておしまい。